FORGOTTEN NIGHTMARE



NIGHTMARE DIARY 2
(2026/03/18〜)





2026/04/17 - ネクロランド西、廃遊園地

ネクロランド。また廃遊園地の調査に単身訪れる。
廃遊園地内、左端あたりの一角にある、「SKYSHIP ADVENTURE」と名打たれたアトラクションに足を踏み入れた。
かなり巨大なドーム状の施設。吊り下げ式レールが張り巡らされている。
その出発点、木製の橋を模した朽ちた場所に飛行艇を再現したライドがあった。
2m程の青く塗られていたであろうコンクリートの空堀の上にそれはある。
恐らく、動いていた頃は下に水が張られ、桟橋に停泊する飛行艇を模していたのだろう。

右側のライドは残っているが、左側は天井のレール毎崩壊して無残にも空堀に残骸と化している。
右の飛行艇の中に入る。操縦パネルは前進と後退しかなくシンプルだ。
電源と思しきボタンを押す。ガコン、と何かが動く音。ランプが点く。
動いた。レバーを倒してみる。ライドはぎこちなくも前進し始めた。
飛行艇を模した、モノレールのアトラクションだ。

・・・レールは上下旋回を繰り返しながら、巨大な貯水槽のようなドーム中央に差し掛かる。
青空が塗られていたであろうドーム内壁は崩壊し鉄筋が見えている。
ふと、鼻を突く錆と酸の臭いがした。下を見下ろすと、本能的に危険を感じる澱んだ茶色の液体が
巨大貯水槽の下の所々に溜まっている。レールが軋み、天井の一部が崩落する。
液体の中へ落ちたそれが、泡を立てて溶けていく。

・・・強酸性の液体だ。触れればただでは済まないだろう。
そう考えた矢先だった。ガタンと大きな音を立て、天井のレールが外れた。
傾いた飛行艇のライドは真っ二つに折れ、私は20m直下に落下した。
バシャアァン!! あろうことかその液体に落下する。水深は深い。
崩れた穴の中にその液体は2mも沈殿していた。
どうにか這い上がるが、液体はみるみる体を溶かしていく。
強烈な痛みと熱さが五感のある悪夢越しに伝わる。左手が白骨化した。
溶けた胴体から胃や腸が零れ出る感触がする。
ここで死んだらどうなるのだろうかと考える前に、
右手は自身の銃を抜き、それをこめかみに当てていた。

ズダァン!!

・・・頭を撃ち自殺した。その瞬間、周囲の風景が巻き戻る。
何十年も巻き戻り、まだライドが在りし日の光景だった。
美しい照明と鳥の鳴き声やさざ波の効果音、そして南国風のBGMが流れている。
ドームの中になかなかのクオリティの、南国の海岸が作られていた。
張られた水は澄み、塩素の香りがする。泳いでも問題は全くないだろう。
この中のレールに吊られた先ほど落下した飛行艇のライドの中に、私はいた。

ハリボテのプロペラは安全な、推力を決して生まないスピードで回転している。
エンジン音がエンジン部分を模した場所のスピーカーから控え目に再生されている。
窓の外には、モノレールとして吊られた同じようなライドが6機ほど他に回っている。
まだ劣化していないライドの中には、8人の老若男女、
恐らく3家族ほどだろう。皆楽しそうに乗っていた。

いかにも「南米出身のパイロット」といった服装のスタッフが、操縦席の部分に座っている。
冒険家のベストにブッシュハット、サングラスの彼が気さくな演技で後ろを振り返る。

「ほらみんな!! 下を見てくれ!! 島が見えるだろう? あれがパラダイスさ!!」

子供たちがはしゃぐ。ライドはゆるやかに傾き、その島へと降下していく。
これは南の島の飛行艇に乗り、陽気なパイロット役の係員が操縦の演技をし、
あの島へと着陸する、そういうライドだったのだろう。

「あの小屋が見えるかい? ただの小屋じゃない、最高のリゾート!!
 料理もドリンクも全てが一級品!! オレもよくあそこで楽しむのさ!!
 ああ、今日が休暇だったらなぁ、まだフライトが残ってるんだ!!」

他の乗客やパイロット役係員には、私の姿は見えていないようだった。
窓の下を覗く。飛行艇は水しぶきを上げて着水する。
上のレールが決して外れないルートでこの前進後退しかないライドをそのように見せている。

「アディオス!! さあ、島での滞在を楽しんでくれ!!
 フライトは5分置きだ、帰りたくなったら、また乗ってくれ!!」

海岸、島を模したドームの端。巨大なプールを挟んだ向こうに私は降りた。
そこを探索する。私は魂だけがここにあるようで、誰にも知覚されない。
木のような塗装のFRP製のステージでは、マスコットやダンサーがショーを披露している。
そしてパイロット役の係員が言っていた小屋のような場所はレストランで、
各々がパラソルや藁屋根の下で南国のドリンクや、料理を楽しんでいた。

しばらく見回り、ここの在りし日の状態を調べ終えた所で、帰りのライドに乗る。
また別のパイロット役の係員が、気さくな言い回しで安全ベルトやドアのロックを確認する。

そして離陸し、旋回を始めた辺りだった。また時間が乱れた。
今度は早送りだ。1年、2年、次第に人が少なくなり、ライドが劣化していく。
突然ドアが開き子供が落ちる事故。緊急停止で何時間も宙づりになる事故。
休止中の中を点検工事する作業員達、プールの水が抜かれ、事故機が取り外される。
工事が終わり再開し、また動き出すライド。
そして人はまばらに、稼働する飛行機も2機まで減った。

6年ほどの早回しが終わった所で、時間が等速に戻った。
今のように老朽化し、照明が消えた真っ暗なライドの中。
かろうじて致命的な損傷はないが、プールの水は苔が生えた汚水と化している。
ライドの中には、白衣を着た髭面、眼鏡の科学者風の男、
そして丸眼鏡の赤毛の女性が乗っていた。
科学者風の男は抜かし遠ざかるように床に仰向けになり、
上体をパイロット席に預け、震える片手にグロック17拳銃を握り締めている。
女性は科学者にしがみつくように、何かに怯え彼を頼っている。
私から怯えているように見えたが、銃口は私の奥を狙っていた。
科学者が叫ぶ。

「近づくな!! この化物め!! 我々はここから帰りたいだけだ!!」

科学者が銃を向けた方向に振り返ると、そこには魔女がいた。
遊園地に多数いる魔女の、若かりし日の姿だろうか?
細身の黒いドレス、黒い長髪。異様に長い両手の爪をライドの床に擦っている。

「おやおや、自分からここに入っておいて、とんだ言い草だねぇ」

魔女は二人に迫る。科学者は銃の狙いをずらす。その先にあったのは・・・
何か警告文が書かれた、黄色いドラム缶のような大きな容器2つだった。
ライドの後部座席に彼らが運び込んだのだろう。

科学者は叫びながら何発も、銃のトリガーを引いた。
銃声がこだまする。銃弾は魔女に数発命中する。
魔女は笑いながら、被弾した胸や腕を眺める。傷はみるみる塞がっていく。

「そんなものが効くと思ったのかい? 馬鹿だねぇ、あんたたちは」

魔女が腕を振り上げた時だった。背後で煙が上がった。
薬品は、腐食性の猛毒だったようだ。みるみるライドの床を溶かしていく。
ボタボタと溶け落ちた薬品はライドから、プールの水に混ざっていく。
プールの水と爆発的な反応を起こし、あの私が落下した液体へと変化していく。
魔女は悲鳴を上げ、薬品の入った容器を手で塞ごうとする。
しかし薬品は魔女の腕を溶かし、再び悲鳴を上げる。
再生能力があったとて、この痛みに耐えて薬液を塞ぎ続けるのは不可能だ。

「ああ・・・!! ああ!! 私の、私の見つけた、人の夢が・・・!!
 思い出が・・・!! 人の夢が・・・!! よくも、よくもォォォォッ!!!」

魔女は激高し、白骨化しさらに鋭くなった爪で斬りかかろうと踏み込む。
しかしその瞬間、ライドの床が腐食し、魔女の足元が崩れた。
魔女はそのまま、廃液溜めと化したプールに真っ逆さまに落ちて行った。
しばらく白煙と悲鳴を上げていたが、その魔女は白骨化した爪を掲げながら、
廃液の底へ沈んでいってしまった。

残された科学者と女性は抱き合い、ライドを動かして島側の非常口から逃げ出した。
科学者は腕に傷を負っていた。魔女に斬られたのだろう。

・・・その光景を見た瞬間、私の意識が戻った。
ライドに乗り、落下して自殺する前の時間に時が巻き戻っていた。
目の前には桟橋と、動かす前の飛行艇のライドがあった。

私はタバコに火をつけると、それに乗らずに来た道を引き返した。
夢から現世へ帰りながら、考える。

"ここから帰りたいだけ"
"自分から入っておいて"
"私の見つけた、人の夢、思い出"

・・・仮説だが。
あの魔女たちは現世で失われ、廃墟と化したり解体された遊園地に残った
「忘れ去られた人の思い出、楽しかった記憶」を集めているのではないだろうか?
あらゆる遊園地のパーツを切り貼りしたような、異様な廃遊園地の構造の説明になる。

あの科学者達は、恐らくあのライドがあった元の閉鎖された遊園地を調査していたのだろう。
アトラクション解体の為か、それに準ずる準備か。
そこであの魔女と遭遇し、戦闘になった一般人だった可能性が高い。

あの魔女は死んでいないだろう。だいぶ年老いて、相当に太っていたが、
以前の遊園地の夢、レストランを見た時に、体に対して異様に腕の長い魔女に会った事がある。
私に対しては友好的で、「メヤン」と魔女の言葉をかけてくれたのを覚えている。
そして彼女は、在りし日のあのライドのレストランで提供されていたオレンジジュースを飲んでいた。

彼女ら遊園地の魔女達は、現世の人々の楽しかった思い出を
過去の時間軸ごと、何等かの理由で集めているのかもしれない。

それは単なる善意か、遊びか、はたまた"食事"の為なのか。
ネクロランドと、その存在理念とも大差なく、利害も相違ない。
今の所、彼女らと敵対するにあたる理由はないだろう。
廃遊園地の正体に、また一歩近づけた気がした。









2026/04/11 - ルシッドヴァイン城、地下1F武器庫兼地下射撃場

夢で目が覚める。エレベーターに乗っている。ルシッドヴァインの右側のエレベーターだ。
左右対称のデザインになっているので、パネルの配置で解る。
エレベーターが開くと、プリンカラーの小さい頭がスキップして眼前に出ていく。
地下1F。ここにあるのは巨大浴場と射撃場だ。

「にいさま!! どっちだっけ!?」

「・・・アリス、今日は何でここにいる?」

「ルルねえさまから聞いたわ!! 銃で遊んだって!! 私もやりたいの!!」

「ああ、射撃場か。ならこっちだ」

エレベーターを出て右奥に歩みを進める。後ろに進めば大浴場だ。アリスもついてくる。
未だランタン式の照明がレンガ壁の地下道を照らす。
この階は比較的湿気が少なく、故に銃の保管に向いていた。
昔は水車と給水設備が引かれていたと思われる地下B2Fは、地下水と湿気でとても銃の保管には向かなかった。
故にあの階は人魚との連絡通路にしてあるというわけだ。

時折振り返るアリスの赤い目とノコギリ歯は暗闇でよく光る。普通の感覚ならば恐ろしいのだろうが。
暫く歩くと鉄で補強した扉が現れる。ここが射撃場だ。
左手には射場レーン、右側には数セットの丸テーブルと椅子がある。
私はガロッタに適当なバーガーを作ってもらい、よくここで一人銃を弄りながら昼食を取る。
冷えたグレープスパークルが飲めるよう、現世の80年代の店舗用冷蔵庫にそれらを冷やしている。
ここは城内でも珍しく、電球と蛍光灯で照明している。火薬類への不意な引火を防ぐためだ。

アリスはあまりここを訪れない。アリスの愛銃であるジャバウォック20mmは、
ここの射場の土嚢と砂で盛られた弾止めすらぶち抜いて崩してしまうからだ。
外の裏の森に用意した射場でしか撃てない。それでも撃つ度に木を数本なぎ倒してしまう。
なぎ倒した木はサバトが回収してくれるので困りはしないが・・・
見た所、今日アリスは銃を持っていないようだ。持っていれば腰のチェーンに突っ込んでいる。

「さて、どれで遊びたいんだ? 選んでくれれば教えよう」

「えーっと・・・ たくさんあるわ!!」

「目的があるなら私がオススメを選ぼう」

「ルルねえさまとフェルにいさまがしたゲームをしたいのよ!!」

ゲーム? ・・・ああ、03/24の事か。ルルと射撃対決をした日だ。
アリスも腕を上げてはいるが・・・ 最近やっと狙い撃ちを覚えた程度だ。
フェアにやるには、アリスにハンデがだいぶ必要だろう。

「ああそうか、射撃対決だな。奥の銃庫も見てみな。
 君が見て丁度いいと思う銃を好きに持ってくると良い」

「わかったわ!!」

私は灰皿が置いてあるテーブルに腰掛け、一本レッドバックに着火して吸い込む。
そして腰からいつものM1911A1を取り出し、アリスに見せてテーブルに置く。

「こっちはこれを使うとしよう。ルルと勝負した銃だ」

「ギヒヒ!! 選んでくるわね!!」

「鍵のかかった棚から出したいなら呼んでくれ」

・・・一口、二口とタバコを吸い込み、煙を吐く。
おもむろに愛銃を手に取り、弾倉を抜いてスライドとハンマーの滑りをチェックする。
去年末から今年の初めにかけて、何度か銃が動作不良を起こしていた。
この頃夢をひと眠り分丸ごと使って整備していたお陰か、だいぶ不安の無い動きだ。
弾倉を入れ直し、銃を横倒してゆっくりとスライドを何度も引く。
弾の排莢不良が起きないかをチェックする。これも合格点だ。

「にいさまー!! これにするわー!!」

アリスが何か楽しそうに銃庫から叫んでいる。お気に入りを見つけたらしい。

「決まったか。よし、ではそれに合う弾を・・・」

弾倉に弾を戻しながら、そちらを見て次の言葉が飛んだ。
アリスが両脇に抱えていたのは背丈の倍もある銃が2挺だ。

「ギヒヒ!! ジャビーみたいよこの子たち!!」

・・・右手に抱えるはラインメタルMG34。
大戦中、ドイツ軍が使用した芸術品のような機関銃だ。重量12kg、全長1.2m。
一応持ち運んで撃つことはできるが、通常2名で運用する。これはまだ良い

問題は左手に抱えていたバケモノだ。GE製、XM214"マイクロガン"。
マイクロとは名ばかりの、航空機や装甲車に搭載する前提の
電動連装式ガトリングガン。銃本体だけでも相当な重量だが、
それ以上に弾薬ベルトや駆動用バッテリーを別途必要とし、
それらを含めた総重量は50kgを超える。

・・・いかにも、アリスらしいチョイスだ。

「・・・銃口が多い方は少々準備が面倒だ。他にも部品が要る。
 持ち出すのを手伝ってくれ、私では持ち上げられない」

「ギヒヒ!! わかったわ!!」

・・・15分程かけ、MG34への装填、XM214への諸々の接続を終わらせ、射撃準備が完了した。
普通の紙の的では勝敗すらわからない。今回は「何個のドラム缶を潰せるか」という勝負にした。
私が銃をセットしている間に、アリスはドラム缶を12個軽々と射撃場の奥に立てていた。
それぞれ250発、500発を数秒で吐き尽くす銃と私の7連発では勝負にならない。
MG34とXM214をアリスと私、交代で使う事にした。

最初はアリスがXM214で、私がMG34だ。
バイポッドを射場のレーンに立て、椅子を一脚引っ張ってきてそれに座り、射撃姿勢を取る。

「アリス、準備はいいか?」

「いいわよ!!」

アリスの方を見ると、三脚がついた銃を持ちあげて構えている。
・・・敵いそうもないが、勝負を始める事にした。

私が引き金を引く。ダラララララッ!! 小気味よく、力強い反動で重い弾丸が吐き出される。
ドラム缶の底を左から右に切り裂いていくような感覚で、一つ破壊できるかどうかの時だった。

ギュイィィィ・・・というモーター空転音が聞こえる。耳栓をすべきだったと、ここで後悔した。

グォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッ!!!!!!

聴覚を完全に失う程の轟音と爆炎が響き渡り、ドラム缶の周りにめちゃくちゃに弾丸が着弾する。
その弾道はすぐに安定し、最初のドラム缶がジュースのアルミ缶のように一瞬で弾け飛んだ。
私は一本目の底を切り取り、二つ目を狙おうとしているが、アリスは弾薬消費も考えず連射を続ける。

グォォォォォォォォォォォォォォォォ・・・!!!!!!!

銃声、というよりは咆哮、いやこの世の終わりのような音だ。
次から次へと、1つ、2つとドラム缶が弾け飛ぶ。
数十秒それが続いた頃だったか。突然音がしなくなった。
数秒して耳鳴りがし、やがてモーターの空転音が聞こえてくる。
焼けた鉄の匂いもする。500発を20秒程度で撃ち尽くす銃だ。
銃身が真っ赤に焼けている。

「にいさま、この子止まったわ!!」

「腹ペコになったらしい、君と同じく大食いなんだ」

「ギヒヒ!! 気が合うわねこの子!!」

私の銃にはまだ弾がある。アリスのスコアは3つだ。
ダラララララッ!! 20発程度撃っては一度射撃をやめ、銃身を冷やし狙いを直す。
それを繰り返し、どうにか3つ半のドラム缶に穴を開けられた。
ギリギリで私の勝ちだろうか、いや、気持ちでは完全に負けている。

「ギヒヒィ!! やっぱりにいさまの勝ちね!! 交代しましょ!!」

「ああ、所でアリスは耳栓いらないか? 入口にコルク栓がある」

「大丈夫よ!!」

そうだった。アリスのウサギ側の耳は敏感だが、同時に爆音も物ともしないのだった。
また10分程度かけて、アリスにも弾の補充を教えつつ750発の装填を行う。
今度は私がXM214だ。アリスは当然のように、MG34を立って構えている。
こんな銃を持って撃つなど不可能だ、当然私は三脚を使う。それでも反動が強い。

・・・そうして、最早勝負などどうでもいい、弾のバラ撒き合いが続いた。

アリスはとても満足していた。私と銃で勝負したのだと、ルルにも自慢するのだろう。
私もアリスと2時間も銃で遊べたのは楽しかったが・・・

射撃後、あまりの射場の惨状に、私はつい掃除屋のリギアに電話した。
床には3000発は空薬莢とベルトリンクが転がっていただろう。







2026/04/09 - 時計塔街北、フォー・スペード

比較的浅い階層から夢に入る。レム睡眠と微睡みの中間辺りだろうか。
場所を指定せず、夢に身を任せる。ネクロランドが見える。
月の位置からして20時頃。時計塔街北の道を城の方向へと歩いている

だが、今日はどうも勝手が違う。こちらの制御や意志を受け付けず視界が動いている。
目線がいつもより頭一つか二つ分低い。肌に感じる感覚が鈍い。そして、右目が殆ど見えない。
見えないというより、色を認識できない。体に重量感を感じる。
ジャラジャラと腰回りの金属が擦れて音を立てる。それが体に食い込んでいるのを感じる。
舌で歯列を撫でる。鋭いノコギリと鉄の味。恐ろしく甘いものが食いたい気分だ。

・・・アリスだ。今の私はアリスと"相互感覚交換"を行っている。
相互感覚交換とは、私がこの悪夢を長年見る中で時折発生する、
この奇妙な現象に付けた勝手な呼称だ。

現在私はアリスの意識の中にいて、アリスが感じる五感全ての感覚、感情を感じる事ができる。
しかしあくまでも体の操作はアリス自身が制御しているので、こちらから干渉する事はできない。
そしてこれを行っている間、アリスも私の感じる感覚や感情を共有している。
ルルとはよくこれを意図的に行う。戦闘中や距離的に意志疎通が難しい時にはとても役に立つ。
銃が扱えない者でも、意識から語り掛ければ手にした銃を撃つことができる。

話によれば、これは"悪夢の主"たる私にのみ可能な技らしい。
ルルならこの程度は造作もなくやりそうなものだが。

今回はどうやら、アリスは私が「中にいる」事に気づいていないようだ。
あえて語り掛けず、今日はアリスとしてのアリスの日常を楽しむとしよう。

「Eat you-Bite you-Humpty-Dumpty!! Like a Rolly-Polly Lollypop!!」
(噛みついてー食べちゃうわーハンプティ・ダンプティ!! ダンゴムシのキャンディみたいにね!!)

意味の分からない歌をザラついた少女の声で歌いながら、決して素足に優しくない石畳をスキップしていく。
私の足ならばすぐに擦り切れて血が出るだろうが、アリスの皮膚はそう脆弱ではない。
スタン、タタンと足踏みするたびに、バイオチタン製の膝が微細な金属音を立てている。
それは高い位置にある左耳からのみ聞こえてくる。
アリスの右耳は生前、それも死亡時に鼓膜を破っている為ほとんど聞こえない。
赤い目の視界の隅に誰かが映る。ウサギの耳が大きく持ち上がる。
見えないが何かを聞いている。金属部品を回す音。

「ハイラァ!! ヴィアねえさまー!!」

「ハウディ!! アリス!! 相変わらず絶好調じゃん?」

「ギヒヒ!!」

一目見た途端ヴィアレッタに挨拶を交わす。
アリスとヴィアレッタは2度会っただけのはずだ。
流石"一度会った住人は忘れない"だけある。
しかし"Howdy"とは。彼女も南部出身なだけはある。
どうやらアリスはヴィアレッタが癖でやる、
スパナの調節部を空転させる音で彼女だと認識したらしい。
こういう所は彼女の才能だ。誰よりも相手を見て、感覚で理解している。
お世辞にも賢そうではないが、私と出会って早20年。彼女は順応している。

ひとしきり手を振り終わると、また楽し気なスキップで歩き始める。
アリスは何処に向かうのだろうかと思った途端、突然腰を突き出し前のめりに立ち止まる。
止まった瞬間、体のあらゆる部分が反動で揺れる。私には無い奇妙な感覚だ。
胸、腿、腹・・・ こんなにも波打つように反動が来るものか?
腰のチェーンやそれに吊るした金属製のエッグバスケットはかなりの重量がある。
私ならば反動で持って行かれるが、アリスの安定感ある体格にとってはそよ風程の揺れもない。
何かを思い出しているようだ。2m程のクッキー、浮かぶランプシェード、トランプの絵柄・・・
訳の分からない回想が彼女の脳裏に流れているのがわかる。「FOUR SPADE」の文字が浮かぶ。
そして道を引き返す。左手にある建物へ入る。ウエスタンドアを両手で開きながら入る。
フォー・スペード。ネクロランドの隠れ酒場だ。各々が好き勝手にあらゆる物を持ち込み飲み明ける、
バーカウンターがあるだけの酒場とも言えない場所だ。
開けるや否や見える方の目に飛び込んできたのは、椅子に腰かけてもだいぶ大きい、
赤いハットとジャケットが目立つ黒髪の女性だ。

「ヤッホー!! ヴェルガねえさま!!」

「あら、アリスちゃん!! 会えてよかったわ!!」

立ち上がり杖をつき、深々とお辞儀。華麗な挨拶。容姿端麗、見惚れる。
アリスもスカートをつまみ上げてカーテシーの挨拶。
そして、熱烈なハグ。85kgのアリスと余裕で90kgはある彼女の凄まじい重量のぶつかり合いだ。
彼女はヴェルガ。様々な世界線の悪夢を渡り歩く、本物のナイトメアであり悪魔。
凄まじい悪魔の力でルルとひと悶着起こした後、何故か和解してこの国に出入りするようになった。
しかし、ヴェルガとアリスの接点は「ヴェルガの大道芸が好き」な事以外にないはずだ。
ここまで親しい理由を私は知らない。

ヴェルガは出先の悪夢で大道芸、パフォーマンスを行い見た者の心を覗く。
そしてそれに対し"嘲笑"や"疑念"の感情を見せた者の邪悪な魂を食う。
100%のデビルだ。しかしアリスは純粋故に心から彼女のパフォーマンスを楽しんだ。
それがヴェルガにとっては、とても嬉しいものだったらしい。

彼女が座っていた席にアリスを招く。アリスはそこにちょこんと座る。
ヴェルガはネクロランド産のウイスキー、ライフヴィアルを飲んでいる。
飲みっぷりは私と大差ない。一体何の密約なのか。何かありそうだ。

「ねえさまに頼まれてた事、ちゃんとできたわ!! 見て!!」

そう言うとアリスは、腰にチェーンで下げた鉄のバスケットから何かを取り出してテーブルに置いた。
それは、人間の耳と指、そして鼻だった。何れも力任せに引き千切られ、それから2日は経っている。
それを見たヴェルガは嬉しそうに小さく拍手して、拾い上げて眺める。

「・・・間違いないわ、この指輪はアイツだし、こっちのピアスもね」

「ギヒヒ!! クッキーカッターならまかせて!!」

「頼りになるわアリスちゃん、こいつらね、悪魔ハンターってヤツだったのよ」

「悪魔ハンター? もしかして、良くないクッキーだったのね?」

「そうよ。ちょっと前ね、私が別の悪夢で仕事してた時よ。私がジャグリングを見せてる時、
 金の十字の指輪、銀のピアス、そしてこの鼻にトゲのピアスの人間が見てたのよ」

「ヴェルガねえさまのすごい技よね!?」

「あっははは、それ程でも!! でも嬉しいわ。
 で、そいつらがいきなり銃だの剣だの出してきて叫んだのよ。
 "悪しき悪魔め!! 神の名において罰してくれる!!"って」

「ねえさまなら、パクっとできない? 私と同じ歯をしてるわ!!」

「それがね、私の力は"つまんない"と思った相手にしか使えないのよ。
 あいつら"殺してやる"って燃え滾ってたから、私のショーなんか眼中になかったのね」

「なんで!? もったいないわ!!」

「ふふふふふふ、一挙一動嬉しい娘ねホント。だから私はショーも早々に退散するしかなかったってわけ。
 だからアリスちゃんに頼んだのよ、この"クッキー"達はとにかくしつこいから、食べてくれる娘を探してたってワケ」

「ちゃんと頭から食べて来たわ!! おいしかったわよ!! でもこれしか残らなかったの、ごめんね!!」

「いいのよ、アリスちゃんが食べてくれるだけで、食べた証拠が欲しかったのよ私は。
 現世のキャラメルを知ってるかしら? オマケが付いてるでしょ? 私はそれが欲しかったのよ」

・・・成る程、ヴェルガがアリスに、特定の人類の抹殺を依頼していたようだ。
話から察するに、カウンター能力しか持たないヴェルガにとって相当に都合の悪い
相手だったようだ。ネクロランドでは、自身で太刀打ちできないハンターの始末を
他の住人に依頼するのは日常茶飯事だ。当然私もよく依頼を受けている。
人間相手、特に銃使いなら私に適当な酒か銃に纏わる品物で依頼するのが
この国の定石と化している。射程の外から.45口径をズドン。それで上がりだ。
最も成功率の高いルルには誰も及ばないのだが、ルルとヴェルガは初遭遇でやり合っている。
私は隠密では殺せない。となればバランスがいいのは、必然的にアリスになる。

「で、アリスちゃんに約束のお代よ。気に入るかどうかわからないけど・・・」

ヴェルガは被っていたボーラーハットを脱ぐ。赤い対のツノが見える。
これは知らなかった。確かに彼女は本物の悪魔らしい。
そしてステッキでハットを軽く叩くと、中から昭和の香りがする箱がひとつ現れた。

「ギヒャッ!! すごいわ!! 帽子に入ってたの!?」

目を輝かせて驚くアリス。ヴェルガは恍惚めいた表情をしている。
余程このマジックに喜ぶ純粋な少女が嬉しいようだ。
ヴェルガはただ、このマジックや芸を見せて喜ぶ子供が好きなだけの悪魔らしい。
それに疑念や嘲笑を抱く相手を呪う能力は、予想ゆり単純な動機かもしれない。

「まだあるわよ!! ほら!!」

2つ目、そして3つ目の箱が帽子から現れる。その度アリスは手を叩いて大喜びする。
帽子の中が気になるアリスに、ヴェルガは帽子を躊躇なく渡す。
中を覗き込み、触れるがそれは単なる牛革の、極めて作りのいい帽子に過ぎない。
当然だ、ヴェルガは本物のナイトメア、悪魔だ。こんな魔法、造作もない。
本当にタネも仕掛けもないのだ。
アリスから拍手喝采を貰って、満足気なヴェルガ。

「さあさ、開けてみて!! 噂に聞いただけなんだけど、アリスちゃんはこれを食べるって・・・」

アリスが包み紙を彼女なりに慎重に開ける。原型すら留めないのだが。かろうじて形が残る箱を開く。
それの中身は・・・ 安物の腕時計と懐中時計の詰め合わせだ。
破られた包み紙には、「贈答品時計詰合せ \2560」の古びた値札。
平成初期の日本の土産屋からの品だ。ヴェルガはそんな悪夢にも出入りしていたか。

「ギヒィ・・・ギヒヒ!! ギヒャヒャヒャヒャーッ!!」

アリスの脳内は既に砂糖とチョコレートの味わいのイメージ、ドロドロの造花の花畑だ。
ボタボタとバイオチタンのノコギリ歯から涎を垂らしている。椅子の上に膝立ちだ。
ヴェルガが若干身を引いている。

「あ・・・ 良いように使ってくれていいわよ? みんな揶揄で言ったのかも知れな・・・」

言いかけた瞬間、アリスは腕時計3個を掴んでそれを一気にその口に押し込んだ。
バリバリと音を立て、ガラス板を砕き、それを舌で舐めずる。
文字盤の針が舌に触れる。安物の亜鉛とメッキが歯で磨り潰されていく。
電池が軽く破裂し、中の酸化銀が漏れ出す。とても生物に耐えれる味ではない・・・

はずなのだが、アリスには違う。ガラスはキャンディの砂糖のように甘く、
文字盤は薄いチョコの味、メッキは糖衣コーティングの味。
そして電池はクリーミーなホワイトチョコのような味わいに感じた。

噛み続ける合皮のベルトは、表現に難しい。
クリスマスケーキに乗る、メリークリスマスの食用文字のデコレーション。
妙な弾力があるチョコのようなグミのような、そんな食感だった。

これ以上ないという、満面の笑みで咀嚼を終え飲み込む。
胃の中から明らかに発泡音がする。
ヴォルフガング曰く「王水に近い」とまで言われた胃液で完璧に消化されている。
それを眺める悪魔のヴェルガは、暫く唖然としてから、安心したように笑い始めた。

「ふふっ、良かった!! お口に合って!!」

「ギヒヒヒヒ!! これ全部いいの!?」

「もちろん、一人につき一箱よ、全部アリスちゃんのものだから」

「ギヒヒ!! ギヒャヒャヒャァァ!! ありがと!! ヴェルガねえさま!!」

もう一つの箱の値札は980円、中身をまた開く。
中身は芳香剤、香水、瓶入りの小物。

次の箱の値札は1160円。中身は腕時計、額のような小物、消臭スプレー。

アリスとヴェルガは、訳の分からない話で盛り上がりながら、
随分楽しそうにその夜を明かしていた。
あの土産物の山は、アリスの巣穴の中にまた積み上がるのだろう。







2026/03/24 - ルシッドヴァイン城、地下1F武器庫兼地下射撃場

無節操な夢を見た。その夢の中で銃を撃てそうで撃てなかったので、
心残りを潰す為に操作できる夢へ入る。

ルシッドヴァインの地下射撃場を思い描き、夢のゲートを開きそこへ出現する。
自身が自身である事を確認し、想像の手綱を放し夢に制御を渡す。
懐から出したタバコを咥え、着火して吸いながら奥の武器庫へと入る。
先ほどの夢で撃つ機会を逃した.44オートマグと、その適合弾.44AMPを一箱。
2つ隣のガンラックからコルト・パイソン8インチカスタムと、.357MAGを一箱。
それらを抱え、射撃レーンに向かう。奥から2つ目のレーンテーブルに抱えたものを広げる。
一発ずつ.44AMPをオートマグの古臭い弾倉へと込め、軽く叩いて装填。
重いボルトを引き初弾を込め、人型ターゲットに向けトリガーを絞る。

ドゴォォン!!

・・・これだ。銃というよりは砲のような迫力。凄まじい反動が伝わって来る。
着弾は25mで相手の左肩付近。2発目はもっとよく狙う。発射、標的の首に穴が開く。
キルショットだ。しかし撃つとなれば綺麗に眉間の間を撃ちぬきたいものだ。
3発、5発、7発目でボルトが下がり切り、弾切れを知らせる。

続いてパイソン357、8inカスタムを手に取る。
シリンダーを開け357MAGを一発ずつ詰めていく。
空転させ、フレームに収める。ハンマーを起こし、トリガーを絞る。

ズダアァン!!

先ほどよりは軽く、撃ちやすいが強力な一撃。ターゲットの右頭部に穴を刻む。
そのまま胴体に狙いを移し、撃ち続ける。9点、10点、10X。
バランスの良い銃だ。滅多な事では外れない。
そのままオートマグを3マグ、パイソンを18発程撃ち、
的を交換し、パイソンをもう3発程撃った時だった。

ダァン!!

・・・左隣のレーンから、軽い銃声が響いた。それと同時に、新品の的の左目辺りに風穴が空いた。
キィン。小型の薬莢がレーンの仕切りに当る音がする。レーンの内側から覗く。
左手で構えられた、銀の.32口径拳銃。私が贈ったテンペスタ.32を握る真っ白な腕。
隣にいるのはルルだ。いつの間に来たのか、完全に気配を消した彼女には誰も気づけない。

対抗し、的の右目に狙いを定め撃つ。弾は想定通りの場所に穴を開けた。
ひと呼吸置き、隣からの銃声と同時に的の右耳に穴が開く。私は左を狙い、そこに弾を当てる。
ルルのターンだ。また一拍置き、銃声がする。
穴は・・・ 頭部のシルエットの左上の白紙部分に当った。
そこでパイソンに残る最後の一発を、的の眉間の真ん中に撃ち込んだ。

チェックメイト。この勝負は私の勝ちだ。

左手で銃の中央を握り、シリンダーを振り出し右手でエジェクターを叩く。
6発の空薬莢が美しい音色を奏でて転がる。
自身のレーンから下がりながら、ルルのいるレーンを見る。
そこには若干眉間にシワを寄せ、不服そうなルルがいた。

「・・・昔よりだいぶ上手くなったな」

「にゃあーあ、射撃でもご主人様を負かすつもりだったのですが」

「刃物と爪では勝てないが、火薬と鉛弾じゃあまだ負けんさ」

「にゃあにゃあ、もう1ゲームやりましょうよ」

「ああ、今度はもっとフェアにだ」

パイソンを後ろのテーブルに置く。
ルルの立つレーンに入る。目の前にはまだ新品の的がある。
彼女は手品のように銀のコインを一枚指の間から出現させ、
それを器用に手の甲で転がしてから中指で弾き、空中でそれを掠め取る。

「Your Choose.(選んでください)」

「Tails.(裏だ)」

ルルが手を開くと、予想通り裏側のコインが出て来た。
彼女はふざけた調子で大袈裟にレーンをお辞儀して示す。

「レディファーストです」

「有難いな」

レーンに立ち、おもむろに腰の愛銃、M1911A1に手をかける。
抜き、セフティを外し、素早く構えて撃ち込む。

ダァン!!

25m先の人型の的、胴体10点圏の少し左側に着弾した。
セフティをかけ、くるりと銃を半回転させホルスターに収める。
何も言わず、ルルに目配せして肩をすくめる。
ルルは眼を細め2回頷くと、彼女の愛銃に新しい弾倉を込める。
8+1で9発になる。どうやら私が7発撃ち終わるより長くやるつもりのようだ。
左手で構え、右手を銃の底部に添える。時代遅れの構え方だ。

ダァン!!

銃弾は私が開けた所のほんの少し上に着弾した。同じく10点。
彼女も銃をスピンさせ、コルセットに収める。
目を細め両手をぴらぴらさせて挑発している。また交代する。

前後逆に収めた銃を左手で逆手抜きし、そのまま片手で撃つ。
左下に逸れたが、中心のすぐ隣だ。20点。ホルスターに収め、再び交代。

ルルが射場に立つ。今度は彼女が右抜きだ。右片手で構え、撃つ。

ダァン!!

ギリギリ10点圏だ。まだ互角。またスピンさせて得意げに銃を収める。
首を傾げながら目を細めて横を通り過ぎる。
下らない楽しい時間だ。しかし手加減すれば彼女の眉間にシワが寄るだろう。
レーンに歩み出て、ゆっくりと両手で構えセフティを外す。
短く息をして、肺の空気を全て吐き出し、2秒。

ダァン!!

・・・銃弾は中心のバツ印に吸い込まれた。10X。
10点の上、ブラックジャックで言えばエースを加えた21だ。
開けた穴に重なるように当てなければルルの負けになる。
セフティをかけて腰に銃を戻す。振り返り彼女を見ると・・・
とても楽しそうだ。何度も頷いて目を細めている。

交代し彼女にレーンを譲る。左手で抜き、右手に持ちかえて構え、
右手首を左手で強く握る。あれは絶対に当てたい時の構え方だ。
鍵尻尾が恐ろしく逆立っている。恐らく左目は思い切り瞑っている。

ダァン!!

・・・驚いた。ワンホール、私の開けた所にジャストで重なるように当てた。
ここまで上手くなるには、相当な練習が必要なはずだ。
私のいない間にここで何千発撃ち込んでいたのだろうか。

軽く息を吐いて、こちらを見た彼女は凄まじいまでのしたり顔。
銃を懐に戻しながら、嘲るような顔で横を通り過ぎる。

「長い勝負になりそうですにゃあ?」

「ああ、良い腕だ」

・・・

その後、勝負はお互い一歩も譲らないまま私の7発目を迎える。
既に的の胴体は視認が難しい程穴だらけだ。
ここで狙いを頭部に移そう。射場に立ち、サイトの上に的の頭部を乗せるように狙う。

ダァン!!

・・・弾は完璧に的の鼻柱辺りに吸い込まれた。
10Xだ。スライドが後退して止まり、弾切れを知らせる。
2回ほどスピンさせ、スライドを戻す。

「リロードした方がいいですよ」

「どうかな」

自信ありげなルルがレーンに立つ。
右手で構え、左手首を強く握る。
若干前傾姿勢になっている。余程当てたいのだろう。

ダァン!!

・・・銃弾は、中心から僅かに左下辺りにズレた。
10点ではあるが、中心ボーナスが無いのでこれで勝負は決した。
2回戦も辛うじて私の勝ちだった。
ルルは大袈裟にため息をつき、銃の弾倉を抜きスライドから弾を抜く。

「にゃあーあ、銃の調子でしたかにゃあ」

「ジャムらなければそれでいい」

「全く、銃だけはまだ一歩及ばないですね」

「ああ、一歩だけだ。それにその銃は精密射撃に向かない。
 そいつでここまでやれるなら、言う事はないさ」

タバコを着火して待っていると、ルルが懐から自身のタバコを取り出す。
シガーキスで着火し、二人並んで射撃場を後にした。








2026/03/18 - ルシッドヴァイン城、城前山道

城の自室で悪夢に入り、タバコを片手にロビーホールから城門前を歩く。
霧で白飛びしたようなネクロランドの晴天、昼間。
程よく湿気を含んだ空気は心地よく、寒さも暑さもない。
現世なら杉花粉の時期だが、ネクロランドに杉は自生していない。
私は木には詳しくないが、ロゼッタが言うにはブナやオーク、パインツリーの類が多いらしい。

城門前の噴水に腰掛け、一服を終わらせると、山道の方から楽し気な声と車輪の音がする。
恐らく何か車輪の付いた台車の類を押しているようだが、
レイダー姉妹は昨日橋を超えてガラクタ拾いに出発したばかりだ。
戻って来るには早すぎる。

気になったので山道を少し下るとする。ギリギリ車が通れはするが、かなりの傾斜がある。
2分程歩いた所で、アリスの声がハッキリと聞こえて来た。姿が見える。
アリスは車椅子を押している。車椅子に乗っているのは・・・
つい最近、ネクロランドの住人となったカロライン・パンドラだ。
トラップボックスの異名を持つ、自身を囮にして人間を狩る罠師。
現在はゲート付近、シャトラとキャスリの霊廟から
少し時計塔街側に歩いた所にある廃屋を改装し、そこに住んでいる。
彼女は全肢が義手義足で、自ら動く事は殆どできない。
本人も外気や日光に当たるのを嫌い、余計な体力を使いたがらない。
そのはずなのだが。興味深い。

「ハイラァ、パンドラ。そしてアリス」

「にいさま!! ハイラァ!!」

「あらまぁ、領主様じゃないの。ハイラァ、が挨拶だったかしら?」

「何でもいいさ。ノリだ」

「ふふ、やっぱり此処はそういう国だって事は間違いないようね」

「ああ、誰しもが大して考えていない。元々"Hi There"の訛りだ」

カロラインは球体関節の手足をいつもの余裕たっぷりに頬杖をついたポーズにして座っていて、
義眼ではない方の右目だけで瞬きをする。
義眼の左目の瞬きは毒針の発射機能のトリガーになっている故だ。

「所で、城のランチメニューがお目当てか?」

「ふふん、そういうのもあるのね。良い事を聞いたわ」

「ギヒヒ!! パンドラねえさまに呼ばれたのよ!!」

カロラインは少し笑みを薄めて、ちらりとアリスの無邪気な顔を見やる。
自らを「Killer Doll(殺人人形)」と呼ぶカロラインは終始無表情のはずだ。
その彼女が、少し笑っている。

「・・・たまには森林浴も悪くなさそうと、気紛れに思っただけよ。
 どうやらこの三月ウサギさんは、私の事連れ歩きたいみたいだし」

「ギヒヒ!! 同じウサギよ!! 新しいウサギのねえさまができたわ!!」

ポーカーフェイスを崩すほどにとても楽しんでいるらしい。
無理もないだろう。カロラインは少なくとも20年、あのトラップ屋敷の中に鎮座していた。
窓の一つも無い、外界の見えぬ、錆と腐臭のする屋敷で。
迷い込んだ人間を罠にかけ、殺して食って過ごしていた。

彼女がルルとの対決に負けネクロランドに来た時、昼間は明るすぎると
日が落ちてからルルの車で移動していた。暫くはルシッドヴァインの部屋をひとつ貸していて、
歓迎のパーティーも開いたが、どうやら彼女は一人でいる方を好むタイプだ。
というより、あまりに狙う者が多すぎて、そして彼女自身の障害もあり、
四方が罠で防御された窓のない部屋以外では落ち着けないという様子だった。

それもあり、ここへ来た時に約束した「特大の高級椅子」、
「ネクロランドゲート付近に666の罠を持つ彼女の屋敷」の施工を急いだ。
ネクロランドでも指折数える建築家であり木工細工を得意とするサバト、
彼女の為の罠や電動武装車椅子を開発できるエゼキエル、
そして内装デザインと時計やシャンデリアの為に西の森からわざわざデュラムが駆け付け、
2週間ほどで彼女の新居が完成した所だった。まだ罠は82個しか無いらしいが。

彼女はそこから動かないと言っていたが、ひとつ思い当たる事がある。
こちらから口に出す前に、カロラインから口を開いた。

「所で、今日も泡立てウサギさんはいる?
 3本指を立てて振る娘よ。妙な訛りの・・・」

「ああ、ガロッタはキッチンから動かない」

「・・・メニューは日替わり?」

「いや、頼めば何でも作るさ。彼女は料理が趣味であり生き甲斐だ」

「歓迎会のトマトパスタ、あるかしら?」

「あれは確実だ。パスタは毎日茹でているらしいからな」

「ふふ、来た甲斐もありそうね?」

やはりか。何十年も殺した人間の腐りかけの肉しか食っていなかった。
そんな折にいきなり、この国最高のシェフの手料理を食えばこうもなる。
カロラインの耳は作り物だが、また危険なウサギの群れができた。

「城門はいつでも開いている。好きに見て回ると良い。
 3階の映写室は楽しいぞ、400本は映画がある」

「後で見に良くわ。それより、この城の後ろに興味があるの」

「後ろ・・・ 湖か?」

「そうなるわね」

「ギヒヒ!! にいさまも行きましょ!!」

言われるがままに、3匹の化物が城門左手沿いの外周を進む。
そういえばカロラインの座る車椅子は通常の、現世のものだ。
あのエゼックの仕事が遅れるなどありえない。カロラインに会い、
車椅子の仕様を一言話しただけで設計図をその場で描き始めた程だ。
なのに、何故だ?

「・・・パンドラ、エゼックに注文した車椅子は受け取ったか?」

「ええ。あのネズミさん、家ができた次の日にはもう届けてくれたわ。
 私以上の機械仕掛けよ。杭打ち銃と機関銃をひじ掛けに仕込んでたわね。
 でも私、注文つけてたのよ。室内用、小回りと軽さを重視してねって」

「ああ、目に浮かぶ。エゼックの最初の設計は・・・」

「ふふ、彼、普段からああなのね? 察しの通りよ。キャタピラに40馬力エンジン、
 武器はガトリングガンと電気加速銃、それとミサイル砲に火炎放射器だってね。
 折角のお屋敷を壊す武器ばっかりじゃない。それに重量140kgじゃ、
 倒した時私じゃ起こせないわ。重くても20kgにしなさいって言ったの」

思わず笑いが出る。いかにもあいつらしい。

「それで室内用の軽量バッテリー式になって、ここまでは辿り着けない訳か」

「そんなところ。15kgで作ってくれたわ。この下の街まではいけるらしいわね」

「流石あいつだな。態度に難はあれど、この国一番のメカニックだよ」

暫く談笑しながら、城の裏手についた。少し森をかき分けて進めば、
絶好のピクニックスポットの広い湖畔が見える。常に霧がかかり、
遠くには滝も見える。仄かな淡水の香りと森の木々の香りが混ざる。
ほんの少し肌寒く、いつ来ても気分が爽快になる。

カロラインは、頬杖の姿勢のまま、ずっと無言でそれを眺めていた。
そして、ぽつりと呟いた。

「・・・絵葉書の外にも、本当にあったのね」

そういえば、彼女と遭遇した屋敷の壁には何枚も色あせた絵葉書が貼られていた。
世界各地の自然や観光名所の写真の絵葉書だった。
最初は戦利品だとばかり思っていたが、彼女はどこかで求めていたのだろう。
外の世界を。

「パンドラねえさま、海って見た事ある?」

「海ねぇ・・・ ある事を知るだけよ」

「ギヒヒ!! 今度行きましょ!! ルルねえさまも一緒で!!」

「・・・ふふ、悪くないわね」

良い天気だ。少し離れた場所で一服していた私は、ふと一計を思いつく。

「たまにはピクニックと行くか。そろそろ昼時だ。
 ガロッタにオーダーを入れてこよう」

「にいさま!! 手伝うわ!! パンドラねえさま、デザートと飲み物何にする?」

「アールグレイ、あとマカロン」

「ギヒヒ!! すぐ戻るわね!!」

「ゆっくりでいいわよ。この光景、何時間でも飽きそうにないわ」

その後、3匹でピクニックのはずが、ガロッタは移動キッチンを湖畔に持ってきた。
城中挙げての湖畔ピクニック大会になってしまったのは言うまでもない。



















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