FORGOTTEN NIGHTMARE

NIGHTMARE DIARY
ストーリー化される前の明晰悪夢の断片。
見たままに書き記した、我等が世界の記録。
†
2026/02/16 - ルシッドヴァイン城
現実世界にて、最も混乱した年のネクロランドのバレンタインの記録を探したが見つからなかった。
最初は銃の部品を各住人がチョコに入れて私へ手渡し、それを組み上げると新たなM1911A1が組み上がった2月14日。
そしてその返しを忘れ、晩餐会のその場のノリで「夜明けまでに私を捕まえた者がホワイトデーの対価を得る」と宣言したが故に
ネクロランド全域で住人全員とのチェイスが始まり、あまりの被害に以降ヴォルフガングがバレンタインをある程度仕切るようになった。
出来事は覚えている。城の4階窓から城下町へ逃げ、住人達をかわしながら森に入った所でリヴィとのチェイス。
森を出た所で古いフォードのピックアップトラックを盗んだが、スパイレラとルルという最悪の相手とカーチェイスになった。
後ろから余裕で追走するルルのミニクーパー、真正面から突っ込んでくるスパイレラの錆び付いたダッジチャージャー。
160kmの挟み撃ちにたまらず右に切ったハンドルで車は飛び、崖から海へ落下し、
そこで人魚が渦を起こし引き留め、デスモダヴィにひっ掴まれて上空400mから時計塔街に落下、
そしてエンディがラストトワイライトの上に張った巣にバウンドし、近くの噴水で全員にホールドアップされた。
本気の全住人を相手にした騒動は楽しかった。忘れるわけがない。
それが起きた年がわからない。それで書庫にやってきた。
一つ目のドリーミアが、書庫の隅のベッドに腰掛け何か読んでいる。声をかける。
「ハイラァ、ドリーミア」
「あれ、フェル? 本をお探しですか?」
「ああ。バレンタイン、メチャクチャをやった年だ」
「ちょっと待って下さいね!! あの本なら・・・」
虹のかかる星空で砂糖菓子を舌で溶かすような、耳に心地よい声だ。
朗読会にあれだけの住人が集まるのもよくわかる。
ドリーミアは書庫の中を駆け回りすぐに棚の群れの中から迷うことなく一冊の本を持ってきた。
赤と白の背表紙。
「2016 VALENTINE DAY INCIDENT」
そこには2/14のルルの悪巧みから、3/14の事の始まり、
そして3/15の夜明けに至るまでの全てが記されていた。
あれは2016年、10年前の事だったらしい。
それを軽く読み、日付だけを覚え本を返す。
「助かった。"つまらん悪夢"の向こうの記録漏れでね」
「ふふっ、そんな時の為の書庫ですから!! ここにはネクロランドの全てがありますよ!!」
「恐らくまた近いうちに世話になる。ありがとう」
「はい!! いつでも待ってますね!!」
「所で・・・ 今日は何日だ?」
「えーと・・・ たしか、2月14日だったはずです」
「やはりな。ありがとう。恐らく下で何か記録の価値がある事が起きるはずだ」
軽く会釈し、書庫を後にしながらふと思う。彼女は"Unborn"だ。
生まれる前に落命した。その魂がこの国に来て、そしてそのまま成長した。
ならば彼女の享年はマイナス表記なのか?
・・・時の止まったこの世界で、そんなものは余計な詮索か。
我が居るべき現実に来たついでだ。屋敷を回ろう。つまらん逆の悪夢から2日時を止めている。
そんな事ができるのは真のナイトメア、あの白いバケモノだけだ。
タバコを着火。エレベーターで一階に降り、
ロビーを歩いて左手に置かれているチェアテーブルに置かれた灰皿にそれを押し付け、
そのままダイニングに向かう。入るや否や、甘い香りに混ざる鉄の香りが包む。
「にゃっふふふ、ターゲットが来ましたよ」
「ああベイビー、今年はどんな乱痴気を仕込んだ?」
「にゃあにゃあにゃあ、例年に比べて大したことありませんよ」
見回すとエミルにミミル、パティシエ姿のガロッタ。
恐らく5リットルは既にチョコを喰ったであろうアリス。
ハーブの香りの煙、バレンタイン管理長のヴォルフガングも勿論いる。
チーズと溶剤の香り、エゼックにヘムロック。
天井にはエンデューラ。そして潮の香りと湿気。
水槽入りのテトロ。テトロは珍しい。
「やっと主役が来たわねぇ♪ ルーラのヴァレンタイン・スペシャルラジオ、
これよりショータイムよ♪ 絶対面白くなるわねぇ♪」
ルーラ・ヴィーもいる。放送設備を持ち込んでいる。
店はどうした。
全員に玉座に腰掛けるよう促される。
とりあえず腰掛け、警戒しながら全員を見やる。
あの白いバケモンがまたろくでもない事を企んだ。
目の前には一つの銀のクロッシュ。そう大きくない。
左脇の椅子に腰かけたルルを見て、呆れながら言う。
「・・・3つ質問をいいか?」
「どうぞ」
「一つ、起爆装置は?」
「ありません」
「二つ、窓の外に狙撃手は?」
「今日はいません」
「三つ、これに入ってるのはリボルバーか?」
「チョコロシアンルーレットは前にやりました。同じネタは使いません」
読みは外れか。続けさせよう。
ルルがクロッシュを開ける。中には色とりどりの、
現世でもなかなか見かけない高級なチョコの粒が並んでいた。
ガロッタはショコラティエとしても十分に有能だ。
「・・・で、今回の愚行の内容は?」
「にゃっふふふ、ちょっとしたクイズですよ。このチョコはどれも絶品です。
ネクロランドの皆が"愛情"を込めてご主人様に贈りました。
その"愛情"が誰のものかを当てる、そういう遊びですにゃ」
なるほど、今年は血液入り高級チョコ10粒と来た。
奥のテーブルにシアルガディルが登る。悪巧みの顔だ。
「この場にいる住人の"愛情"とは限りません。
誰の味か、ご主人様が当てられたらホワイトデーの返しを逃れます」
「払っても良いんだがな」
「間違えれば、ホワイトデーの返しの約束です。
危険だと思ったチョコは食べない選択もあります。
スキップしたチョコも返しの約束になります。You in?」
「Deal.」
「にゃっふふふ、もう降りられませんよ」
「博打好きめ」
囲むように住人達が座り、あるいは下がるか泳いでいる。
テーブルに座りスパナを回すエゼックの隣でヘムロックが最高に悪い顔でこちらを見ている。
テトロが終始水槽に肘をかけニヤついている。右手に棒付きのチョコ。
この二人の血液は猛毒だ。テトロはテトロドトキシン、ヘムロックは青酸を主成分とした複合毒。
銀の皿にはアーモンドが乗ったチョコと、テトロの体色そっくりの水玉模様のチョコがある。
私は手始めに、テトロを見つめながらテトロと同じ色のチョコをひと齧りした。
「Wow!! ロード・フェリエッタ、テトロ柄のチョコから行ったわよ!!」
ルーラが実況している。口に広がるのはオランジェットのチョコ味。そして広がる鉄錆味。
ドロリとしたクランベリージャム。
「・・・これはテトロじゃない。アリスだ」
ルルが片眉を上げ、テトロは項垂れて残念そうにしている。アリスは目を丸くして拍手している。
続いて大袈裟にアーモンドが乗った紫色のチョコを手に取る。
エゼックとヘムロックが顔を見合わせている。やはりな。
そのまま口にする。中の液体は無色透明だ。少し粘り気のあるガムシロップのようだ。
「ふふぅ♪ 続いてヘミー柄のチョコよ!! 相変わらずのデスウィッシュね♪」
ルーラの小気味よい語彙の実況。味はとても良い。
「これもヘミーじゃない。中身はエンディだ」
これは蜘蛛娘の体液だ。タランチュラを豪語するエンデューラに実の所毒はない。
テーブルに転がって悔しがるエゼック、舌打ちしながら目線を逸らすヘムロック。
「あーっ!! クソッ!! 俺の賭けが!!」
「あの領主・・・ 何でいきなり自殺チョコに手を付けるわけ!?」
咀嚼しながらルルと目線を合わす。眉間にシワが寄っている。
後ろで足をテーブルに乗せながら実況しているルーラに声をかける。
「ルーラ、マイクをこっちに」
ルーラが指を鳴らし、眼窩のキャンディをひと舐め。いや、あれは今日はチョコレートだ。
本物の魔法でマイクが浮いて空中に止まる。
「・・・この二つのチョコを毒入りと見て、パスすると大勢踏んだだろう。
何故見抜いたか? 答えはそこの二人だ。
この国で最も恐ろしいホワイトチョコレートと、ショコラティエのチョコレートバニーだ」
ルルとガロッタが一瞬目を合わせ、目線をこちらに向ける。
「ルルはあらゆる殺しをやるが、唯一料理に毒だけは盛らない。
自ら手をかけない殺しは美徳に反する、そういう性格だ。
そしてガロッタは客の死ぬ料理は決して作らぬ、そういう彼女のポリシーだ。
長い付き合いだ、よく知ってるさ。マイクを返すぞ」
・・・一拍置いて、アリスの拍手につられてまばらな拍手が起こる。
ガロッタは誇らしげな顔をしているが、ルルはこちらから目線を背けている。
恐らく顔は紅潮している。尻尾の振り回しで解る。
ふと上を見ると、両手を頬に当てた恍惚の笑みでエンデューラが真上から近づいている。
それはそれは邪悪な愛か恋かを露出した世にも恐ろしい表情だ。
全ての目が合い、驚いたようにそれを全て逸らして顔を赤らめ天井に巻き戻っていく。
「・・・美味いチョコだ。ゲームは続けよう。紅茶を貰えるか? アールグレイだ」
「ハイヨー♪」
ガロッタが反応し、恐らく一番高い茶葉を入れ始める。ルルはナイフを眺めている。
鏡代わりに顔が赤くなっていないか確認しているのだろう。バレンタインだけは毎回ポンコツになる。
・・・それから、辛味の強い狼男の血とグミのような触感の、悪賢い小さな屍娘の血を当てる。
一口含むだけで芯の熱くなるような、真っ黒い血はルーラ・ヴィーのもの。
長い付き合いのゾンビ姉妹の血も当てる。ネクロランドに腐敗の概念はない。
紅茶を飲み、青黒のアラザンが散りばめられたチョコを口に放る。クセの強い味。
これには驚いた。
「・・・海底都市の魔女様もこんな乱痴気の参加者か?」
「にゃあぉ、まさかの大物まで当てますか」
「フォッカに魔法を使ってもらった時の味がするからな」
テトロが懐から赤黒い小瓶を取り出して振る。
「フォッカ姉に話したらノリノリで血を抜いてアタシに振ったのよ、
"フェルの反応見てきて頂戴"ってね!!」
「流石はあの国の女王様って所だ、美味かったと伝えてくれ」
・・・最後に一粒残るは、何の変哲もないビターチョコ。
シンプルで光沢がある。既に答えはわかっているが、それをひと齧りする。
何度も、何度も口にした味だ。
「・・・いっそホワイトチョコにすればウラをかけたかもな」
「にゃあにゃあ、で、それは誰の"愛情"ですか?」
「我が最愛なる、美しき妻、ルル・ホワイトハートの血だ」
ルルの瞳孔が丸くなる。顔の紅潮を隠せていない。
拍手が巻き起こる。ルルが子猫のような顔をしている。
ルーラが笑いながらそれを実況している。
「みゃあみゃあみゃあみゃあ!! 完全敗北ですよええ!! Goddamm it!!」
苦し紛れの抵抗をするルルの両手を掴む。
「私の勝利でいいな? ベイビー?」
「にゃああぁぁもう!! ルーラ!! 実況はいりませんにゃ!! ゲームはディーラーバストです!!」
そのまま下手なステップで踊る。ルルが踊りながら噛みついてきた。
「火薬とアルコールとタバコの匂いですにゃ!!」
「That's Right.」
ルーラがルルの静止も構わず続ける。
「あっらぁやっぱりお熱いわねぇこの夫婦♪ フェル、その口塞いじゃったら?」
「み゛ゃあぁこの酒浸り!!」
ルルが踊りながらナイフをルーラに投げる。外した。テーブルの淵に当る。
何処からかワインが投げ入れられる。ルルはそれを受け取り一気飲み。
私も同じ瓶から回し飲みをする。酔いと共にぐるぐる世界を回る。
こうして今年のバレンタインの乱痴気は幕を閉じた。
とりあえず、ホワイトデーには適当に何か返してやろう。
今年は比較的平和で楽しかった。ヴォルフガングの監修もあったのだろう。
しかし、今年の記録はネクロランド側に残るだろうか。
禁書扱いにならなければいいが。
因みに、この記録を世に出す許可は
現世のキャラメルポップコーンと引き換えで彼女に取ってある。
2026/02/08 現世、世界線不明、腐食性の廃液が流れる下水道
これからネクロランドに来ようとしている、新たな住人の記憶を見た。
何処かの下水道の中。強酸性の黄緑色の液体が流れる中、何人もの半獣の人々が逃げている。
恐らく対怪異管理局に追われ、危険なルートを選ばざるおえなかったのだろう。
皆、アメリカンショートヘアを彷彿とさせる耳や毛並みをしている。
そのうち一人の、長髪黒髪の少女が撃たれ、液体に落下した。
どうにか岸に流れ着き、下水パイプに背を持たれて座るも、左半身が完全に溶解して腐食し、
真っ黒く変色した骨が見えていた。
それを見た同じ髪色、ボブカットで少し体躯の大きな少女は覚悟を決めると、
溶解液の中に飛び込み、彼女の元まで泳ぎ着いた。どうやら姉妹のようだ。
半身を上にして流れついた先の少女とは違い、頭から飛び込んだせいで
彼女の肉体は完全に黄緑色に溶け尽くしていた。
しかし、意志を失ってはいなかった。彼女は既に事切れた少女に全身を絡める。
左半分が溶けてミイラ化した少女に、全身が溶け強酸性のスライムと化した少女が纏わりついている。
ミイラ化した方の少女はほぼ死体だが、意志はある。
スライム化した方の少女は完全に行動可能、ミイラ化した方の意志を読み取れる。
時折二人は人格を交代し、その都度容姿が微妙に変わる。
"Corrosive"(腐食性)。
今はそう仮称し、彼女らが正式にネクロランドへ来るのを待つ。
パーティの用意だ。新たな住人を迎え入れる為の。

2026/02/03 現世、南国、海際のリゾートホテル客室
先日の雪山からの脱出劇の後、我々は元々の予定だった南国へと到着したらしい。
広い窓からは海辺が見え、小綺麗なマリーナ風の岸壁の手前にはパラソルや椅子、テーブルがある。
2日目の事だったか。あいにくの暴風雨で、窓から見える小さなヘリコプターの装飾が本物のように飛んでいく。
それを電話でフロントに伝えると、大慌てでそれを青いジャケットの係員が回収しに来た。
夜のオードブルのチーズにベーコンを織り込んだようなものがとても美味かった。
・・・そのお陰で、枕を唾液で濡らす羽目になったのだが。
2026/02/02 - 現世、アルプス山脈
悪夢の中で目が覚める。白の革張りのソファ。
そう広くないスペース。向かいの席ではルルが白ワインを飲んでいる。
「お目覚めですかにゃあ? ハードワークが祟りましたね」
小綺麗な光景、狭い円筒の空間。向かいではアリスがソファで寝ている。
並んだ窓の外には・・・ 眼下に見える雲と青空。
見回す。どうやらここは現世のプライベートジェットの機内だ。
エンジンの轟音が聞こえる。6000メートル程度の高度を飛んでいるようだ。
「喫煙席を取りましたよ」
ルルは灰皿を差し出した。タバコに火を点け吸う。
「・・・あらすじをくれ」
「にゃあにゃあ、いつもの事です。現世にいる悪党共を家族仲睦まじく狩りまわって、
今はこのジェットをチャーターして高飛び中ですよ。行き先は南国リゾートです。
先日節足レディから貰ったトリートが役に立ちましたにゃあ」
「楽しい旅行って所だな」
席を立ち、寝息を立てるアリスの横を通り過ぎ酒が置かれている棚に向かう。
高級そうなマカロンを一口。美味い。ウイスキーの小瓶。
ジャックダニエルか。悪くない。ふと脇に鏡が見えた。
姿を確認する。いつもの悪夢のフェルの姿。
ホルスターを確認する。ショットガンがない。ウイスキーを空のホルスターに突っ込み、
反対側を確認する。M1911A1、こいつは必ずある。
オードブルのクラッカーサンドをひとつつまみ、座席に戻ろうとしたその時だった。
ドゴォォォン!!!
・・・耳をつんざく爆発音と共に機が激しく揺れ、床に転ぶ。
ルルは爆発の方向をちらりと見て、傾いた機に足を突っ張って残りのワインを飲み干す。
アリスは眼を開けたがまだ寝ぼけて床を転がっている。
けたたましく鳴り響く、火災警報と高度低下警報。
「敵か!?」
「事故にしては出来過ぎてますにゃあ?」
私はすぐにコックピットのドアを開ける。
そこには黒のマスクを被り、パラシュートを付けたスーツの女がいた。
その女は、操縦士と副操縦士をサイレンサー付きのグロック26でたった今撃ち殺した所だった。
私がM1911A1に手をかけた瞬間、女が飛び掛かってきた。顔は黒の高高度用マスクで見えない。
操縦席でもみ合いになる。投げられ、計器盤に背中から叩きつけられる。
相手がグロック26をこちらの頭へ向けようとする。それを思い切り右足で蹴飛ばし、射線をずらす。
ビシュンッ!! 放たれた銃弾が私の右後ろのガラスを直撃し、それが砕け散った。
凄まじい寒風が吹き込んでくる。鳴り響く与圧警報。酸素が奪われていく。
敵の女は左手で銃を握り締めたまま、まだそれを向けようとする。
右手で全力でサイレンサーを掴んで押し戻しながら、左手で自分の銃を抜こうと試みる。
その瞬間。
ザシュウッ!!
・・・敵の女の首がボトリと落ちた。血は一滴も出ていない。背後にいたのは勿論ルル。
「客室乗務員と思いましたが、CAI(対怪異管理局)のメス犬が紛れていたようですにゃあ!!」
「ひどいサービスだ、何処の航空会社にした!?」
「一番高い所ですよ!!」
女の首無し死体を蹴飛ばしているうちに、ルルが操縦士と副操縦士の死体も引きずり出す。
パラシュートを取って使おうにも、1000mを切っている。既に高度が足りない。
我々3人着の身着のままでこの山中に放り出されても、すぐ凍え死ぬ。
原形を保ちながら、この鉄の塊を可能な限りソフトに墜落させるしかない。
「ご主人様、操縦してください!!」
「ルルはそっちの席に座れ!!」
操縦席に座り当てずっぽうで計器を読む。
「第一、第二エンジン火災、燃料なしだ!!」
「やられましたね、山中に機を落としてまとめて始末するつもりのようで!!」
「そのレバーを引いてくれ!! 消火装置だ!!」
ルルがエンジン消火を試みていると後ろからアリスが走ってくる。
「にいさまねえさま!! どうしたの?」
「アリス!! ご搭乗のお嬢様へ!! 左右をご覧ください、両エンジンが火を噴いております!!
当機は間もなく空中爆発か、強めの着陸態勢に入ります!!」
「ギッヒヒヒヒ!!! たのしそうね!!!」
「機内にある服と食い物をできるだけ袋か何かにかき集めてくれ!!」
「わかったわ!!」
「なお、墜落までの間お飲み物と食べ物はセルフサービスで無料ですにゃ!!」
「ヤッホー!! 最高ね!!」
アリスが煙の入ってきた後部へと走っていく。
操縦桿を握る。対地速度150km。失速する。フラップ展開、少しは舵が生きている。
「所でどこ上空だ!? 街か!? 海か!?」
眼下に広がってきたのは。
「・・・クソッタレ!! 雪山か!! ファック!!」
「スイスを超えるルートです!!」
「無茶な旅行だ!! 日程と距離を考えろ!!」
アリスが戻ってきた。客室乗務員の給仕カートに山のようにあらゆるものを積んでいる。
「にいさま!! これでいい!?」
「ああアリス十分だ!! ドアを閉めて脇の椅子に座ってシートベルトを!!」
「ギヒヒ!! 次は何かしら!?」
「強めの着陸だ!!!」
プルアップ、プルアップと、高度を上げろと機械が感情の無い声で連呼する。
ギアと書かれたレバーを引く。主脚が展開する。
高度100m、50m、10m・・・
その瞬間、視界を覆い尽くす雪の中に、機は埋もれるように、突き刺さるように不時着した。
主脚が折れ、エンジンが爆散して転がっていく。機体後部が折れる。
どうにか機は、コックピットだけを残して雪山の中腹の平原辺りで停止した。
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それから一週間後。近未来的な通信基地の中に我々と、2人の人間の技師がいた。
あの後、機内にあった防寒着を各々身に着け、アリスを先頭に雪の中を漕いで進んだ。
その最中、通信基地に常駐している2人の技師が墜落を見つけ、スノーモービルで駆けつけてくれたのだ。
髭の黒人の男性技師、ハリーと彼の妻メリンダ。彼らは我々を一目見て人間ではないと感づいたが、
それで尚救いの手を差し伸べてくれた。救援ヘリを要請し、今日それが到着するとの事だった。
CAI、対怪異管理局の手が回っていないとは限らないが、ここから出るにはヘリ以外に方法はない。
ハリーとメリンダ夫婦には子供がいるらしく、アリスを暫く会っていない我が子のように可愛がっている。
アリスも彼等の事を随分気に入っているようで、基地の除雪やアンテナの調整をよく手伝っていた。
彼ら2人はここひと月、基地の外にはほとんど出ていない。腹をすかせた熊と狼が異常な数徘徊しているのだ。
私はハンターであると偽り、備え付けられていた猟銃、レミントンM700を借りてそれらを基地の屋上から減らしていた。
20頭は始末しただろうか? これで救助隊も着陸できるだろう。
その間、ルルは基地にある食材で料理を振舞っていた。
ネクロランドではガロッタに任せているが、いざ作ればルルの料理は絶品そのもの。
撃ち殺した狼や熊の肉ですら、最高の一品に仕上げてくれる。
・・・まあ、料理に鉛が入るのを嫌う彼女は、私が撃った獲物と偽って、熊をナイフ一本で狩り殺していたのだが。
暫くは慈悲深い人間の夫婦と、暖炉を囲んで楽しく過ごす日々が続いていた。
アリスの容姿は昔の事件による怪我だと伝えておいた。間違ってはいない。
そして一週間が経ったこの日、快晴に恵まれ、通信基地から1km程下のヘリポートに救援のヘリが降り立つ。
通信機から無事着陸、燃料の補給中を伝える無線が入り、ハリーとメリンダが喜ぶ。
「みんな、無事にヘリは着陸できた!! 1時間で給油が終わるから、その間に乗り込んでくれ!!」
「この基地も寂しくなるわね・・・ みんな、どうかご無事で!!」
我々も感謝を返す。
「本当に助かった。ありがとう。何れ恩は必ず返させて頂こう」
「お世話になりました。またいつかお会いしましょう」
「ギヒヒヒヒ!! ハリーにいさま、メリンダねえさま、またね!!」
祝福ムードの、その時だった。突然、飛行機の通過音が聞こえて来た。
窓から空を見上げた。ただの機体ではない。高速機、ジェット攻撃機だろう。
黒の機体に白の尾翼、対怪異管理局の所属だ。
そしてその機体は、無誘導ロケット弾を山頂に向け一斉射撃した!!
ゴォォォォォン・・・!!!
凄まじい地響きと共に、雪崩が起きた。
連中は"怪異"である我々に接触した人間諸共「処理」するつもりらしかった。
ハリーとメリンダが窓を見上げ、すぐに基地で最も丈夫な部屋へと案内する。
食糧庫のようだった。ロックをかけて5分程度が経過した瞬間、雪崩に巻き込まれ基地が倒壊する。
最初は耐えていたが、白い壁にヒビが入り、遂に基地が割れるように崩れ、雪が津波のように押し寄せた。
アリスは咄嗟に二人の人間をかばい、上から覆いかぶさる。割れた根本側に残ったようだ。
立ち位置が悪かった私は、倒壊と共に瓦礫の山と雪崩に吹き飛ばされた。
「ご主人様ッ!!」
空中に投げ出された所で、ルルが私に向かって飛びついてきた。
抱き合うようにルルが上に覆いかぶさり、ウインクする。
その頭上から巨大な鉄骨を剥き出しにしたコンクリート片が落下してきた。
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・・・強い衝撃で昏倒していた。目を覚ます。瓦礫と雪の下にいる。
真っ暗闇だ。どうにか這い出せないかもがく。幸いにも光が見える。
そちらに身をよじると、頭を出して抜け出せた。惨状に見合わぬ晴天だ。
雪焼けで目が痛い。防寒着は着ていたがマイナス15度の寒さも襲い来る。
抜けた穴から、血まみれのルルの腕が見えた。名前を叫び引き上げる。
しかし巨大なコンクリートの外壁の下敷きになっている。
「ルル!! 無事か!?」
「・・・あー、ご主人様、もう少し持ち上げられます?」
「私では無理だ、雪を掘るぞ」
そうして犬のように雪を掘っていると、後ろからアリスとハリー夫妻が走ってきた。
「にいさま!! だいじょぶ!?」
「アリス!! ルルが下にいる、手を貸してくれ!!」
「わかったわ!!」
アリスが2mはあるコンクリート片を片手で掴み、いとも容易く引き剥がす。
ルルが見えた。半分雪に埋もれている。真っ白い雪に、真っ赤な鮮血が彩られている。
両脇下に手を入れて力の限り引き上げる。
「み゛ゃああぁ!!」
ルルの悲鳴なんて聞いたのは何年ぶりだろうか?
どうにか引き上げ、コンクリート片の一つにもたれさせた。
「・・・ふう、ご主人様、火、あります?」
ルルがタバコを咥える。ライターを渡す。
雪山を鮮血で彩りながら、彼女は涼しい顔でタバコの煙を吐く。
・・・その状況とは裏腹に、ルルのダメージは深刻だった。
右足が完全に押しつぶされ、ありえない方向に曲がっている。
左肋骨下に折れた鉄骨が突き刺さって、貫通している。
引き摺った時だろうか、アリスが上げた時だろうか。
傷口は裂けて出血がひどい。
それをゆっくりと見て、当の本人は極めて軽い調子で言う。
「・・・みゃあーぁ。派手にやられましたね。残念ですが戦闘続行は不可能です」
「見ればわかる。また助かったよルル。ありがとう」
「にゃあにゃあ、お構いなく。鈍いご主人様を守るのが趣味ですから」
ルルは懐を探る。フォルベドールのケースが出て来た。強力な鎮痛剤だ。
しかし中身の注射器は衝撃で壊れ、中の薬液は残っていなかった。
「・・・みゃはーぁ、だいぶ痛いのですが、ツイてませんにゃあ」
何か手当できるものがないかと探る。ホルスターにウイスキーがあった。
それをルルに渡す。
「使うか?」
「・・・気が利きますにゃあ」
ルルはそれの蓋を開けると、一口飲んで不味い時の顔をする。
血を吐き、容赦なく傷口にそれをかける。砕けた足にもかける。
歯を食いしばり、唸り声を上げている。人間ならショック死する。
そしてルルはライターを着火し、そこに火をつけた。
「ミギャアアッ!! ・・・ッー」
いつ見ても彼女の応急処置は不死身任せすぎる。
血液を失いさえしなければいいのだ。
カルニヴォアナイフを取り出し、刺さった直径2cm程の鉄柱を後ろのノコギリで切り落している。
そういえば、人間夫妻はどうなった?
見回すと、絶望した素振りでアリスと共に崖下を眺めている。
そこへ向かい、声をかける。
「ルルは無事だ。ヘリは?」
「よかった!! ヘリは生きてるが、下を見てくれ・・・!!」
眼下に目を凝らす。ヘリは通信基地の瓦礫が盾になり雪崩の直撃を免れたようだ。
しかし救助隊員達が、熊2頭と狼3頭に襲われ、既に4名程が殺されていた。
頭上でジェットの轟音がする。飛び立てばあの攻撃機の餌食になる。
「腹の立つ畜生共が」
私は言葉を選ばずに呪詛を吐き、M1911A1を取り出す。
獲物との距離、80m程。死んだ救助隊員の肉を貪る狼のはるか上を狙う。
ダァン!! 2秒程置いて、狼の胴体に銃弾が命中した。
驚いて飛び跳ね、腹を見せもがく獲物にもう一撃。下顎に命中し、動かなくなる。
狼共は群れのリーダーを殺されて逃げていく。
続いて熊のド畜生だ。まだ息のある隊員を弄ぶように転がしている。
ダァン!! 背中に命中。しかし飛び跳ね、辺りを見回すような素振りを見せるのみ。
もう一発。外れた。距離が遠すぎる。続いてもう一発。頭に命中。
しかしこちらを向き、オウオウと吼えて威嚇している。
心臓を撃とうとした。カチリ。銃は妙な手応えを返す。弾が出ない。
銃を確認すると、銃身に鮮血が付着し、それが凍っていた。
もう2発ある弾倉を抜き、銃のスライドを力の限り引こうとする。
しかしスライドは固着し、びくともしない。その時だった。
「ご主人様!!」
振り返ると、肩をアリスに預けて息を切らしながらルルが立っていた。
防寒着を裂いて応急手当を既に済ませている。
そしてルルは、懐から銀の愛銃、テンペスタ.32を取り出し、
くるりと反転スピンさせ私に差し出した。
「・・・大きな獲物ですよ、無駄遣いは禁物ですにゃ」
「ああ」
それを受け取り、M1911A1をホルスターに戻す。
テンペスタ.32のスライドを引き、マガジンを抜き確認する。
状態良好。残弾は8発。しかし相手は熊だ。威力が足りない。
80mの急斜面下に獲物はいる。振り返り、全員に伝える。
「私が合図をしたら、ヘリまで急いで来てくれ!!」
「一体どうするつもりなんだ!?」
ハリーが怯えながら叫ぶ。
「突っ込んでブッ殺す。」
そう吐き捨て、ほぼ直角の雪の斜面を滑り台にして飛び降りる。
凄まじい加速と、寒風が容赦なく襲い来る。
こちらを威嚇していた熊がそれに気づき、血を流しながら突進してくる。
長い斜面を滑り降り、そのままの加速で仰向けで足を熊に向けて突っ込んでいく。
熊が振りかぶった瞬間、熊の足元をすり抜けながら胴体にゼロ距離で4発を一気にぶち込んだ。
ダァンダァンダンダァァン・・・!!!
山に軽い銃声が反響する。至近距離で撃たれれば流石の熊と言えども無事ではすまない。
私が起き上がる後ろで、熊はそのまま糸が切れたように倒れた。
振り返り、手を振って崖上に合図をする。全員意を決して滑り降りてくる。
赤に白色のペイントの民間ヘリが見える。もう一頭の熊はそのヘリの扉を破ろうと攻撃を繰り返している。
ダァン!! 憎たらしい、そのだらしない毛だらけの尻に一発お見舞いした。
オォウ、と野太い咆哮を上げ、熊がこちらを振り返る。
突進してくる。私は歩きながら、その熊の左目に向け銃を撃つ。
ダァン!! 命中。咆哮し、熊は大きく身をよじる。
そのまま逃げようとする熊を追う。その時。
足元の食い散らかされた救助隊員の死体のそばに木製ストックのライフルを見つけた。
手に取り確認する。
・・・ウェザビー・マークVだ。民間最強の威力を持つ猟銃。
熊は滑り降りてくるハリー夫妻の方に向かっている。
この銃は反動があまりにも強い。足を開いて座る。
ボルトをコッキングし、巨大な弾を薬室へ装填する。
スコープを覗き、狙うは熊の脊髄。
ズダァァァァァンッ!!!
爆発音に近い銃声と共に、反動で後ろへ叩きつけられるように転がる。
熊は夫妻まであと10mの所で、背中の肉を飛び散らせて停止した。脊髄から頭蓋を撃ちぬいたのだ。
全員がヘリに急ぐ。まだ息のある隊員をハリー夫妻が二人がかりでヘリに担ぎ込む。
皆が乗り込んだ所で、パイロットが振り返って叫ぶ。
「あの戦闘機は何なんだ!? 離陸すれば攻撃すると無線で言ってきたぞ!?」
「離陸しろ!! こちらも攻撃すると言ってやれ!!」
「どうやって!? 我々は救助隊だ!! 武器なんか積んでいない」
「ここにある!! 任せろ!!」
ウェザビー・マークVのボルトをコッキングして見せる。
観念したヘリのパイロットは、離陸して高度を上げ始める。
「こちら山岳救助隊!! 警告する!! 狙えばこちらも反撃する!!」
無線越しに、相手のパイロットの嘲笑が聞こえる。
ヘリは高度を上げ、基地を飛び去る。間もなくして、敵の攻撃機が背後を取りにくる。
敵機の種類はSU-25、フロッグフットだ。
「狙われてるぞ!! どうする!!」
パイロットが叫ぶ。
「そのまままっすぐ、できるだけ揺らさず飛べ!!」
ドアを開け、身を乗り出してライフルを構える。
「アリス、肩当てを強く握ってくれ!! この銃はお前のジャビーと同じく反動が強い!!」
「わかったわにいさま!! まかせて!!」
アリスが銃のストックを強く握り締め反動に備える。
銃が完全に安定する。敵の攻撃機は機関砲の掃射を始める。
脇を死の礫が風切り音を立てて通過していく。
狙うは・・・コックピット横の巨大なエンジン、その左側だ。
ズダァァァァァンッ!!!
瞬間、敵機のエンジンが爆散した。火を噴き上げ、斜めに傾いて高度を下げていく。
バシュウッ!! 敵のパイロットが脱出装置を起動し、機外に飛び出した。
「ギヒヒ!! にいさま!! 大当たりよ!! やったわね!! 黒いチキンの丸焼きよ!!」
「まだだアリス、タマゴが残ってる」
「ベーコンエッグね!!」
パラシュートが開く。距離が開いていく。当たるかどうかはわからない。
しかし私はボルトをコッキングし、降下中の敵パイロットに照準を定め、引き金を絞った。
ズダァァァァァンッ!!!
2秒程置いて。
グシャアァッ!!
・・・敵のパイロットの上半身が、跡形もなく砕け散った。
空中にはひらひらと、風に飛ばされたポリ袋のように無人になったパラシュートだけが残された。
ヘリのドアを閉め、アリスとハイタッチする。座席に横たわるルルも笑っている。
「ターキーを仕留めましたか」
「ああ、タマゴもな」
日が沈み始めている。ヘリは大自然の山々の夕焼けを背に飛び去って行った。
2026/01/27 - 廃遊園地、ボートのアトラクション
廃遊園地の探索だった
在りし日の場所にいる
ネクロランド側では枯れた廃墟、巨大な塗装の剥げたコンクリートの水溝と、
何か装飾があったであろう風化したオブジェクトの数々、
そして壊れたボートが幾つか転がっているだけの場所。
そこの在りし日の姿は、水路を緩やかに流れるボートで進んでいくアトラクションだ。
老若男女が楽し気に列に並んでいる。そして流れてくるボートに次々と乗り込んでいく。
ボートの形は大小様々だ。一人乗りのアヒルやイルカを模したものから、
6人程が乗れる"カートゥーンの蒸気船"のようなデザインまで。
そこで独特なシステムがある事がわかる。
「ワンタイムコンシェルジュ」と呼ばれるシステムで、
一度だけスタッフとして他の来園者の手助けをすることで、
チケットが割安になる、というサービスだ。
やることはお客が乗るボートを止める、ボートに安全に乗せる、
そして次のお客を一人このアトラクションへ勧誘する、という3つ。
奥で遊園地の魔女たちが言っていた。
「どうやら今日は、守ってくれるお客が少ないね」と。
サービスを踏み倒されているようだった。
これも崩壊の原因の一つだろうか。
2026/01/20 - ルシッドヴァイン城 アリスのラビットホール
昼下がり、時計は午後に差し掛かる頃。
今日のネクロランドは気温も良く天気も澄んでいる。
ルシッドヴァイン正面玄関を抜けた城壁の中。
アリスと手を繋ぎ正門を見て左へと歩く。
この先にあるのは、アリスの"ウサギの穴"だ。
アリスは小刻みなスキップを踏んでいる。
ここへ二人で向かうとなれば、やることは一つだ。
「フェルにいさまとは久々のお茶会ね!!」
「ああ、そうだな」
錆びた郵便受けが突き刺さる、
小さなドアの付いた奇妙な大木と乱雑な看板が見えて来た。
"ALiCE RAbbiT HoLE"
ここが彼女のワンダーランドだ。
うつ伏せになり、返事の帰る筈のないドアを2度ノック。
外開きにそれを開けると、彼女は滑り込むようにそこに飛び込む。
下は2mの空洞だ。手足を広げて尻餅の態勢で激しく落下する。
こうしてアリスはワンダーランドに落ちる。
「にいさま!! おいでませ!!」
アリスが下から両手を広げる。私もそこに頭から飛び込む。
彼女が私を取り落とす筈もない。軽々と両手で受け止める。
イカれたお茶会が始まる。アリスは何処からか拾ってきた、
小さな円形のテーブルにひしゃげたブリキのティーカップを用意する。
調子はずれの歌を歌いながら、素手で握った鉄のティーポット、
恐らくジョウロか何かをガスバーナーで炙り始める。
沸騰した頃合いで、壁に埋め込まれた本棚から一つ缶を取る。
アリスはお茶の種類など知らない。しかし庭にいる薔薇人形のロゼッタが
アリス以外も飲める、毒物でないお茶を彼女の為にブレンドしてくれている。
恐らくは閃光手榴弾の外郭であろう物で茶葉を濾し、熱々の紅茶を入れる。
そして背後のお菓子の山にアリスは頭を突っ込み、ごそごそと何かを探す。
「ギヒヒ!! にいさま!! 現世のチョコレートはいかが!?」
「ああ、頂こうか」
握り締めたのは恐らく90年代に製造が止まったチョコレート。
新品のようだ。ここでは時間軸など意味をなさない。
「ハエトリグモと傘は同じものだって気付いたの!!」
「ほう、理由は?」
「どっちも可愛い目があるの!! 二枚貝もそうよ!!」
・・・悪くはない味わいのお茶を飲みながら、
アリスの支離滅裂な話に相槌を打つ。
この子供向けのチョコレート、いや、正確には何だ?
古めかしいデザインの赤と白色のパッケージ。
私は幼いころこれを食べた事がある。
オブラートで包まれたチョコとキャラメルと飴の中間のような味わい。
決して美味いものではないが、幼少の記憶に焼き付いている。
「・・・昔、まだここに来る前に現世でこれを食った事がある」
「ほんと!? にいさま、これ好き?」
「ああ。数少ない幼少期の良い思い出だ」
「向こうの世界にはもうないの?」
「何十年も前に作られなくなった。またこれを味わえるとは」
「ギヒヒ、愛したお菓子とは必ずまた会えるのよ!! わたしは知ってるわ!!」
忘れられた夢が残る世界、か。
箱の中を探す。あった。とても玩具とは言い難い、
レーシングカーを模した、指先程の赤いプラスチックの塊。
申し訳程度に付いた歪んだ車輪。それを手のひらに取り眺める。
「・・・当たりだな」
「にいさま、これなに?」
「このお菓子にはこういう、ちょっとした玩具が入っていた。
当たり外れがあって、当たりの場合は車や飛行機の玩具、
外れの場合は独楽が入ってる」
「こま?」
「スピニングトップだ。回るもんじゃないがね」
「見てみたいわそれ!! このお菓子を見つけたら、にいさまに届けるわ!!」
「ああ、ありがとう」
小さなテーブルにレーシングカーの玩具を転がす。
80年代の成型技術で作られた原価10円にも満たぬ玩具だ。
転がした所でタイヤが回る訳もない。
それが、妙に懐かしい。
・・・アリスとそのまま他愛のない話で一時間程お茶を飲み、
そのままお菓子の山で眠るアリスと昼寝をする。
アリスは腰に巻いた鎖を解いていて、かなり膨らんだ腹を見せて転がっている。
いつもの事で気にも留めていなかったが、この一時間で何十袋のお菓子を平らげたのだろうか。
へそにあるバツ印の縫合痕。呼吸に合わせ動くそれを思わず触る。
温度の無い弾力。彼女はとうに死んでいる。生きる屍。
血色の無い愛らしい寝顔は、そんな事をも忘れさせる。
ズリ落ちたドロワーズを引き上げ、スカートを下ろしておく。
・・・夢の中で眠りに落ちる。
その後、何時間か経過しただろうか。
「にいさま!! バター時計が呼んでるわ!!」
「ああ、そろそろ出ようか」
アリスが先に飛び跳ね、その手を取って不思議の国から脱出する。
ネクロランドは、既に夕刻だ。アリスと二人、中庭を歩き回る所で目が覚める。
この世界において、過去と未来は同一線上にある。
時間の流れは何の意味も持たない。
生も死も混在している。
死と生が語り合うなど、過去を今楽しむなど、現世の理には反するのだろう。
私には、そんなものはどうでもいい。
ただこの世界を、妻を、娘を、愛している。
2026/01/19 - ルシッドヴァイン城
一週間の間外の世界が非常に多忙だった為、
深く寝る為ネクロランドへ入る事を最小限としていた。
昨日やっと面倒ごとが片付いて、ゆっくりと本物の世界で過ごすことができた。
元は牢獄だった地下には秘密の部屋がある。
隠し扉を開くと中には小さなバーカウンターがある。
ルルとプライベートに過ごしたい時はここで飲み明かす。
「ハードな一週間でしたようで」
ルルと酒を酌み交わす。酔いが回り二匹バカ騒ぎを始める。
幸いこの世界ではどれ程酔っても外の世界の肉体に影響はない。
この場所では、二人で行うどんな事も許される。
私かルルが触れた時にだけドアは現れ、そして消えるからだ。
熱く、激しく、長い夜となった事をわざわざ書くまでもない。
2026/01/13 - ネクロランド、何処かの森深く
私のストレスを察知してか、ルルが彼女なりのリラックスを提供してくれる。
森の中、私はいない。ルルの身体に私の意識が入っている。
ルルは獣の姿で、そこにいるのは白い毛皮の化物一匹だ。
一糸まとわぬ、バケモノの、肉食獣の姿。
時折こうして体を貸してくれることがある。
「こうして木々や風を感じるのです」
彼女の身体を自由に操作できる。逆立ちをしてみる。
両手を付けたまま足が背中側で接地する程柔らかい。
走れば風の如く、跳ねれば木々を飛び越し、枝に苦も無く乗る。
10月の心地よい風が吹き抜ける。
何処にも痛みはなく、考える事もない。
ただ無敵の肉食獣として森の一部になる。
これは確かに、リラックスには最高だ。
2026/01/12 - 現世、海上基地
現世の何処か、港に併設の海上基地。雨が降りしきる曇り空。
オレンジと白色の塗装が目立つプラットフォームに幾つかの司令部か通信棟のようなものがある。
そこを襲撃していた。武器はいつもの二挺、M1911A1カスタムとカリエンテ12。
自動ドアのガラス越しにカリエンテ12を撃つ。中にいる全身装甲防弾服の敵が吹き飛ぶ。
中から来る敵の一斉射撃を尻目に、ショットシェルを装填しながら歩き横の梯子を上り入口上で待つ。
自動ドアを開け放ち出てくる2人を上から2m程の距離でカリエンテ12で吹き飛ばす。
首の付け根に直撃し一人の首が吹き飛ぶ。あそこが弱点か。
リロードしながら降り、カリエンテ12を収めM1911A1を出しクリアリングする。
敵はいない。しかし先ほどドア越しに吹き飛ばした奴が倒れながら撃ってきた。
すかさず鉄机にカバーし、机の横に転がって首の付け根に2発。
・・・妙な銃を持っている。オレンジのフレームに白の塗装の、ルガーMk1からバレルを取り外し、
そこに下が尖った短い筒状の銀のスパイクを付けたような銃。見たことがない。
素材は殆どがポリマーだ。拾って確認する。弾は.22LRではなくボトルネック。まさか南部14年式ベースか?
ガンラックにTAR-21風の緑のライフルがある。
チェック、使えそうだ。横にあった黄色に黒フレームのUSPのような拳銃も確保する。
どの銃も弾がおかしい。白色の弾頭を使っている。
一つ、銃と兵士には法則がある。その兵士が着ている防具を貫通できる銃を持っている。
盾と矛の勝負は常に矛が一歩先を行く。銃において盾は必ず後手を取る。
銃が遥かに強ければ防具を身に付けなくなる。
こんなアーマーを着ているという事はこの銃の弾はそれを貫通できる可能性が高い。
敵の増援が来た気配がする。私は裏口通路のボタンを押す。開いた。中からは認証はないようだ。
そのまま桟橋を走り次のプラットフォームに急ぐ。瞬間、背後で爆発がした。
ロケットランチャーかグレネードだろう。桟橋が崩壊し、波に吹き飛ばされる。
猫のように身をよじり空中で反転し、アサルトライフルを連射する。
ブラットフォームに背中を打ちながら落下する。呼吸が詰まる。
上を見上げると敵2名。ライフルをフルオート。予想通り防弾具を貫通した。
しかしライフルは弾切れだ。敵がボートで迫っている。3階建ての警備棟、頭上にはジップライン。
あれを通れば岸に辿り着けるか。警備棟からも銃撃が来る。ライフルを捨て、
鹵獲した二挺の銃を抜く。左に奇妙なオレンジの銃、右にUSPもどき。
全力で3階建ての階段を走りながら、両手の銃で視界に入った連中を撃っていく。
1人、2人。最後の一人に撃たれそうになり柱にカバー、柱の陰から左手の銃で撃つ。
一撃で貫通した。見た目より直進性と威力に優れている。
ジップラインまで辿り着き、その固定具を腰に装着し飛び降りる。
岸にも多くの白い装甲防弾服を着た連中がいるが、こっちを見ていない。
岸にある建物の中を撃っている。気づかれずに辿り着いた。
敵は建物内に突入していく。中からは銃声よりも悲鳴が多い。
私も後ろから突っ込んで、連中を撃とうとする。だがその必要はなかった。
・・・ルルが立っていた。装甲防弾服を物ともせず、その上から突き刺し、斬り捨てていた。
15人は彼女が仕留めていた。敵の死体の服の一部でナイフを拭っている。
「ご主人様、向こうは済みましたか?」
「ああ、大体片付いた。土産も見つけて来た」
「観光地の名産品集めが趣味ですものにゃあ」
何が目的かわからなかったが、それで任務は完了のようだった。
恐らくは私が陽動で、ルルが本目的を達成していたのだろう。
奇妙な二挺の銃は鹵獲できた。追って調べるとしよう。
今日の夢で仕留めた数は6人だ。
2026/01/09 - ルシッドヴァイン城 12F
寝る為にネクロランドの自室へ行く。
時間は現世で午前4時頃。目を瞑り一呼吸。自室が現れる。
そのまま手を放すように制御を夢に移す。時計は同期している。
女性物の真っ黒なフリル付きパジャマ。今日のネクロランドは冷える。
天蓋付きの巨大な自慢のベッドで眠ろうとした時にドアのノックが聞こえる。
既にノックの癖で解る。ルルだ。私が入った事を感じ取ったらしい。
ドアを開けると、いつもの寝巻、薄桃色のベビードール姿のルル。
いつもの目つきでドア枠にもたれかかる。
その後ろに青のドレスのようなパジャマを雑に着たアリス。目をこすっている。
何も言わず、ルルは12F反対側の彼女の自室を親指で示す。
相槌をひとつ。そのまま3匹手を繋いでルルの部屋へ。
暖炉の炎。銀白の絨毯。同じサイズの白黒の天蓋付きベッド。
「今日は冷えますからにゃあ。獣らしい休み方をしましょうよ」
「賛成だ」
言葉はそれだけだった。
3匹の化物は同じベッドで固まって眠る。
ルルは私の左側で背を丸め猫のように、アリスは右側でうつ伏せで兎のように。
銀枠の窓の外には10月の星空が見える。微かな暖炉の炎の香りと、10月の風の香り。
喉を鳴らすルルの寝息と、アリスの遅い寝息が聞こえる。
この世界を愛さない理由がどこにあろうか。
2026/01/07 - ルシッドヴァイン城
午後10時、自室の電話にフナムシメイドのリギアから電話がかかってきた。
「・・・ハロー、私だ」
「領主様、リギア・エクズィディカです。夜分遅く申し訳ありません。私用で失礼致します。
仕事に必要な私めの掃除用具の補充が必要になりまして、今晩お会いできましたらと」
「ハイラァ、リギア。いつでも門は空いてる。・・・高級な方か?」
「ええ。よく汚れの落ちる方です。私めの鞄は在庫切れでございますわ。容器も含め、あるだけ頂きたいのですが・・・」
どうやら銃の弾薬が足りず、予備のマガジンも紛失したので販売して欲しいとのこと。
彼女は2種類のサブマシンガンを使う。最近は弾の入手難からTEC-9を使っていたが、
"古い方"と呼ぶ銃は二挺のMP7で、使用弾は4.6x30mmという専用弾薬。
殺傷能力が高く、高級な銃で彼女はここぞという仕事の時のみそれを使う。
あの銃は売ったと聞いていたが、予備でもあったのだろうか?
まあ、こういった齟齬は夢の中ではよく発生する。
エレベーターを目指して廊下を歩く。左背後から白い耳が見えた。
「るるらぁお?」
「ハイラァ、ベイビー」
気配は微塵も感じない。いつもの挨拶だ。二人肩を並べエレベーターに乗る。
地下武器庫に4.6x30mmの在庫を確認しに行く。しかしあるのは50発入りが2箱の100発のみ。
軍用、それも特殊部隊用の専用弾薬だ。滅多にネクロランドに持ち込む敵はいない。
D.R.S.T.の一部の部隊と、対怪異管理局の高ランクのハンターが私用で所持している程度だ。
銃庫の弾が売り切れになるのは、寂しくも嬉しくもある。
幸いネクロランドでこの弾を好んで使うのはリギアくらいだ。
1F入口の壁電話から折り返し電話して、弾はあるが弾倉はないと伝えるとそれでも良いとの事だった。
対価はルルの提案で現世のユーロとした。基本ネクロランドにおいては紙切れなのだが、
外の世界に買い出しに出られるルルであればその意味と価値はある。
11時20分頃リギアが城に来た。ダイニングホールでライフヴァイルを飲みながらルルも交えて取引をする。
フナムシの体を器用に椅子に乗せて上品に座っている。瞳孔の無い真っ黒な眼が美しい。
リギアはルルと同じ白ワインを好んで飲むようだ。気を利かせたガロッタが生ハムとチーズを出す。
よくもまあ、ハムのように塩漬けの人肉を仕上げられるものだ。良いツマミになる。
まずこちらが弾薬の缶2つをテーブルに乗せ、それを開ける。
「新品だ。使用期限は2008年だが、撃てることを確認している。城にあるのはこれで最後だ」
「・・・完璧ですわ。ありがとうございます、領主様。お代金はこちらで」
リギアは缶を巨大な革の道具鞄にしまうと、入れ違いに分厚い封筒を出す。
ルルがそれを受け取り、オードブルのつまようじを咥えながら数え始める。
500ユーロの束にニヤついている。一体日本円換算で何百万あるのだろうか。
彼女の事だ。車の修理か改造費か、はたまた高性能爆薬でも調達するのか。
リギアが上品な言葉で事の経緯を語り出す。
4日前、海底都市の依頼で現世の「掃除代行」を承ったが、想像以上の銃撃戦となったそうだ。
敵はリギアの壁面を歩ける能力を把握しており、壁面にセンサーが張り巡らされ見つかったとの事。
その時の銃撃戦で全ての弾と予備マグを使い切り、敵の銃を拾いながらどうにか完遂したそうだ。
愛銃の対のMP7は空になり、刺さったままのマガジンしか今は手元にないらしい。
「にゃっふふふぅ、楽しい仕事を引いたようで。何発食らいました?」
「ドレスに何発か、あと左第四節足が一本です。既に再生しています。お気遣いありがとうございますわ」
「銃だけでは切り抜けられない状況でしょう、面白い"狩り"があったのでは?」
「ええ。"スプレー"だけでは掃除しきれませんでした。ほうきも必要になりましたわ」
「首ですかにゃあ?」
「いえ、背後から"オイスター"を」
「みゃあみゃあ、流石ですにゃあ、抜かりありません」
ルルとリギアは殺しという趣味を仕事にする淑女同士だ。よく気が合う。
彼女の持っているほうきはステンレス鋼の仕込み杖だ。腎臓を背後から突き刺したらしい。
リギアは全力で走っても、そのフナムシの体のお陰で一切の音が立たない。
「こちらはほんのチップの上乗せですが・・・」
と、彼女はツートンカラーのP226とラバーグリップの4インチM686を差し出した。
その時現世から持ち帰った銃で、確認するとP226には2発、M686には1発の未使用弾薬が残されていた。
取り出し確認する。9mmにも357MAGにも刻印がない。これはフェラルハンター共は使わない。
恐らく相手は対怪異管理局だ。連中は証拠を残さぬ為無刻印の弾薬を使用する。
詮索は余計だ。クライアントの守秘義務を徹底する彼女だ、何か聞いても何も答えぬだろう。
「・・・前に売った、安物の方はどうなった?」
「恥ずかしながら、2か月前に両方とも壊れてしまいまして、持ち帰る事も叶いませんでした」
「だろう。塩分の多い環境であの銃は耐食性に不安があった。
4.6mmは入手が難しい。"雑用"向けの新しいスプレーが必要じゃないか?」
「うふふ、流石は領主様、気が利きますわね。お言葉に甘えさせて頂ければ」
「ああ、いくつか紹介しよう。代金はそのチップで十分だ」
「にゃっふふふ、お二人とも火薬で遊んできて下さい。私はここでもう少し飲んでますよ」
テーブルに足を乗せて二本目のワインを開け始めたルルを尻目に、エレベーターに向かう。
リギアは上半身を一切動かさず、下半身の節足だけを動かし歩く。
メイド服のロングスカートで隠した広い虫の背中には箱型の革鞄。身長は私より頭ひとつ低い。
地下1F左奥、武器庫兼地下射撃場。
6レーン、50mの広大な射撃場の後ろにはガンラックがあり、その奥の鉄扉の向こうが武器庫だ。
現世から持ち込まれた大量の鹵獲品の銃とパーツがある。
耳に轟く銃声は甘美なるハーモニーだ。耳鳴りすらも心地よく、入口の耳栓もコルク栓も必要ない。
リギアに鼓膜はない。前後4本の触覚の空気の振動で音を知覚している。彼女にも必要ない。
リギアのスタイルは両手にサブマシンガンを構えスピードを活かした二挺拳銃攻撃。
更に好む銃の構造はハンドガンのようにグリップ内に弾倉があるUZIスタイルだ。
まず壁のガンラックから一つオススメを紹介する。
「MAC-10、アメリカ製45口径、30連発。極めて堅牢なサブマシンガンだ。
私のお気に入りでね。サイレンサーを使えばバランスも良くなる」
二挺用意し、装填済みのマガジンを叩き入れ、くるりと回し彼女に渡す。
的は右から10m、15m、20m。
リギアは3本指の腕でそれを受け取り、慣れた手つきでボルトを引き、撃ち始める。
バラララララララァァァッ!!!
僅か数秒で60発の弾丸を吐き出し、弾倉が空になる。
二挺別々の的を狙う腕前。全て命中している。
「・・・私めには、いささか反動が強いですわね。少し重いですわ」
「なるほど。それなら9mmが良いだろう。軽量な銃で耐食性も必要、ポリマーフレーム・・・」
となればステアーTMPか。しかしふと思い付く。リギアが他の銃種を扱っている所を見たことがない。
手近にかけてあったVz.58アサルトライフルを渡す。
「これは個人的興味でしかないが・・・ こいつを撃ってみて欲しい」
「まあ、うふふ、物好きですこと」
リギアは受け取ったVz.58をちらりと確認する。
この銃は有名なAK47に酷似しているが、まるで別物だ。
右面、左面と確認し、軽くボルトに触れる。
マガジンを抜き、残弾を確認して戻す。
すぐに理解したのか、セフティを解除しボルトキャリアを引く。
完璧な構えで狙いを定め、セミオートで次々と的を撃ちぬいていく。
続いてフルオート。最も遠い的の原型がなくなる。
30発を撃ち切り、ボルトが後退する。
「AKによく似てますが・・・ 見た事のない銃ですわね」
「スロバキア製の名銃、これもお気に入りだ」
「うふふ、私めには大きすぎますわ」
「良ければ他の銃も自由に試すといい」
リギアの完璧な銃の扱いを見た所で、望みの品を銃庫の奥から探す。
銃はタイプごとにある程度分けてある。現代銃のラック。
金網にダイヤル錠の鍵。ひどい話だが、付けているだけだ。
ナンバーは全て銃に関連する番号で、わかる者にはすぐ開けられる。
ハンドガンの銃声が聞こえる。ちらりと後ろを見ると、
リギアはガンラックにあったグロック17を見事に片手で速射している。
流れるような再装填。逆の手に持ち替えてもう17発の速射。
流石はネクロランドイチの掃除屋、銃の腕前は確かだ。
腕部も節足が変化した、3本指である事など微塵も感じさせない。
近くで見れば複眼の両目も、よく標的を捉えているようだ。
鍵が開いた。ここの番号は919。9mmx19で9mmパラベラムの銃を保管している。
隣の.45口径のラックは045、散弾銃なら012といった具合だ。
二挺のステアーTMPを手に取り、人間界産、赤い鷹の印の9mmの箱も2つ取る。
こういう時の為にカゴがここには置いてある。それにTMP用の弾倉も放り込み、
リギアの元に戻る。リギアはグロック17を通常分解し、バレルを拭いていた。
前々から察してはいたが、ネクロランドでも上位に入る銃の練度だ。
「あら、失礼を。私めがつい癖で・・・」
「見ていた。見事なリロードだ。分解も素早い」
リギアは話し終える前にグロックを組み直し、スライドを開いてラックに置き直している。
「本題だが、恐らく君にはこれが一番合うだろう。ステアーTMP。
UZIスタイルのマガジンに、MP7と同じポリマーメインのフレーム。
重量も1kgと少し、そして口径は9mmだ。どこでも手に入る」
カゴから出してレンジの机に並べる。新品の9mm弾の50発入り箱の包装を解いている間、
リギアは何の説明もなくとも銃を一目見ただけで操作を覚え始める。
「まあ、これは素敵ですわ・・・」
「特殊部隊向けの銃だ。安物のTEC-9とは作りが違う。あれも私は好きだがね」
2本の弾倉に30発ずつの9mmを詰め、それを机に置く。
"どうぞ"とばかりに大袈裟にソムリエの真似事をしてみせる。
リギアは軽くお辞儀をすると、一瞬でマガジンを二挺の銃に装填し、
長い指を交差させコッキングハンドルを引き、狙いを付ける。
バラララララァァッ!!
・・・一瞬で4つの的の頭部と胸部に何発もの風穴が穿たれた。
残りのマガジンにもう30発ずつ込める暇もなかった。
机に5発程しか入っていないマガジンを置く。流れるようなリロード。
彼女は特異な形状の指で人間には不可能なリロードをしていた。
ダァン!! ダンダンダァン!!
・・・今度は指切りで更に遠くの的を正確に撃ちぬいた。
よく見れば的の顔面に、笑顔を描くように弾痕が開いている。
「・・・領主様、この銃にしますわ。お代の方は」
「言った通り、十分だ。マグももう6本付けよう。新品の弾も入るだけ」
「感謝いたしますわ。これでお掃除も随分捗ります」
「それと、これは良い射撃を見せてもらったチップだ」
私は彼女に、弾薬の共通が効くグロック26も渡す。
新しいお掃除道具を手に入れたリギアは、
お礼だと譲らずに玄関ロビーホールと射撃場を原義の意味で完璧に掃除し、
そして深々と礼をして、ネクロランドの夜道へと帰っていった。
彼女の射撃の腕前をあれほど近くで見たのは初めてだった。
見事、ただその一言しか感想は無い。
2026/01/04 - 時計塔街西商業区郊外、ヴォルフガングの診療所
時計塔街西商業区を歩いている。
懐中時計を見る。時間は9時15分。
午後だろう。タバコに火を点け、そのまま路地裏を通り、小規模な墓地を抜け西を目指す。
暫く歩くとレンガ造りのネオンが見えてくる。ヴォルフガングの診療所だ。
ほんの思い付きだが、現実の体の調子が悪い事を彼、いや彼女に相談してみたくなった。
半分地下に埋没したような扉を開け中に入る。
まず鼻を突くのはジャスミンの香。中国語の歌謡曲。
ドアに付いた鈴の音を聞いて緑色のドレスにエプロン、
ツギハギの心臓マークの大きなナースキャップ、
見開かれた目、真っ赤な手足が乱雑な"店内"から現れた。
「いらっしゃいま・・・ フェル!?」
「ハイラァ、シンクレア、ハッピーニューイヤー」
「珍しいわね、それはそうと新年おめでと、今日は?」
「診察を頼みたい、全身の体調不良だ」
「ハイハイ、今摘出と縫合・・・ っちょっ今診察って言った!?」
「撃たれてはいない、内科を頼む」
「マジ!? フェルも病気になるもんなの!?」
「病気だからこんな国がある」
そうこうしていると、奥から紫煙をキセルで煙らせたヴォルフガングが来た。
「あらぁフェルちゃん!! うふふ、ハッピニューイヤーね、今日はどっちの"おイタ"?」
「ハイラァ、ヴォルフガング。今年もよろしく頼む」
「あの、今フェルが体調不良で内科の受診とか、訳の分からない事を・・・」
「あらまあ!! まあまあまあ!! やっと健康に興味が出たのかしら? うふふふ!!」
「まあ、そんなところだ。特に"向こう"の具合が悪い。寝つきが悪いんだ。
ここ数日、こっちの世界ではよく眠れない」
「それじゃこっちへいらっしゃあぃ、ああクレアちゃん、鉗子は引っ込めちゃっていいわ
今日は聴診器と体温計のウフフよ」
・・・暫く無駄話とも問診とも取れぬような事を、まるで高級な占い師の個室のような部屋で15分ほどした後、
ヴォルフガングはツボ押しによる治療を提案し、またひとつ隣の部屋へ通された。
星形のように複雑に通路が連結した診療所内は、未だに構造が掴めない。
赤木の細工が目立つ、竜や行燈、蝋燭が光る部屋の朱塗りの木製に革という施術台に仰向けになる。
「まずは頭痛と眼精疲労ね。ここが良く効くのよ。痛かったら、恥ずかしがらずに叫んでちょうだいね」
ヴォルフガングは両人差し指を曲げ、その関節で私の眉毛の眉間のあたり、眼窩と鼻柱の境目にある溝を指圧する。
恐ろしく痛い。意味の分からない痛みがする。思わず身をよじる。
「あらぁ!! やっぱり!! 頭の使い過ぎとストレスね、痛いときは叫んでいいのよ?」
「助手の忠告だけど、ヴォルフは叫ぶと興奮するわよ」
「知ってるさ・・・」
10分も押して放しを繰り返しただろうか、終わるころには随分良くなった。
続いて腰の治療、片足を4の字のように曲げ、膝の上方に乗せ、つま先を引っ張りながら膝に乗せた足を軽く真上から押す。
痛みはない。ただじわじわと無関係なはずの右腰にほぐれというか、揉まれたような痛みが出始める。
「東洋医学ってヤツよ。こっちの薬はそっちの体に殆ど届かないけど、これならそっちでも出来るわ。
つま先はクッションにひっかけてもいいわね。同じ効果があるはずよ。さ、反対側ね」
両足10分ずつ、固まった膝や足首もほぐれた気がする。最後に施術台に座る。ヴォルフガングが背後に立つ。
「・・・いつも思うけど、良い髪してるわぁ。整えたらもっと良いのに」
「最近別のバケモノにもそう言われててな・・・」
「猫チャンでしょ? よく解ってるわよあの娘は」
そう言いながら、ヴォルフガングは私の両肩を掴むと、ゆっくりと後ろに引くように、
肩甲骨同士を押して近づけるように動かし、そして斜め後方に押し上げる。
これを数秒ずつ繰り返す。10回もしないうちに肩のコリが軽くなった。
「簡単でしょ? 向こうでもできるように覚えておいてね」
「ああ、助かる」
「あとこれはオマケだけどね、難しいから無理に覚えなくていいわ」
そう言うと、再び施術台にうつ伏せになるようヴォルフガングは促す。
言われるがままにすると、腰のあたりのツボを狼の握力で一押しする。
不思議な痛みが走る。凝っていた箇所が一瞬で解放されたような感触だった。
そして首の後ろ側に手を滑り込ませ、頭蓋骨寄りの場所を二本指でつまんだ。
途端に首のコリが軽くなった。やはり名医だ。診察と治療は以上だった。
「・・・お代は払えたか?」
「もっちろん! フェルちゃんから受診だなんて、それだけで十分よ」
「・・・フェル、毎度思うけどこの医者どこで採算取ってるわけ?」
「長い付き合いだが、わからんな」
「いやねぇクレア、愛よ、愛。愛があれば解決するわ」
最後に奇妙なカクテルを一杯、古式のカメラで記念撮影をされ、そして診療所を後にした。
悪夢から覚めた後、同じ方法を試した。悪夢と同じように効果があった。
私が知り得ぬ知識を悪夢の住人が持っている事に関して、説は分かれるだろう。
デジャヴュのような無意識の記憶の再生か、ネクロランドは別世界線に物理的に存在しているのか。
2026/01/03 - COMA-廃遊園地
目覚めた場所は遊園地。活気があり、チープなアトラクションが並んでいる。
青色のペイントが施された白い建物の壁、水上を回るメリーゴーランド。
そこで気付く。ここは廃遊園地で、そしてその裏の次元だ。
しかし操作ができない。流されるように土産屋に入る。
そこには見覚えのあるフリントロック銃の玩具がある。
これが欲しい、そう思った瞬間に崩壊が起きた。
裸の人体のような肉の塊がいる。それが向かってくる。
水が溢れてくる。夕刻。ファンファーレ、11月の寒風。
整合性がない。Comaだ。Comaに陥った。
夢の制御を取り戻す為集中する。救援は呼べるか?
・・・望めそうにない。重力がおかしくなる。
水が上方向に流れ始める。ループに入りかける。
土産屋の窓の一つが宇宙空間になっているのが見えた。
そこに向かい走る。足が液状化する。意識だけでいい。肉体を置いていく。
首を自切するように外し、頭蓋から脳みそを吐き出し、前へ前へ飛ばす。
窓に飛び込めた。その瞬間、夢の制御を回復した。
・・・廃遊園地、水の枯れた水上メリーゴーランドがあった。
私はいつものフェルの姿で立っていた。Comaに陥る危険まであるとは。
やはり廃遊園地は危険地帯だ。これが意図なのかどうかはわからない。
廃遊園地の錆びて崩れた外壁から外に出る。ここから時計塔街までは歩けば半日では済まない。
左のホルスターを確認する。愛銃カリエンテ12がある。
バレルを折り、中の12ゲージ実包を取り出す。
ホルスター後ろ側のポーチの一つを探る。あった。照明弾だ。
それを装填して空に放つ。赤の信号弾1発、迎えの要請だ。
・・・間もなくして、空に青の照明弾が見えた。
誰か来るのだろう。近くの倒木に腰掛け、懐からタバコに火をつけた。
そこでこの日の夢は途切れた。
2026/01/02 - ルシッドヴァイン城
新年はルシッドヴァインの自室から明晰悪夢へ入った。
窓の外の風景は相変わらず、紫と青を混ぜたような空に白金の月が浮かんでいる。
使うことはないだろうが、ベッドから向かって左のドレッサーに置いたM1911A1を手に取る。
弾倉を確認、薬室に弾は入れない。それを飾りスカートの右側へ納める。
デュラム作の壁時計で時刻を確認。19時14分。ダイニングは盛況だろう。
12F廊下に出る。靴音だけが反響する。暫く赤いカーペットを歩きエレベーターへ。
7Fでエレベーターは止まり、クロウバールが乗ってきた。
「ハッピーニューイヤーなのだわ、フェル」
「ああ、ハッピーニューイヤー」
7F、住人達が居候している階だ。新年挨拶回りか。そのまま1Fへ。
既にエントランスに多くの住人が見える。
ハーモニカの音色、となればミレッタだ。右側壁のソファで吹いている。
その横には座っても1.5mはあるチアロ。サイドテーブルには飲み物がある。
軽く挨拶を交わす。そのままダイニングへ向かう。入口にも多くの住人が集まっている。
ダイニングホールのビュッフェは思った通り大盛況だ。ざっと見て30名程だろうか。
時計塔街の店に入らずここに集まるは美食家かここに住んでいるか、
ここを気に入っているかのどれかだ。特に込み入った新年祝いはしない。
ヴァイオリンの音とピアノの音色。上には緑色の蜘蛛、奥のピアノには白い長髪。
傍らにワインボトルを糸で吊りエンデューラはヴァイオリンを演奏している。
目配せして挨拶。窓際のテーブルにレイダー姉妹を見つけた。
ハイラァと声をかける。
「フェルちゃん、ハッピーニューイヤー!!」
「今年もよろしくお願いしますね!!」
「ああ、ハッピーニューイヤー、今年もよろしくだ、二人とも」
この二人はいつも礼儀正しい。
背後から飾りスカートを引かれる。この挨拶をするのは一人だ。
「ハイラァ、シアル。ハッピーニューイヤー」
「遅いわよ黒焦げ!! まあハッピーニューイヤーって言ってあげるわ」
身長80cmに片手にワイングラス。彼女らしい。
彼女はすぐさま脇のテーブルの上によじ登り座る。
かじっているのはミートパイか?
巨大なチェインソーが見える。ヘルブレイズ、サバトも来ていたか。
座ったまま天井のシャンデリアに届きそうだ。
向いの席には3人、M16が立てかけてある。あれはロアンナだ。
となれば他の2人はベルタとザロテだろう。
ヘールズ・ホールに入り浸りだったはずだが、今年はこっちを選んだか。
「ハイラァー、領主サマ、ニューイヤーですね」
料理を運んでいるガロッタとすれ違った。
「ハイラァ、ガロッタ。ハッピーニューイヤー」
「何かディナーのご注文は?」
「・・・チキンステーキが良い ポテトを付けてくれ」
「ハイヨー♪」
途中で現世の白ワインをビュッフェテーブルから一つ頂戴する。
やっとピアノまで辿り着く。ルルが空のグラスを傍らに行儀悪くピアノを弾いている。
濃厚な薔薇と土の香りがする。隣でロゼッタが歌っている。歌えたのかロゼッタは。
軽く手を上げてロゼッタに挨拶。瞳代わりの薔薇の花弁を閉じて挨拶。
ルルの空のグラスにワインを注ぐ。ルルの青い眼が私を向く。
・・・ルルが曲を変えた。悲し気なワルツ。私の好きな曲だ。
"今日も明日は来ない"
"永遠に明けぬナイトメア"
"死に征く 世界見つめて"
"深い 闇に溺れる"
"今日も明日は来ない"
"許されざるアムネジア"
"滴る 心の上澄み"
"白き 愛に溺れる"
言葉は不要だった。
その後、他愛もない話をルルと交わしながら、チキンディナーを堪能した。
実の所、あれはチキンなどではないのだが。
2025/12/29 - ネクロランド西、廃遊園地
廃遊園地で以前からあった場所、湖畔のレストランを調べた。
以前会った魔女からの情報を基に、廃墟と化したレストランの中で夜10時を迎える。
鳴る筈のない放送が聞こえる。時空が歪み在りし日の遊園地朝10時まで飛ばされた。
そこは華やかで、パステルカラーのテラコッタが印象的なレストランだった。
髭の老齢のバトラーがカウンターにいる。レストランの奥に、二つの巨大な影が見える。
150kgはあろうかという肥満の老婦人二人が座っている。
片方は栗色の末広がりのボブで、オレンジの水玉模様の服。
もう一人は短い巻き毛の白髪で、夜空のような服。
とても煌びやかな服と多くの宝石を身に着けている。
楽し気な音楽が遠くで鳴り、窓の外から轟音が聞こえる。
湖畔のレストランの前には錆びたレールがあったが、
ジェットコースターでこのレストランまで移動できるようだ。
無人の赤い簡素なジェットコースターが到着し去っていく。
「ご注文はお決まりでしょうか」
髪を染めて日焼けし丸眼鏡をかけたアインシュタインのような風貌の
よく仕立てられたベストを着たバトラーが注文を取りに来た。
「・・・ココア、置いてるか?」
「かしこまりました」
一礼して彼が背を向けた瞬間、嫌な予感がした。セフティを外す音が聞こえた気がした。
足に力を込める。その感は当たった。振り向いた彼は懐から銀のサイレンサー付きのP226を出した。
それを向けられる直前に座っていたテーブルを両足で思い切り蹴飛ばす。
バトラーに当たり彼は転ぶ。近くにあった椅子の背もたれを掴み、
膝をつきながら向けようとした彼の腕に振りかぶる。
椅子が砕け、バトラーは倒れ込み、銃は弾き飛ばされた。
バトラーは這って店外へ逃げようとしている。
銃を拾い、店の入り口のドアの所で彼の背中を踏みつけて銃を突きつけた。
「・・・何故だ?」
短く聞いた。彼は答えた。
「私は大魔女様の使いです!! 力を試せと・・・」
その時、後ろから拍手が聞こえた。あの極めて大柄の老婆二人が微笑みながら手を叩いている。
片方が指を鳴らした。瞬間、一気に周囲の気温が上がり、自分の着た服が変わった。
・・・アロハシャツにインナーの白シャツ? 夏の装いだ。セミが鳴いている。
近くの花畑の花はチューリップだったはずだが、今はヒマワリが咲いている。
「大魔女様はその方が好む季節へ四季を飛ばせるのです」
足下のバトラーが淡々と説明した。彼にもう敵意はないと判断して足をどける。
立ち上がった彼は服を正しながら続ける。
「無礼をお許し下さい、あなたが"話の者"である確認を取らなければなりませんでした」
自身のアロハシャツの裾から自分の銃が見える。こいつは返してもいいだろう。
「・・・注文違いだ」
P226のセフティをかけ、バトラーに返す。彼はもう敵意はないと言うように近くのテーブルに受け取ったそれを置く。
そうしていると、大きな帽子を被った細身の老齢の女性が一人ジェットコースターに乗って入口に来た。
降りるなり口を開く。
「見込み通りだったじゃないの!! 彼が"ナイトメア"よ!! さあさ、こっちへどうぞ。もっといい店があるんだよ」
カラフルな宝石をこれでもかと吊るし、黒い帽子と夏に似合わぬドレス真っ黒なドレスが七色に輝いている。
「大魔女様の力を見たかいな? 凄いのさ、季節を飛ばしちまうんだからね。あたしなんかほら、これだけさ!!」
気付けばパン屋の中にいる。甘い菓子パンを頬張っている。
「これをお土産に帰って頂戴な、ほら、そろそろ時間だよ」
・・・そして気付けば夜明け、廃墟のパン屋の中にいた。
店の外に出る。廃遊園地だ。服も元通りだ。開園のアナウンスは鳴らないが、朝10時だろう。
気付けにタバコに火をつける。ふと振り返ると、袋いっぱいに詰められたまだ温かい焼きたてのパンと、
湯気の立つココアがテーブルの上にあった。かじりかけの砂糖でまぶしたクロワッサンも皿にある。
クロワッサンを食べきり、ココアを飲む。とても甘く風味が良い。暫く歩いて廃遊園地を出る。
無事に出られた所で、袋に一枚のメモが入っている事に気付いた。
メモには「May-an?」とだけ書かれていた。
これは魔女たちが使う言葉だ。
楽しい、美味しい、美しい、等の意味がある。
・・・今回新たに3人の魔女に会えたが、これは歓迎だろうか?
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