FORGOTTEN NIGHTMARE
Forgotten Nightmare
2024/01/05
"Inferno for Zealots"
NORMAL MODE
濃い霧と濃紺の空の隙間に、嫌に明るい半月が隠れ見える。
ネクロランド西南、森の隙間の海岸線から伸びる獣道。
それを超えた先に、粗雑な作りの小屋が立ち並ぶ村がある。
・・・正確には「村が出現した」。
このような場所は今の今まで誰にも把握されていなかった。
村の中央には集会場のような、巨大な真四角の粗雑な建物が一つ。
その中には無数の濃い茶色をした麻のローブを被った影が、同じ方向を向いている。
低い声で唸るような、大声で呟くような、声を揃えて何かの呪文を唱えている。
それが粗雑な集会場に耳を劈くほどに反響し、焚かれた炎に照らされた無数の影は化物よりもおぞましい。
「・・・よくもまあ、私の庭に忍び込み、こんな巣を拵えたものだ」
古風な真鍮の双眼鏡を下ろしながら、赤い目は眉間にしわを寄せながら吐き捨てた。
フェリエッタ・バリストフィリア。この悪夢の主でありナイトメア。通称フェル。
横から白い手が伸びて、フェルの手から双眼鏡を取ると深海のような瞳を双眼鏡が隠す。
「害獣がのさばる程に庭の手入れを怠ってたんですよ、ご主人様」
新雪よりも白い肌に白銀の長髪、獣の耳に尾。囁くような甘い掠れ声。
ルル・ホワイトハート。河のような血を望む美しき肉食獣。全ての起点。
「ねえさまねえさま!! 私にも見せて!! 見せて!!」
その脇から小さな茶と金色の髪、ウサギの片耳が覗く。
アリス"The Hare(野兎)"。生物兵器の失敗作。ワンダーランドの迷い子。
ルルはアリスに双眼鏡を渡し、手摺へとアリスを持ち上げる。
アリスは手摺に両肘を乗せ、足をぶらつかせながら楽しそうに光景を見る。
3匹の化物は、邪悪な狂信者達が儀式を執り行う集会場の最後部、
天井縁に設けられた、丸太を組んだキャットウォークからそれを見下ろしていた。
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・・・事の起こりは夕刻の事だった。
4時間前。紫がかった空に紺が混じり始める。
フェリエッタは根城であるルシッドヴァイン城、12階東棟最奥の自室のベッドで眠っていた。
窓越しに見えるベッドへと、空からバサバサと喧しい羽音と若い女の声が響く。
「フェル!! フェル!! 起きな!! オレだよ!!」
フェリエッタは片目を開け、ボサボサの寝癖の長髪を掻きむしる。
空の色と月の位置から、今が16時台である事を悟る。
窓を開け放つと、黒い羽根を散らしながら巨大な鳥の姿が窓越しのベランダに降り立った。
黒革のライダースジャケット、スタッズ付きベルト、炎のような髑髏のワッペン鞄。
腕は羽根と一体化して掌は無く、脚は根元が太く先の鋭い鳥の足そのもの。
右目の下に黒い炎のような刺青と顔中にピアス。髪は真っ黒な短髪。
「・・・ああ、ヴェンタか。お早う。この時間に来たって事は、何か届け物か?」
ヴェンタ・ヘイトフル。ネクロランドで一番の配達屋。
ありとあらゆる品物を国中に速達で届けて回る。
そのスピードは、最も遠い距離である北東のルシッドヴァイン城から、
西南沖にある海底都市へ通じる古灯台まで2時間で届ける凄腕だ。
彼女の見た目や振る舞いはカラスそのものだが、その正体はカラスに憧れるハトである。
ネクロランドに迷い込み、同じようなカラスの化物であるレイヴェルに会ったのがそのきっかけらしい。
白い羽根も、元々は巻き毛の髪も真っ黒に染めて逆立てている。
「ああ、今回はこいつだよ!! 情報だ、とりあえず見てくれ!!」
ヴェンタは相当に年季の入った黒の革鞄から、スケッチブックを取り出した。
染みとシワだらけのそのページには、鉛筆で走り書きされた森の中の村、
そして巨大なタンカー船が描かれていた。
左下には"ネクロランド西南黒緑の森、海岸から3km"の文字がある。
・・・こんな所に居住区は存在しないはずだ。フェルが真剣な顔をする。
「・・・見つけたのは何時だ?」
「今朝の配達だぜ、灯台受取の防水荷物を人魚共に頼まれてたんだよ。
そいつをぶら下げて飛んでったら、煙の臭いがしてな。
山でも焼けたかと低く飛んだら、見たこともネェ村が出来てやがったんだよ!!」
ヴェンタは不機嫌を装って不安を隠しながら、鳥脚の爪で頭を掻く。
「村の規模は?」
「10人が余裕で暮らせそうな木造りの小屋が20棟、その真ん中にひときわデケぇ建物が1つあった」
「200はいてもおかしくない、か・・・ 他の住人はこの事を知っているか?」
「いやな、こういうのはお前に一番に話す方がいいと思ってよ、だけどその森に出かけた女3人が、
一昨日の晩から戻ってきてねえってのを中央街西区のカフェで聞いたぜ」
「何かあるな。ありがとうヴェンタ、すぐに現地視察に出る。情報代は何が欲しい?」
「ありが・・・いや・・・この情報は高ぇぜ!! んーそうだな・・・
ああ、新しいミックステープが欲しいな!! オレが気に入ってるロックンローラーの曲のだ!!」
「Deal.エゼックに取り合って調達する」
「サンキューな!! ・・・ああ、フェル、気ィ付けていけよ、あの村・・・嫌に気味悪い気配がしたんだよ」
思い出すのも心地が悪いというように、ヴェンタを両翼で抱え込むような仕草を見せた。
強がってはいるが、相当に不安らしい。彼女はネクロランドを深く愛している。
「勿論だ。十分な戦力を連れていく。何かあれば、あの村を消し飛ばす程度の。
・・・それと、出来れば今夜一晩空に注意を払ってくれ。」
「ああ、赤の信号弾だろ? 今日は時計台の上でそっちを見てるぜ。寝てても飛び起きるさ!!」
ヴェンタはベランダから飛び去る。フェリエッタは、部屋の椅子に無造作にかけられた
いつものドレスを乱雑に着ると、今まで寝ていたベッドの枕の下から愛銃のM1911A1、
ロングスライドカスタムを取り出し、チャキリと音を立て初弾を装填した。
・・・妻と娘を連れ、夜のドライブに出かけるとしよう。
思い出作りに、今夜は花火で遊ぼうか。
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"Rah-Dah-da... Rah-Arh-da..."
意味も、何語かもわからない呪いのような祝詞が響き続ける。
壇上に、一人だけ赤の紋様入りの白のローブを着た男が幕を割って現れる。
「兄弟姉妹たちよ、今こそ我らが神の命を果たす時!!
この哀れなる亡者に祝福と転生を!!」
両手を広げてそう高らかに声を張り上げると、
祭場を埋め尽くす茶のローブの群れから割れんばかりの歓声が上がる。
続けて壇上に現れたのは、茶のローブ二人に後ろ手を縛られ引かれる少女だった。
「・・・っちょ!! また殺す気!? 私らが何したって言うのよ!!」
ネクロランドの屍娘だった。成すすべもなく祭壇の断頭台へと引っ立てられていく。
祭壇の上にはおびただしい数の裸蝋燭に囲まれた屍娘の首が、既に2つ。
引かれた屍娘は祭壇に設けられた断頭台に乱暴にうつ伏せに投げられる。
白いローブの男は、巨大な鉈のような大剣を手に取り、
祝詞を唱えながら祭壇の後ろ、盆の上の液体にその刀身を浸し、天高くそれを掲げる。
「今!! また一つの魂が救済される!!」
祭場を埋め尽くす茶のローブ達は一斉に歓声を上げる。
それを見たルルは、うんざりしたような顔でフェリエッタを制するように手摺に体を隠す。
ルルは擬態の準備として特徴的なコルセットと首輪を外そうとする。
「あー、ご主人様・・・ まず私が迷い込んだ村娘を演じて下に紛れ込みますにゃ。
奴らは混乱して一時処刑を取り止めるでしょうから、その隙に後ろからあの娘を・・・」
ルルがフェルをちらりと見ようと目線を向けた時、そこにフェルの姿はもうなかった。
フェリエッタはゆらりゆらりと手摺から身を乗り出すと、胸を裂かれたようなデザインのコルセットから
彼の愛銃、7インチロングバレルの彫刻入りM1911A1を引き抜き。ルルが制する声を上げる間もなく。
ズダアァァン!!!
ビシャアァッ!!!
耳鳴りを起こすような銃声が反響し、集会場に鳴り響いた。
同時に壇上の白ローブの男の額に拳程の大穴が空き、後頭部が粉々に弾け脳漿が壇上に花弁のように舞い散った。
祝詞が驚愕で水を打ったように静まり、ローブの影たちが一斉に後ろを振り向く。
その先にいたのは、悪魔の形相で煙が銃口から立ち上る拳銃を右片手で眼下に向けるフェリエッタだった。
50メートル程の距離から、怒り任せの片手射撃を一撃。
アリスはそれを見て、ギヒヒと笑いながら小さく跳ねて拍手をする。
ルルは音が鳴る勢いで額に手を当てながら、心底呆れたように溜息を吐き座り込んだ。
「教祖様!! 教祖様ァァ!!」
「き・・・貴様は何者だ!! 名を名乗れ、背教者め!!」
ローブの狂信者達が口々に指を差してがなり立てる。
それに応えるように、フェリエッタは手摺の上に仁王立ちし。
「I am Your NIGHTMARE.(私は貴様らの悪夢だ)」
そう言い放つと、もう一挺同じ拵えの拳銃を左手で引き抜き。
眼下に目につくローブ達を無差別に二挺拳銃で撃ち始めた。
ルルはその口上を聞いて瞳孔を糸のように細める。
「ご主人様!! こいつらはその悪魔を潰しに来てるんですよ!! 自ら後手のキングを名乗って一体何を!?」
ダァン!! ダンダンダンダァン!!! ズダダァァン!!
ビシャアッ!! ズシャッ!! グシャアァッ!!
激しい銃声にルルの声はかき消される。
感情が消えたように目を細め眉間にシワを寄せたフェリエッタの顔が、銃火の閃光に何度も照らされる。
その度にローブの狂信者が一人二人と血や脳漿を撒き散らして折り重なるように倒れていく。
狂信者達は既に斃れたローブの死骸を掴み肉盾にし、そして叫び始める。
「奴こそが!! 奴こそが悪魔!! 死者の安住を奪いし者だ!!」
「教祖様の無念を無駄にするな!! 武器を取れ!! 奴を討ち破れ!!」
そう口々に叫びつつ、ローブの下から草刈り鎌や肉切り包丁、そして回転式拳銃や散弾銃を取り出した。
ダァン!! ドバァァァン!! ダァン!! ダァン!!
ダンダンダンダァァン!!!
フェリエッタは下から撃たれるのもお構いなしに微動だにせず手摺の上で真下へと乱射を続ける。
カチッ、カチリ。両手の銃のスライドが下がりきり弾切れを知らせる。
そうして初めて手摺の内側へ飛び降り、キャットウォークへと身を隠した。
着地して顔を上げたフェリエッタの前に、この世のものとは思えない程に眉間にしわを寄せ、口をきつく締めたルルの顔があった。
その形相は毛のない品種の猫、スフィンクスを彷彿とさせるもので、思わずフェリエッタは小さく笑う。
「このご主人様・・・ まあまあまあまたやると思いましたよ!! 全く作戦なんかあったものじゃありませんにゃ!!!
完璧ですよええ!! 案の定奴ら銃で武装してましたよ!!! どうするんですかこの数の人間共を!!!」
「どうって・・・ 全部撃っちまえばいいだけだろ!?」
「にゃあにゃあにゃあまた御大層で完璧な作戦ですにゃあぁ!!! このキャットウォークは木製、あと10秒も持ちませんよ!?
壊されて落下すれば200人の人間共にモッシュされますよええ!! 6月のコペンハーゲンみたいに!!
持ってる弾はあと何発です!? 二十!? それとも三十!? 一発で10人殺すつもりのザル勘定ですかにゃ!?」
「そういう時のベイビーのステップだろ!? 殺人回転鋸みたいにタンゴを踊って全部巻き込んじまえばいいだけだ!!」
「こんな時にベイビー呼びですかこのっトリガーハッピー馬鹿ご主人様がぁぁっ!!! ギシャアァ!!」
無数の銃弾が木製のキャットウォークに命中し、木片が一面に舞い散りバキバキと音を立て崩れていく。
フェリエッタは両手の銃の弾倉を同時に抜き落とし、予備の7発入り弾倉を銃を握ったまま片方ずつ装填する。
フシャアフシャアと威嚇声を喉から発しながら怒りを露にするルルも、
結び直したコルセットから愛用の銀に輝く彫刻入りの.32口径小型拳銃、コルトM1903ポケットハンマーレス、
"テンペスタ.32"を抜いて手摺から身を乗り出し眼下の敵をカップ&ソーサー構えで射撃する。
そうしていると、身を屈めながらも興奮を全く隠さないアリスがキャットウォークのカバーから見て左奥を指差した。
「にいさまねえさま!! ジンジャーブレッドマンがいっぱい来るわ!! 食べて良いの!?」
壁に這うように設置された粗雑な木の階段を、鎌や鉈などの凶器を手にした大勢の狂信者達が駆け上がって来る。
反対側の階段からもおびただしい人数が、何事かを金切声で叫びながら武器を振り上げ迫る。
ダァンダァンダァン!!!
フェリエッタは手摺に背を付けたまま両腕を大きく伸ばし、左右から迫る別方向の敵を同時に射撃する。
右を向き2人、左を向き3人、見栄えは良いがこの撃ち方ではそうそう当たるものではない。
ルルは無造作に、コルセットから緑の鉄塊を2つ取り出す。パイナップルの異名を持つMkII手榴弾。
それを両手に握ると、それを組むように同時に2発の手榴弾のピンを抜き、レバーを弾き飛ばす。
ピィィン、という特徴的な音にフェリエッタは長い髪を揺らしてルルを目を見開き凝視する。
「マジでやるのか!?」
「当然ですにゃ!! アリスも飛ぶ準備を!!」
「ギッヒヒヒィ!! 食べ放題タイムよね!!!」
3秒待ち、ルルが両手を勢いよく交差させ、両脇の下から手榴弾を同時に放る。
手榴弾は狂信者の殺到したキャットウォークの両端に転がる。瞬間。
ドカァァァン!!!
寸分のズレもなく二発の手榴弾が爆発し、間近にいた狂信者数人が血煙と化しバラバラに吹き飛んだ。
ミシミシと嫌な音を立て、木製のキャットウォークが集会場の中央へと倒れ、崩れ落ちる。
付近の者が肉壁となり辛うじて爆発を逃れた狂信者達が、倒壊に巻き込まれ落下していく。
3匹の化物は、支えを失い自由落下する通路から同時に跳び上がる!!
フェリエッタは落下しながら、着地点に立つ影に二挺の銃を同時に撃ち込む。
ズダダァン!! ビシャア!!
斃れた敵の死体をクッション代わりに着地し、クッションはベヂャリと音を立て血を吹き散らす。
そのまま顔も上げずに両手を大きく左右に広げ、二挺拳銃を撃ちまくる。
その姿は猛禽類の捕食をも彷彿とさせる。
ダァンダァンダンダンダンダァァァン!!!
その横へとフワリと踊るように飛び出したルルは、
空中で長い白銀の髪を美しく靡かせながら後方一回転。
刹那の無重力に静かに眼を閉じ、コルセットから巨大な白刃を引き抜く。
彫刻入りの美しきコンバットナイフ、ルルお手製のカルニヴォア・ナイフがキラリと反射する。
着地点では6人の狂信者達がピッチフォークや粗雑な槍を彼女に突き立てようと構える。
その深海よりも深い青の瞳が微かに開いた瞬間。
ザシュウッ!!!
・・・ルルは片膝を床に付いて、串刺しにせんと突き出して交差された6つの武器の中央下。
刃をすり抜けたように既に円陣の内側へと着地している。
リボンが結ばれた長い尻尾を揺らし、ゆらりと静かに立ち上がる。
それと同時に、狂信者の構えた武器の切っ先が次々と地面に転がり落ちる。
スタスタとルルが歩き、その円陣の中から彼女が出た瞬間、
囲んでいた6人の首がフードごとズレていき、ボトリ、ボトリと床に転がった。
あまりに鋭い一撃に、立ったままの首なし死体が大量の血を噴き上げながら硬直している。
小数点以下数ミリ秒の間に、6本の武器の切先を全身をひねり回転して切断し、
更にその勢いで6人の首をほぼ摩擦の無い角度で完全に切り落とした。
これこそがフェルが言っていた"ベイビーの殺人回転鋸(デスグラインダー)"だ。
取り囲んで待ち構えていた狂信者達は、何が起きたか把握できず狼狽えながら後退りしていく。
たった一人の少女の姿に、10人もの戦士が気圧され、恐れ戦き腰を抜かす。武器を取り落とす者すらいる。
ルルはプロペラのようにナイフを指で廻しながら、この世の悪意を凝縮したような顔で獲物へと歩み寄る。
ドシャアァァアンッ!!!
その後方で、倒壊したキャットウォークが床に激突し激しい粉塵を散らす。
何人か逃げそこなった狂信者達が巻き込まれ死亡する。
その光景に釘付けになっていた4人の茶のローブ達が、ふと上の気配に眼をやると。
「ギヒッ!! ギヒヒヒヒ!! ギヒィ!!」
真っ赤な眼光と、銀に光るノコギリ歯から涎を垂らしたアリスが天井に張付いていた。
ジャンプの勢いで木製の天井に片足を突き刺し、コウモリのように逆さに這いつくばっている。
狂信者達は恐怖に凍り付きながら、MP18サブマシンガンを構える。
「た・・・魂亡き異形め!!」
「断罪しろ!! 撃て!! 撃てェェ!!」
ズダダダダダダダダッ!! ダラララララッ!!!
アリスの付近に銃弾が弾け、何発かはアリスの身体に命中する。
しかし銃弾は皮膚を滑るように逸れ、痣すらも残せない。
アリスは逆の足で渾身の力を込め、天井を蹴り破壊しミサイルのように真下へ飛び出した!!
「ギッヒャヒャヒャヒャアァァァァァーーーーーッ!!!」
完全に狂い果てた笑い声、ボロボロの青いエプロンドレスと長い黄と茶の髪を揺らし、
目が眩む程に真っ赤な右の眼光を輝かせたアリスが飛び掛かる狼の如く態勢で急降下する。
銀のノコギリ歯が光る口を耳まで裂けるほどに広げ、零れるほどに見開いた瞳がローブ達に急激に迫る!!
その光景に狙われた獲物達は、ただ声にもならない叫び声を上げ短機関銃を乱射する。
アリスは抱き着くように両手をいっぱいに広げ。
ボグシャアァアッ!!
・・・その両手が前列の2人の上半身を完全にもぎ潰した。
真下へのジャンプ、落下の加速度にアリスの80kgの体重が乗り、人体をいとも容易く貫いた。
臓物と夥しい血液を撒き散らし、木床が陥没し木片と血煙が舞い散る。
どうにか直撃を逃れた後列2人は、陥没した床に足を取られ転倒する。
彼らが助かったと銃を取り落とし安堵した瞬間、同時に穴の内側へと一瞬で引きずり込まれた。
周囲に散弾銃と回転式拳銃で武装した狂信者達が集まる。床の陥没穴は大量の埃と血煙で中が見えない。
バリッ、メキメキッ、グシャア、グヂュグヂュ・・・
「アギャアアアーーッッッ!!」
「ア゛ーーーッ!!! ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ーーーッ!!!」
「ゴボッ!! ゴボボボ・・・」
内部からはこの世の物とは思えぬ悲鳴と、生きたまま器官ごと貪り食われるような断末魔が響く。
煙が晴れ、銃を渾身の力で握り締め、固唾を飲んで取り囲むローブ達が見たのは。
「やっぱりみんなクランベリージャム入りだったわね!! ギヒッ!!
私はあなたたちが大好きよ!! 食べられたくて私が大好きだから!!
あなたは頭、あなたは脚から!! 大好きだから全員食べてあげるわね!!」
バラバラのグチャドロになった死体だったモノの中心で、
ぺたんと座りながら片手に膝から千切れた脚、片手に顔の剥げた頭を持ち、
それを交互に齧り続けるアリスだった。全身を真っ赤に血で染め、
その顔は、寒気がする程にあどけない少女の笑みそのものだった。
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同刻。ネクロランド中心街。薄紫色の空に、街並みには蝋燭の橙の光が煌く。
石畳の広場にはカフェテラスが幾つかあり、屍者達がまばらに歩いている。
その中心に聳える巨大な石造りの塔。雲を突き抜けて立つ時計塔。
地上から見えない文字盤は11時58分30秒で止まっている。
その更に上、時計塔の屋根に設けられた作業用の通路に、月夜に映る2羽の人鳥の影。
どちらも真っ黒な翼を持ち、一羽は石の手摺の上に片足を投げだして座り、
もう一羽はその後ろで木製の椅子に座り、テーブルの上に紅茶を置いていた。
手摺に座る方の影は、チョコレートバーを齧りながら落ち着かない素振りで西南の空を眺める。
眼下には雲の隙間を飛び回るコウモリの群れ。地上何百メートルかも分からない。
「・・・ヴェンタ、チョコレートにはアールグレイが合うわ。」
椅子とテーブルで、スコーンを齧りながら銅のティーポットでお茶を淹れる方が声をかけた。
慣れた手つきで、革のトレンチコートと探偵帽を風に揺らしながらカップに紅茶を注ぐ。
振り返る黒の短髪の有翼少女は、黒い瞳を月夜に反射させ跳ねるように手摺から内側へ降りる。
「ああ、助かるぜレイヴェル。・・・冷えるな、今日は」
「待つという行為は、思うより力を使うもの。ティータイムはそんな時の為にもあるのよ」
配達屋のハト娘ヴェンタ、そしてヴェンタの憧れる正真正銘のカラス娘レイヴェルは、
4時間半前に西南黒緑の森へと向かったフェル一行の合図を時計塔の上で待っていた。
湯気の立つアールグレイをカップから飲む。傍らには古びた蓄音機。
風の音に掠れたレコードの楽し気なジャズが流れていく。
ヴェンタは翼に巻き付けた腕時計を見る。時刻は20:18。
「・・・あいつら上手くやってるかな」
ぽつりと零れた不安を聞いて、レイヴェルは笑い出した。
ティーカップを置いて顔を黒翼で覆う。
「くっくく・・・っ!! あははははは!!」
「おいおい、笑う事ぁねぇだろ!? オレは心配なんだ」
「大雨の日の蝋燭と同じ」
「どういうこったよ?」
「どんな傘があろうと無意味、という事よ」
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ダァン!! ダァン!!
二発の銃声が轟き、左右に立っていた茶のローブ達の頭が半分吹き飛び事切れる。
フェリエッタは両手の銃を羽ばたかせるように振り、.45口径の弾倉を抜く。
左手に二挺の銃を束ね、右手で弾倉を2本同時に叩き込みスライドを戻す。
ザシュウッ!!
その少し向かいで、一筋の鮮血が吹き上がる。
ルルの前に立ちふさがったローブの男は顎下から頭を真っ二つに割られ、
斧を取り落としマネキンのように倒れる。
その頭をグジュリと踏みつけながら、歩調を変えずにルルは歩いて行く。
ブヂィ!! ベシャアッ!!
その更に後方で、鉈を振りかぶったローブ男の腕が鉈ごと力任せにもぎ取られた。
声にもならない絶叫と、血液が噴水のように周囲に飛び散る。
アリスは鼻歌を歌い歩きながら、自分へと振り下ろされる武器を避けもせず受け、
皮膚に数ミリ食い込んだ所で、武器ごとその腕をもぎ取ってはまるでチュロスのように齧る。
血祭り。それしか表現する言葉が見つからない、臓物を血で洗う殺戮の連鎖。
3匹のバケモノは70人程をそうして狩り尽くし、
残りの130人が集結する壇前20m程の所で一列に肩を並べた。
安易に攻撃した者から優先的に屠られるのを目の当たりにし、
ローブの狂信者達は銃や凶器を構えたまま、小刻みに震えて並び壁を作っていた。
フェリエッタは右の銃を左脇に挟み、右手で懐からタバコの箱を取り出す。
タバコを咥え、流れるようにタバコと入れ替えにライターを取り出し火をつける。
「・・・ほら、言った通りどうにかなった。ルル、何人仕留めた?」
「数えてませんにゃ。それにまだ半分ですよ、あと100人どうするつもりです?」
ルルもコルセットからタバコを取り出して咥える。火は付けない。
「突っ込んでブッ殺す。以上だ。アリスはいくつ食った?」
「えーっと・・・ 一つ二つ三つ・・・ 1本に5本だから・・・ 10か20よ!!」
アリスは抱えた4本の腕の指の数を数えて彼女なりの答えを出す。
ルルはフェルの隣に寄ると、目線を敵から逸らさぬまま顔を近づける。
フェルは少しだけ顔をルルに寄せ、息を吸いタバコを燃やす。
ルルのタバコに火が移り、一息吸い込むとルルはそのタバコのフィルターを
牙の隙間に挟むようにホールドし、白い煙をゆっくりと吐き出す。
フェルは両手の銃を軽く放るようにしてスライドを握り直し、
左右の銃の薬室を確認する。その横でルルはコキコキと左右に首を鳴らす。
「では、もう100匹チャバネ共を潰すとしましょうかにゃあ。目標は壇上の娘でしょう?」
「ああそうだ。真っ直ぐ突っ込む、切り口を入れてくれ」
「ラァイラァイ・・・ アリス、爆発したらとりあえず突っ込んで下さいにゃ」
「わかったわ、ねえさま!! ギヒヒヒ!!」
ローブの狂信者達の向こうの壇上に、二人目の白いローブの男が現れた。
どうやら、白のローブを纏う者は位が高いらしい。
「悪魔!! 悪魔どもめが!! この小娘を奪いに来たのだな!?」
白のローブの男は大きな銀の回転式拳銃、8インチ銃身のM629、.44マグナムを片手に、
壇上の屍娘の茶色の髪を掴み引きずり出した。
「あづっ!! 髪を掴むなって誰かに教わらなかったの? このクソ気狂い野郎!!」
マグナムリボルバーを頭に突きつけても屍娘には大した脅しにもならない。
撃鉄をカチリと起こし、男は銃を掲げる。
「全知たる救いの神よ!! 教祖様に代わりこの私が今救済を・・・」
ヒュカアッ!! グシャアッ!!
・・・一瞬の出来事。髪を掴む手が離れ、屍娘が血飛沫の方へ振り返る。
高位の男の眉間には、カルニヴォアナイフが既に突き刺さっていた。
ズダァン!! 虚空に.44マグナム弾が虚しく放たれ、ローブの男の首が真後ろに折れ曲がった。
ナイフを突き刺した衝撃で頭蓋を貫通するどころか、首が折れていた。
そのナイフの直線上20m先では、ルルが右手を手招くように伸ばしている。
茶のローブ達を超え弧を描くようにナイフを投擲し"ヘッドショット"した。
「・・・あと何人白いの出て来るんでしょうね?」
呆れたように言い放つと、今度はコルセットの後ろ側から柄の長い黒いナイフを取り出す。
またナイフをプロペラのように、器用に高速回転させ始める。
ヒュンヒュンヒュンヒュン・・・
「理由も道理も分かりかねますが、とりあえず全員死んで頂きますにゃ♪」
ルルはそう言い放つとナイフの回転をピタリと止め、
後退りし壁のように固まる狂信者達を構えもせずに見据える。
タバコを一息吸い込み、煙を静かに吐き出す。
震え上がり、更に固く武器を握り締めるローブ達。
「奴らめ・・・副司祭様まで!!」
「行け!! 殺せ!! 全ては神の御名の元に!!」
狂信者達は覚悟を決めると、力の限りの雄叫びを上げルルに突進していく。
ルルは走らない。ただスタスタと散歩をする程度の足取りで真っ直ぐに、
地響きを上げ突撃してくる50人近い戦列へと歩いて行く。
接敵。左手から槍を持ったローブの男。ルルは突きをひらりと躱し、
逆手構えで男を斬り上げ、手首、首の順で斬り落とす。
右手側から斧を振りかぶる男。ルルは左手を床に付きしゃがみながら、
手を軸にくるりと一回転し足払い、足を払われた男の脳天に右手のナイフを突き刺し、
その勢いで立ち上がり、また同じ歩調で歩き続ける。
正面からMP18サブマシンガンとM1897ショットガンを構えたローブの男達が列を割って現れる。
ルルはすかさずコルセットから銀の拳銃、テンペスタ.32をスピンさせながら左手で抜き、
目にも止まらぬ速度で2発ずつ左右の男の心臓へ片手で撃ち込んで殺す。
銃を虚空に乱射し、数人を巻き込み道連れにしながら男達は沈む。
ダァン!! ダァン!! ダァン!! ダァン!!
4発の軽い銃声と共に、列を固めていた茶のローブがまた4人事切れる。
ルルの銃は弾が切れた。左側から粗末な刃物を逆手に持った男が飛び掛かる。
ルルは素早く銃を反転スピンさせ銃身を握り込むと、そのグリップで刃物の鍔を下方から弾き上げる。
ガキィン!! バキイィッ!!
そのまま素早く垂直に拳銃を振り下ろし、男の頭蓋骨を粉砕する。
ルルは軽く銃を放るようにしてさらに回転させ、コルセットに収めると、
中央に一人残った、鎌を持ったローブの男の胸にナイフを突き刺した。
ザシュウッ!!
鎌を取り落とし、両手を震わせ断末魔を上げる頭一つ以上背の高い男の顔を
ルルは満足そうに微笑みながら見上げて覗き込む。
そしてルルは、柄が奇妙に長いナイフの持ち手の後部にあるキャップを引き抜く。
ヤスリのような金属音と共に、握りの内部からは一本の紐が現れる。
ルルは少ししゃがみ込むと乱回転しながら跳び上がり、
ナイフを突き刺した男に渾身の空中横廻し蹴りを叩き込んだ。
バキャアッ!!
ローブの男は5mほど弾き飛ばされ、
20人程が固まる戦列へとボウリングの玉とピンの如くに倒れ込んだ。
瞬間、男の胸に突き刺さったナイフから閃光が迸り。そして。
ドカアアァァァァン!!!
・・・ルルが突き刺したナイフが、男と共に盛大な爆発を起こした。
M9銃剣を改造し、柄の中に特殊混合爆薬と旧ドイツ製手榴弾の起爆装置を仕込んだ、
ルルお手製の"アンチマテリアルナイフ"、通称"対戦車ナイフ"だ。
その威力は軽装甲車の乗員を装甲ごと吹き飛ばす程に強力だが、
ルルが扱うナイフとしては耐久性が低く、文字通り使い捨ての爆薬である。
爆発した男は跡形も残らず、付近にいたローブ達もバラバラの死体と成り果てている。
ルルは片膝を着いて着地した姿勢のまま、風圧で消えたタバコを吐き捨て、
"こっちに来い"と言わんばかりに首で舞台上を示す。
粉塵を突き抜けて現れたのは。
「ヤッホーーーーッ!! 乙女エクスプレスいくわよーーーーっ!!!!!」
まだ手首や上腕が付いたままの鉈と肉切り包丁を両手に掴み、
肩の上にフェリエッタを乗せて時速60km超のスピードで木床を砕きながら機関車の如く爆走するアリスだった。
背中にしがみつくフェルは片手に敵から奪い取った2挺のMP18サブマシンガンを抱えている。
左右から狂信者達の戦列が迫る。アリスが両手を広げる。
ズシャシャシャシャシャアッ!!!
滑走する飛行機のように広げた腕付きの刃物は、左右のローブ達の腕を、腹を、首を切り裂き、
耳をパタンと畳んだルルの頭上スレスレを掠めて通過していく。
10人、20人、次々とアリスの広げる刃物腕に切り裂かれ人体の部品が飛び散っていく!!
そして壇上前、ルルが爆殺した死体の山に突っ込む瞬間。
「ギヒヒヒヒご乗車ありがとうございましヒャーーーーッ!!!」
アリスが素っ頓狂に叫び死体の山に血煙を上げて激突すると同時に、
背中のフェリエッタが思い切り跳び、舞台の上へとゴロゴロと転がって着地した。
仰向けに寝転んだまま両手にMP18を構え、壇上で待ち受けていたローブ達に向け
足越しにフルオートで連射する。
ダラララララララッ!! ダララララッ!!
3人の狂信者達がめちゃくちゃに穿たれて倒れる。
更に頭側に反転した4人の狂信者達が銃を撃ちながら近づいてくるのを見て、
頭上に両手を伸ばし撃ちまくる。
ダラララララッ!!
無数の薬莢が美しい音色を奏でながら転がり、両手のサブマシンガンが軽くなる。
標的が倒れたのを見届け、腹ばいに転がり銃身を杖にして起き上がる。
更に前後から2人ずつ走って来る敵に、両手を交差させ撃ちまくる。
ダララララララッ!!
カチッ、カチリ、対の銃は弾切れをフェルに知らせ役目を終え、4人の敵は転ぶように斃れる。
そのまま二対のMP18から手を離すと、それらが床に転がる前に二対の愛銃、M1911A1を引き抜く。
更に舞台袖から現れた敵が錆びた回転式拳銃、M10を撃ちながら次々と走り寄って来る。
ダァンダァンダァン!!
両手を大きく広げ左右の敵を撃ち、右の銃で正面の敵を撃ちながら左の銃で右腕の下から敵を撃つ。
左脇を開き斧で斬りかかる敵を左の銃を横倒しにして撃ち、背中越しにまた別の敵を右の銃で撃ち抜く。
その場から微動だにせず、ゆっくりと回転しながら腕の動きだけで全方位の敵を撃ち殺す。
ガシッ!!
その時、即死しなかった敵が後ろからフェリエッタの振り上げた左腕に組み付いた。
フェルが髪を揺らしてそちらを振り返ると同時に、頭蓋が吹き飛び脳が露出したローブの男が起き上がり、
最期の力で片目を垂らしながらフェリエッタの右手の銃を両腕で掴む。
ダァン!!
フェリエッタは左の銃を手首の限界まで傾け、後ろの男の脳天を撃ち抜く。
その左の銃はスライドが下がり、弾切れを知らせる。
右手を掴む男の力が強い。フェルはカチリと右手の銃を操作した。
半死の男はフェルの愛銃を力ずくでもぎ取ると、血反吐を吐きながらそれを両手で構える。
フェリエッタは背中に寄りかかる男の死骸を振り払うと、弾切れの銃を脇に放り投げる。
流れるような動作で、タバコを懐から取り出し一本咥える。
血にまみれ、右目をぶら下げる男はこの世の物とは思えぬ形相で笑うと、引き金を引いた。
カチッ。カチッ。
・・・弾は出なかった。銃を奪われる瞬間、親指で安全装置をかけていたのだ。
「Nice try.(惜しいな)」
フェルはそう言い放つと。
ヒュカアッ!! ドバアァァァァン!!
目にも止まらぬ速さで左腰に下げていた水平二連ソードオフショットガン、
"カリエンテ12"を右手で引き抜き、左手で銃身を上から抑え、腰の位置で2発同時に発砲した。
グシャアアアッ!!
銃を向けていた男の胴体が真っ二つになり、吹き飛んだM1911A1が宙を舞う。
フェリエッタはカリエンテ12の銃身を左手で掴み、右手で空中の愛銃を掴み取ると、
くるりとスピンさせ安全装置を外し、まだ床に着いていない男の上半身、
真っ逆さまの脳天を空中でぶち抜いた。
ビシャアッ!!
最後の一発を撃ち出した銃のスライドが下がり、キィンと音を立て薬莢が舞い落ちる。
連射により赤く光る程に熱されたM1911A1の銃身を咥えたタバコの先に押し当て、深く息を吸い着火する。
銃口から煙が立ち上ると同時に、フェリエッタもその銃を廻しながら深々と口から煙を吐いた。
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壇上で首を取られる予定だった屍娘は、2体の白いローブの死体を尻目に、
祭壇の角を手首を縛るロープに擦り続けていた。随分と強固な麻縄だ。
その時、壇上から何かが飛び込んできた。
「ヒィ!?」
思わず声を上げる屍娘。しかし黒のドレスと黒髪を見て息を吐き安堵する。
フェリエッタはタバコを指で挟み煙を吐くと、赤い目で彼女を見る。
「ハイラァ、お嬢さん。遅くなってすまない。渋滞にハマってね」
「ああ良かった・・・ フェルなら来ると思ってたけど、ちょっと遅かったわね」
フェリエッタは飾りスカートの下から、木柄のバタフライナイフを取り出し、
それをパタパタと指で廻しながら波のように曲がりくねった刃を出した。
とある年の誕生日、ルルが彼に贈った手作りの"フランベルジュ・バタフライ"だ。
屍娘の後ろ手を縛る麻縄を容易く切りその手を解く。
「ありがとフェル。最後に会ったのはいつかのクリスマスだったかしら?」
「そういえば君は見覚えがあるな・・・」
「私の顔より銃で覚えてるかしら? M16を直して貰ったわね」
「Hare's Hallのショーの時だな、名前を聞いていなかった」
「ロアンナよ。そしてあっちの右の皿がベルタ、左がザロテ、あの日はベルタと一緒だったわね」
ロアンナと名乗った屍娘は、壇上脇に置かれた2つの屍娘の生首を指差す。
ネクロランドのゾンビは首を取られた程度で死にはしない。
「ハイラァ、ベルタにザロテ」
フェルがタバコを咥え直し軽くお辞儀をすると、
2つの生首は口を開けたり舌をピロピロと出して挨拶に応える。
肺と喉がないので今は喋らない。3人とも獣耳がなく、元人間の屍娘だ。
フェルは耳や強い特徴で住人を判別しているので実の所見分けがついていない。
周囲を見回すフェリエッタはロアンナに問いかける。
「2人の胴体がどこに行ったか知らないか?」
「えーとね、そこの頭が吹っ飛んでる方の白い奴が首をちょん切って、
そしてナイフが額に突き刺さってる方が村の外へ運んでいったわ。」
「村の外か・・・ 何か見当はあるか?」
「あるわ。私たち、変な奴らがいるって言うから銃を持って見回りに来たの。
それで海辺のタンカーに入った所で、奴らの罠にかかってこのザマって訳」
「そういえばヴェンタがタンカーの話をしていたな」
「そのタンカーの中に2日捕まってたのよ、牢屋と気味が悪い暗い部屋があったわ。
連れまわされたけど他の小屋は寝床だけ。胴体があるとしたらあのタンカーよ」
「それなら話は早い」
フェルがロアンナから情報を引き出していると、舞台脇から血塗れのアリスが小走りで出て来た。
ペタペタと裸足の音を響かせ、肩掛け鞄を3つとM16A1アサルトライフルを肩に担いでいた。
タバコを吸う二人を真似してか、口には狂信者からもぎ取った指を一本咥えている。
「にいさま!! ねえさま達の持ち物を見つけたわ!!」
「おおアリス、上出来だ」
「やっぱりロアンナねえさまね!! あとベルタねえさまとザロテねえさま!!」
「アリス・・・全員覚えてるのか?」
「もちろんよ!! 一度会ったねえさま達の名前は忘れないわ!! あとにいさま達も!!」
アリスは全ての他者を兄様、姉様呼びするが、どうやら全員の名前と顔を覚えている。
隠れたアリスの才能に、相貌失認持ちのフェリエッタは関心していた。
アリスは抱えて来た棺桶を模した革の肩掛け鞄の一つと、アサルトライフルをロアンナに差し出す。
ロアンナは大喜びでアリスに抱き付く。アリスはロアンナをぬいぐるみのように抱き上げ返す。
「アリスちゃんも来てたのね!! 正真正銘私の銃とバッグよ!!」
「ロアンナねえさまの匂いがするもの!! 間違えないわ!!」
ロアンナは肩に鞄を掛けて銃を受け取ると、空になっていたM16A1のマガジンをバッグに戻し、
20連発の短い予備のマガジンを取り出して銃に叩き入れ、コッキングレバーをジャキリと引く。
撃ち方もろくに知らなかったクリスマスの時とは変わって、銃を使いこなす彼女にフェルは関心する。
「ベルタとザロテは銃を持って来たか? 生憎私の双子は弾切れだ」
「それぞれピストルを持ってきてたわよ。ベルタ、ザロテ、フェルに貸してもいいわよね?」
ベルタとザロテの首は既にアリスがしっかりと両脇に抱え込んでいる。
二人の首をアリスが見下ろすと、乱杭歯を見せて微笑んで答える。
フェリエッタがバッグを受け取り、ベルタの鞄の中の銃を確認する。
そこにはパイプ状の銃身が4本、指輪状の引き金が付いた丸みを帯びた小型銃があった。
「これは・・・ 1840年代のマリエッテか・・・」
恐ろしく古い、錆び付いたフランス製の雷管式ペッパーボックスピストル。
鞄は水に濡れていて、中の火薬が湿気ている可能性が高い。
装填には特殊な器具が必要で、フェルでも4分はかかる。
続いてザロテの鞄から銃を取り出して眺める。
極めてシンプルな短い筒に、撃鉄と当り金が付いただけの錆びた銃。
「1760年、ベルギー製のフリントロックか・・・」
更に古い銃が出て来た。撃鉄は当り金に落ちていて、火薬の酸化した匂いがする。
1発しかない弾は既に放たれている。この錆具合では不発した可能性も高い。
どちらの銃も優美だが激戦に耐えるものではなく、予備の弾もない。
「どう? 使える?」
「・・・いや、博物館級の綺麗な銃だ、使うには惜しいよ。そこらの銃を拾うとする」
フェリエッタは適当に誤魔化し、銃を戻すと2つのバッグをアリスの肩にかける。
そうこうしていると、既に立っている者など一人もいなくなった舞台下から白き死神の影が現れた。
ビチャリ、ビチャリと折り重なる死体を階段にして舞台へゆっくりと上がる。
ルルはコルセットから左手で銀の拳銃を取り出し、右手でその銃の弾倉を取り出すと、
入れ替えるようにコルセットから予備の弾倉を銃に装填し、スライドを歯で引いて懐へ戻す。
「にゃあにゃあにゃあ・・・ やっと片付きましたよ。持ち物チェックの時間ですか?」
「盗品を取り返した所だ。ルル、彼女はロアンナ、アリスが抱えてるのがベルタにザロテ」
「にゃふふっ、ごきげんよう皆々様。話はこの地獄耳で聞いてましたにゃ。私の自己紹介は不要でしょうにゃあ」
「あははっ!! 勿論、ホワイト・カルニヴォアを知らないヤツなんかネクロランドにいないわよ!!」
「言えてるな」
その瞬間。突然ルルに先程踏まれた茶のローブの死体の一つが跳ねるように起き上がり、
ルルを後ろから羽交い絞めにしながら、M10リボルバーをルルのこめかみに突きつけた!!
血に塗れ、臓物を被りながら狂信者の一人が死体に紛れて隠れていたのだ。
頭2つも低いルルの首を胸の位置で左腕で抑え、身を屈めて盾にしようとしている。
「う・・・動くなァ悪魔共が!! 武器を捨てろ!! 動いたらこの小娘の頭を吹き飛ばすぞ!!」
フェリエッタはタバコを吐き捨てると、俯き斜め下からローブの男を睨む。
アリスと抱えられた生首娘達は呆けた顔でその光景を見る。
ロアンナは銃を下げ、片手を上げて無抵抗を示す。
息を切らし、目を血走らせたローブの男に人質に取られているルルは・・・
「・・・っくひひ!! にひっ・・・!! にひひ・・・!!」
・・・猫のように目を細め、牙を噛み締めながら笑いを堪えるので限界だった。
無理もない。ルルはこの状態からこの男を殺す方法を20通りは持っている。
まず大前提として、ルルはこの銃のゼロ距離の発射を避けられる。
撃鉄が落ちる音を聞き、首を人間には不可能な角度へ瞬時に捻る事ができる。
後ろに振り抜き頭突きをすれば発射と同時に男の顎が首ごとへし折れる。
敵の男は両手が塞がり後方には無警戒。その後ろで揺らめくルルの尻尾には、
彼女の腕と同等かそれ以上の力があり、銃の引き金を引ける程に精密に動かせる。
男の腕に巻き付け、銃を彼自身の頭に押し当てる程度造作もない。
その二つを使わずとも、踵で男の膝を逆方向に叩き折り、
床に倒れた首を一瞥もせずに踏み、へし折る事すらも足一本で可能だ。
口を開けてその牙で噛みつけば、手首ごと銃を奪い取れる。
しかしあえてそうしない。ルルはフェリエッタの方をじっと見つめている。
何かを期待するかのような目つきで。フェリエッタもそれを察する。
「ご、ご主人様・・・っひひ!! こういう時は・・・っっくく!!」
「ああ、ルル。いつもの通りだ」
笑いを堪えるルルとは対照的に、頭に血が上るフェルは、敵の眼を睨みつけながら後退りする。
狂信者の男は、脅しが効いていると確信し、ルルが笑いを堪えているのを恐怖だと思い込んでいる。
「そうだ悪魔ァ!! そのまま床に跪け!! 悪魔の妻を殺されたくなければだ!!」
「こんな風に、か?」
フェルはもう2歩下がり、左右に白いローブの男が死んでいる間で立ち止まり、
ゆっくりと姿勢を低くする。左の白ローブの男の頭にはルルのナイフ。
そして手の側にはM629、銀の.44マグナム。フェルは片膝を着いた瞬間。
ブシャアッ!!
白ローブの死体の眉間に突き刺さっていたカルニヴォア・ナイフを力任せに引き抜き、刃を指で挟むように持つと、
一回転して立ち上がり、その勢いでルルを人質に取る狂信者に向けナイフを投擲した!!
ヒュカアアッ!!
ナイフは回転しながらルルと狂信者に向かい、そして!!
パシッ。
・・・フェリエッタが投げたナイフは狙いが逸れ、ルルの右肩辺りに飛翔した。
それをルルが左手で、当然のように空中でキャッチした。
「・・・にゃはぁぁーぁ。」
恐ろしく残念そうな溜息を吐き、ルルは銃を向けられている事を一切気にせず顔を落とす。
フェリエッタも思わず目を逸らして下を向き、2、3歩苦し紛れに立ち位置を直す。
アリスと生首娘2人はまだ呆けた顔で見ている。ロアンナは意味がわからず立ち尽くす。
ルルを羽交い絞める狂信者の男は、状況が呑み込めず銃をルルとフェルに交互に向けている。
フェリエッタは、とても申し訳なさそうに口を開く。
「・・・ルル、悪い」
ルルは眉間にしわを寄せ、大層不機嫌そうに自身のナイフの血を指で拭い始める。
そこでやっと狂信者の男が、状況を把握して激昂した。
「貴様ら・・・ ふざけるな・・・ ふざけるなよ!! 死ね!! 殺してやる!! 死ねェェェェ!!!」
回転式拳銃をルルのこめかみに押し当てると、カチリと撃鉄を起こす。
ルルが僅かに銃の方を見やる。瞬間。
フェリエッタは足元にあったM629、マグナムリボルバーの銃身を足で踏んで跳ね上げる!!
狂信者の男が引き金を引く。撃鉄が落ちていく。
宙を舞うM629をフェルは右手で掠め取ると、左手でその撃鉄を叩き起こす。
刹那。
ズダアアァァァン!!!
・・・カチリ。
狂信者の男の持つM10リボルバーの撃鉄が落ちた。
しかしそこには銃弾も、それを納める蓮根状の弾倉、シリンダーすらも無かった。
茶のローブの男の顔面には、未発射の銃弾の破片と、
真っ二つになった銃のシリンダーがめちゃくちゃに突き刺さっていた。
狂信者がルルの頭をゼロ距離で撃ち抜こうとした瞬間に、
フェルはその銃のシリンダーを.44マグナムで撃ち抜いた。
シリンダーを貫通した.44マグナム弾は狂信者の頭をそのまま撃ち抜き、
その破片もまた狂信者の頭をめちゃくちゃに破壊したのだ。
糸を切った人形のように、茶のローブの男が血を吹き上げて沈んで逝く。
ルルの首にかかった男の手が千切れた紐のように力なく解け落ちる。
それを横目でちらりと見ると。ルルは口角を引き上げ、牙を見せて満足気に笑った。
----------------------------------------
5分前。右手に短いレバーアクション式のソードオフショットガン、
M1887を握り締めた三人目の白いローブの男が、
木造りの小屋が立ち並ぶ村を息を切らして駆け抜ける。後方の集会場からは爆音が響き、
悲鳴と銃声が鳴り響く。男は中規模の小屋入口の松明を左手で持ち、扉を蹴り開けて叫ぶ。
「者どもよ聞け!! 教祖様が殉教なされた!! これは副司祭様からの命である!!
今夜我等は悪魔との聖戦の最中に在る!! 全員武器を取り、悪魔を滅せよ!!
命を惜しむな!! 救済と転生は約束されているぞ!! 我に続け!!」
白いローブの男の一声に、小屋の中で祝詞を唱えていた30人程の茶のローブ達が一斉に立ち上がる。
「司祭補佐様の命に!!」
「我等、神の名の元に殉じます!!」
「死を恐れるな!! 死は救済なり!!」
壁にかけられた斧や槍等の武器を次々と手に取り、懐から銃や刃物を抜き、
三人目の白ローブ、司祭補佐の松明の火にぞろぞろと続いて走っていく。
集会場の扉は閉じている。命ずるまでもなく、茶のローブの男5人が扉を体当たりで破り突入する。
そこにあった光景は、まさに地獄絵図。
無数の死体、手足と臓物、原型を留めないグチャグチャが一面に満たされていた。
燭台や、炎を讃えるトーチが床に倒れて引火し、所々から火の手が上がる。
倒壊したキャットウォークの下敷きになり潰れた者達の手足が見える。
陥没した木床には無数の死体が突き刺さり、壁で潰れている者や燭台で串刺しになっている者までいる。
「これ・・・は・・・」
「ああ神よ・・・ 守り給え救い給え・・・」
「・・・恐れるな!! 副司祭様を探せ!! 主は一人でここに残られたのだ!!」
30人弱の男達が、武器を構えながら恐る恐る中を歩いて行く。
壇上へと上がろうにも、人間の一部が積み重なる肉塊の山に阻まれる。
どうにかその上へ一団が上がり切ると、祭壇の上、屍娘の生首があった蝋燭で囲まれた皿の上に。
「ああ・・・副司祭様・・・教祖様・・・!!」
同じように切り落とされた、白ローブ2人の生首が置かれていた。
武器を取り落とし、祈り始める者。取り乱し泣き崩れる者。
それらを司祭補佐の男が、ショットガンをカチャリと鳴らしながら鼓舞する。
「お、恐れるな!! 喚くな!! 必ずや悪魔共を我らが手で・・・」
瞬間。
「ギィヤッハァーーーーッ!!! 3人目は私のよーーーーーっ!!!!!」
祭壇の影からアリスが飛び出し、振り返る間もなく司祭補佐に飛びついた。
押し倒し、馬乗りになり、ギラギラと光る赤い目で白ローブを見下ろす。
司祭補佐の男は恐怖で絶叫し、ショットガンをアリスの胴体に押し付け発砲する。
ズダァン!! ジャコッ!! ズダァン!! ズダァン!!
腹や胸、首筋にゼロ距離の散弾銃の射撃。人間なら床に落としたゼリーのようになる。
しかし散弾はアリスの皮膚にめり込みはすれど、まるで効いていない。
僅かに錆色の血が滲むのみで、ゼロ距離の12ゲージバックショットが通用しない!!
アリスはビクリ、ビクリと衝撃に僅かに動くのみで。
「ギヒヒ!! 元気なホワイトビスケットね!!」
司祭補佐はショットガンのレバーをコッキングすると、その銃口をアリスの口に突っ込んだ。
「んむっ!?」
「忌々しい悪魔の娘めがあああっ!!」
ズダアァァン!!
アリスは大きく仰け反り、男の上に跪いたような態勢になる。
司祭補佐を助けようと、周囲の茶のローブ達が一斉にアリスへ発砲する。
「撃てっ!! あの化物を撃ち殺せェェェッ!!!」
ズダダダダッ!! ダラララララララッ!!
・・・100発は撃ち込んだ。硝煙が晴れ、司祭補佐の上のアリスは動かない。
殺したか。司祭補佐が脱力し、全員が武器を下ろしたその時。
「・・・ギヒヒヒヒヒ!! ケーキにかける銀のタマ!! アレの名前知ってる!?」
グワン。アリスは出来の悪い操り人形のように、ボサボサの髪を振り乱しながら仰け反っていた頭を戻した。
ジャリッ、ジャリッ。ゼロ距離で撃ち込まれたショットガンの散弾を、喰っている。
銀のノコギリ歯で磨り潰すようにして喰っている。ベロリと長い舌を出し、頬にめり込んだ銃弾を舐めとる。
「アラザンっていうのよ!! 物知りでしょ!! ギヒッ!! シュガースプレー!!」
周囲の狂信者達は震えて武器を構えられないか、或いは弾切れの銃を空撃ちしている。
司祭補佐は、声も失い震えながらショットガンの引き金を引く。
カチッ。ジャコッ、カチッ。無情にも、弾は切れていた。
アリスは、そのショットガンの銃身に噛みつき、バキリと音を立て食い千切ると。
「砂糖をまぶしてくれる、優しいバタークッキーさんね!! ギヒャヒャヒャヒャアァッ!!!」
ベグチャアアッ!!
右目を真っ赤に光らせ、ギラギラと光るノコギリ歯が並ぶ大口を開け、
司祭補佐の顔面をそのまま半分、バクリと一口で食い千切った。
ゴボゴボと自分の血で溺れる音を出しながら、生きたまま右手、左手と引き千切られ、
瞬く間に全身血塗れのアリスに貪り食われて行く。
震えながらその光景をただ傍観していた一人の茶のローブが、ふと我に戻り叫ぶ。
「う・・・ 撃て!! 弾を装填して撃て!!」
声に反応し、リボルバーのシリンダーから薬莢を叩き出す者、
MP18の横にせり出したマガジンを投げ、新しいマガジンを叩き込む者。
目の前で解体されていく司祭補佐の部下達がアリスを再び撃とうとする。
瞬間。
「お返しよ!! このゴキブリ野郎共!!」
バララララララララララァァァァァァッ!!!
アリスが起こした騒ぎに紛れ忍び寄っていたロアンナが、
M16A1に装填された20発の5.56mm弾を一気に後ろから全弾掃射した。
次々に複数の弾丸が命中し、貫通し、8人程の狂信者達が事切れる。
ローブ達はロアンナの方へ振り向き、銃を構え直す。
一斉射撃の轟音が響き、床に無数の弾丸が弾ける。
ロアンナは壇上脇にあった柱の影に飛び込み身を隠した。
その逆の柱の左右から、フェリエッタとルルが鏡のように対称に歩み出る。
ルルの左手にはテンペスタ.32、フェルの右手にはM629。
また一団の背後3mから不意打ち射撃をかます。
ダンダンダンダァン!! ズタァン!! ズタァン!!
ルルが斜め倒しのカップ&ソーサー構えで撃った8発は8人の敵の急所に命中し、
フェリエッタの放った.44マグナム弾4発は全て敵の頭部を1つずつ吹き飛ばす。
次々と敵が崩れ落ち床に沈み、今立っているのは10人。
ロアンナはテンポ良くM16をリロードする。
カコッ、カラァン、ジャキリッ、チャッ。
柱の影から飛び出して銃をしっかりと肩に当て構える。
ダラララッ!! ダラララッ!! ダダッ!!
的から的への指切り射撃。3人の敵が5発程撃ち込まれ、銃を乱射しながら斃れていく。
残る7人は恐れ戦き、転ぶようにして銃を乱射しながら無い尻尾を巻いて逃げていく。
「ひ・・・退け!! 撤退しろ!! 司祭補佐様が殉教なされた!!」
「我々には何もできぬ!! 補佐見習様の導きを乞うぞ!!」
巨大な玄関扉へと走り去る敵を更に後ろから撃とうと、フェルとロアンナが銃を構える。
それをルルが一歩前に出て、右手を軽く左右に振って制した。
「にゃふふっ、子羊共を走らせましょうよ。我々もここに残れば火に巻かれます」
納得し、ロアンナはM16のマガジンを外し残弾を確認する。
フェルはM629のシリンダーを開き、バラバラと薬莢を抜き落としてその銃を眺める。
ルルは何かを察して口を開く。
「・・・気に入りましたね? その銃」
「・・・ああ、こいつは当たりだ。よくやってくれる」
フェルは弾切れの巨大なリボルバーを、ベルトの後ろへと大事に挟み込む。
ルルは自身の銀の拳銃、テンペスタ32のスライドを軽く引き、弾切れを確認する。
この古いオートマチック拳銃には弾切れ時にスライドを後退状態で保持する機構、
スライドストップが無く、また撃鉄も内蔵式の為弾切れを外観からは確認できない。
弾が無い事を確認すると、ルルは銃を高速でスピンさせ、くるりと身を翻す。
銃のグリップにあるマガジンキャッチを逆の肩へ擦り弾倉を振り出すと、
空中に放り投げた弾倉へ銃を振りかぶるように装填し、靴底でスライドを引いた。
その間僅かに1.5秒。半分ふざけているが神業的なリロードだ。
そうしていると、全身血塗れで所々焦げ付いたアリスが両脇にベルタとザロテの首を抱えてやってきた。
「ねえさま、そろそろパーティーはお開きね?」
「にゃふふ、アリスが一番賢いですよ。こいつらまだバカスカやるつもりですからにゃあ。
さて、お二人もバカの丸焼きになる前に撒くとしましょうよ。恐らくあと5分で焼け落ちます」
銃を懐へ仕舞い直すルルに促され、4匹と2個も狂信者達が引き返した玄関扉から、
眩しいほどに月が輝く、森の匂いと涼しさの中に歩いて行く。
----------------------------------------
濛々と黒煙を上げ焼け落ちる集会場を遠目に、十数人の茶のローブ達が村の各所に潜む。
その先頭で、4人目の白いローブの男が錆びた小型の拳銃を片手に声を張り上げる。
「・・・最早我々は大多数を失った!! しかし"母なる船"へ悪魔共を入れる事は命に代えても許されぬ!!
我々はここで"母なる船"へ向かう悪魔共に奇襲を仕掛ける!! 者共よ、絶対に奴らを・・・」
その時、待ち伏せをしていた小屋の陰からM16を持った屍娘が飛び出した。
「あ!! 白いの!! 私のよ!!」
バラララララッ!!!
「ほ・・・補佐見習様!?」
「だ、駄目だ!! 息が無い!! 退け!! 退けエェ!!」
・・・補佐見習の白ローブは、ロアンナに片手間ついでに腰撃ちフルオートで片付けられた。
大騒ぎで逃げていく茶のローブ達を見て、ロアンナはガッツポーズを取る。
遅れて歩いてきたルル、2つの生首を抱えたアリスに続き、
咥えタバコのフェリエッタが拍手をしてロアンナを賞賛する。
「お見事、完璧な銃の扱いだ。いつの間にそれ程まで上手くなった?」
「だってクリスマスの日に直してくれたこの子を渡しながら、30分も撃ち方教えてくれたじゃん!!
あの後城の射撃場に毎日通ってたの覚えてないの? 結構会ったわよ!!
会うたびに色々教えてくれるもん、そりゃ覚えるわ!!」
「あー・・・ そうだったか・・・ 生憎記憶が抜けている」
その光景を半笑いで見届けたルルが、突然コルセットから銀のピストルを抜く。
ダァン!!
音がした方向に茶の髪を振り乱しながらロアンナが振り返り銃を向けると、
ルルは半笑いのまま顔も動かさず真横に左手を伸ばし、飛び出した狂信者を一発で撃ち抜いていた。
音だけで狙い、一瞥もせずに敵を撃つ。ルルの得意技だ。
「にゃふふ、ご主人様はこの頃物忘れが激しいですから。
さあ急ぎましょうよ、まだまだ奴らは残ってますから」
4匹のバケモノは村の道を海へ向かって走り出す。森に差し掛かる。
左手の木陰からMP18サブマシンガンを構えた茶のローブが二人飛び出す。
フェリエッタは走りながら、腰のホルスターからソードオフショットガンを右手で抜く。
ドバァン!!! ドバアァン!!
敵は撃つ暇もなく、全身に00バック弾を浴びて斃れる。
カチャッ。優美な彫刻入りショットガン、"カリエンテ12"の銃身を振り折り、
薬莢を左手指で抜き捨て腰のベルトから赤いショットシェルを2発抜き、一気に装填する。
ジャコッ。勢いよく振り上げ、それを半回転させホルスターに収める。
2体の亡骸の横を4匹が走り抜けていく。夜風は潮風を含み心地よい。
「キエェェェェェアアァァァァァ!!!」
右手の木陰から狂信者が巨大な鉈を持って斬りかかる。
ルルが素早く敵の眼前へ飛びつき、素手で鉈の刀身を白羽取りする。
両手で挟み込んだ鉈を奪い取り、全力疾走の勢いで膝蹴りを顎に叩き込む。
バキャッ!!
狂信者の顎と頸椎が音を立てて砕ける。もう一人、拳銃を持った狂信者が飛び出す。
ルルは挟み込んだ鉈を握り直し、それをダンスを踊るようにくるりと身を翻して投擲する。
ズシャアッ!!
ブーメランのように高速回転して飛翔した鉈は敵の脇から上を真っ二つにした。
闇夜に黒く光る血が噴き出す。4匹は止まらない。敵を殺しながら走り続ける。
その時、離れた場所から銃を乱射する音が聞こえて来た。
狙いはこちらではない。明後日の方向に向け銃弾を撒き散らしている。
「・・・どうやら騎兵隊のお出ましだな」
立ち止まりフェルが零すと、ルルは呆れたように空を見上げて呟く。
「湿気たタバコ葉にマッチの燐、焦げたベーコンにアールグレイ」
「誰の匂いだ?」
「コーヒーを飲まない、カビ臭い女ですよ」
周囲の森に狂信者達が上空に発砲し逃げ惑う姿が見える。
ダァン!! ダァン!!
軽い銃声が響き、次々と待ち伏せをしていた狂信者が死んでいく。
風鈴のように美しい音色を立て、薬莢が雨のように降って来る。
その短く太い真鍮の薬莢をフェルは空中で一発掴み取って底を見る。
「.455ウェブリー、英国淑女のお出ましか」
突然、真っ黒な翼が頭上を低空で掠めた。ふわりと浮かび上がり、月夜に映った影は巨大な黒鳥。
両鳥足の爪に英国製の回転式拳銃、ウェブリーMk.4を器用に掴んでいる。
「御機嫌ようフェル。貴方の国はこんな夜もバーベキュー日和かしら?」
援軍に現れたのは、英国淑女のカラス、レイヴェルだった。真っ黒な長髪と革のトレンチコートを靡かせ、
両翼の下のホルスターへ銃を交差させ納めると、しなりと片足で着地し翼を畳み襟を直す。
「ミス・ヴェンタとお茶をしていたのだけれど、舞踏会へのエスコートを頼まれたのよ。
随分品の無い連中のようね。パーティーの相手は選ぶことを忠告するわ」
「お茶にしたかったんだが、肉が余ってね。生憎無礼講だ」
続いて上空からバサバサと、喧しく羽ばたく音が聞こえて来た。
その鳥足の爪には取手付きの木箱をぶら下げ、背中には革袋を背負っている。
「フェルーッ!! みんな無事か!?」
「ヴェンタ、有難い。合図もなしによく来てくれた」
「合図なんかいらねぇよ!! あの火柱、信号弾どころじゃねぇって!!」
ヴェンタは大きな裁縫箱のような木箱をフェルの前にそっと下ろしながら、自身は乱暴に着地する。
彼女のジャケットにはユニオンジャックのピンバッジ。さながらイギリスのロックガールだ。
「にゃっふふふ、一気に紅茶臭くなりましたにゃあ」
「ミセス・ルル。生憎エスプレッソマシンとグリルは忘れて来たわ」
「今日みたいな天気をこの国では晴れと言うんですよ、レイヴェルさん」
ルルとレイヴェルは妙なジョークで罵り合うと、お互いに丁寧なお辞儀をする。
この二人、常に罵り合っているようで妙に仲がいい。
それを尻目にヴェンタは背中の革袋を下ろし深く息をつく。
「あー相変わらず重ぇぜ!! ご注文のブツ、いつもの指定通りだ!!」
ヴェンタが届けた箱には、"猫の髑髏と二対の銃"のフェルの肩にあるのと同じ紋章が彫られている。
フェリエッタがそれを開けると、中には大量の弾薬と予備の銃、手榴弾が入っていた。
これは銃撃戦が長引いた時に備え、フェルとルルが長らく用意している"ランチボックス"で、
赤の信号弾の発射を合図に、ヴェンタがその位置にこれを投下する無期限契約になっている。
フェリエッタはそこから.45ACP弾が装填されたM1911用7発入り弾倉を6本掴み、腰のポーチに補充する。
更に2本取り出し、懐にあった左右の愛銃へと一挺ずつ再装填する。
カラカラと音を立てる4発のショットシェルをひと掴みし、腰の弾帯の列に加えていく。
その間にルルは銀色の.32口径弾8発入り弾倉を2本取り出し、コルセットの中へと仕舞う。
手榴弾も2発取り出すと、コルセットの後ろ側、ドレスの隠しポケットへそれを隠す。
フェルはタバコに火を付けながら、アリスが抱えているベルタとザロテの首を指差した。
「ヴェンタ、配送依頼だ。この娘達を速達でヴォルフガングの診療所へ届けてくれ。
料金はツケで頼む。胴体は探していると伝えてくれ」
「わかっ・・・ 首だけか!? オイオイ!! だいぶ派手にやられちまったな!!」
「ヴェンタねえさま!! お願いね!!」
「任しときなウサちゃんよ!! 40分で届けてやっからさ!! チョロいもんだよ!!」
ヴェンタはアリスからベルタとザロテの首を受け取ると、自慢の鳥足でそれぞれを掴みホバリングする。
輸送機と護衛機のフォーメーションで飛び去ろうとする2羽をフェルが制する。
「待て。ロアンナ、二人に付いて行って援護してくれ。道中にも死にそびれがいる可能性がある。
レイヴェル、城下町に着いたら私の名義でありったけの増援を要請してくれ。タンカーにはまだ近寄らせるな。
まだ何があるか予測できない。状況により吹っ飛ばす可能性もある」
「ふふ、それじゃあミス・ロアンナ、私の背中を貸してあげましょう。お嬢さんなら旅行鞄より余程軽そうだしね」
「やった!! 正直ゾンビの足には応えてたのよ。よろしくねレイヴェル、銃座は任せて!!」
ロアンナはM16を再装填し、お辞儀をするようにしゃがむレイヴェルの背中に乗る。
ふわりと美しく飛び上がり、二羽の黒鳥は木々と同じ高さで夜の森を滑空して闇に消える。
軽く敬礼するようにフェルが会釈し、向き直り残された革の鞄を指差す。
「アリス、君にも届け物だ」
「ギヒヒヒヒ!! 何かしら?」
アリスが大きな革の鞄のジッパーを開く。中には黒光りする鉄塊。
軽々と持ち上げたそれは、3つの円筒状のシリンダーが付いた、恐ろしく巨大な回転式拳銃だった。
「ギャヒヒヒッ!! ジャバウォッキー!! また会ったわね!!」
ジャバウォック20mm。20mm対空機関砲用の砲弾、
20x102mm弾を弾薬として使用する3連発のリボルバー"拳銃"。
グレネードランチャーにしか見えないその化物は、
フェリエッタにより戯れに作り出されたものだ。
重量は15キロを超え、射撃の反動は並の体格なら使用者の肩骨を粉砕する。
その銃をアリスはクマのぬいぐるみのように抱きしめた後、
西部のガンマンのように片手人差し指でクルクルとスピンさせ、
銃のグリップ下部のカラビナで腰のチェーンにぶら下げる。
「アリス、予備の弾も必要になる。バッグにあるはずだ」
「これねにいさま!!」
フェルが言った予備の弾薬は、3発が革のバンダリアベルトに収まっている。
アリスはこちらも同じく対の側の腰に吊るし、全員の武装が完了した。
「・・・オモチャの準備は整いましたか?」
ルルは闇夜の森を眺めながら、タバコの煙を燻らせている。
口に運び一息付くと、何かを企む刃物のような眼光で2匹を振り返る。
「ラフなゲームにも飽きてきましたにゃあ。私に先に行かせてくれませんか?
ご主人様とアリスは道なりに、私は私の道を歩きたい気分ですにゃ。
一人で歩く夜風の森が恋しくなるのですよ、こうも騒がしいと」
「獣には獣道、か」
「にゃふふっ、いかにも」
そう言い残すとルルはタバコを投げ捨て、道から左側の夜の森へと消える。
ゆらゆらと揺れる白い尻尾に結ばれた赤いリボンの残光が、赤い瞳に焼き付いた。
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ネクロランド西南の森沿いにある海岸。
砂浜のすぐ先には木々が生い茂り、砂浜からは長い粗雑な木の桟橋。
その先に巨大な錆びたタンカー船が鎮座している。
付近に建てられた小屋から、次々と茶のローブ達が駆けていく。
「集会場を襲撃した連中はこの船に向かっている!!」
「命に代えても、あの悪魔どもを辿り着かせてはならぬ!!」
口々に叫び20人の部隊が道中で迎撃する為に、
MP18サブマシンガンやM1897ショットガンを手に森へ向かう。
「襲撃者は3人!! 生贄の娘を1人連れ出したそうだ!!」
「全員に神の裁きを下せ!! 正義は我にあり!!」
「10名は道を行き待ち伏せろ!! 残る10名は森を狩り炙れ!!」
この残党の中で最も位の高いであろう茶のローブの指示の通り、
10人は切り開かれた森、露出した土の道を駆け足で進み、
残る10人はそれぞれ木々が残る森の中へと足音を殺し潜り込む。
左手にランタン、右手にMP18短機関銃を握りしめたまだ若い狂信者の男。
M1897ショットガン、"トレンチガン"を手にした同じほどの年代の男と
二人組になり、遠目に炎の赤色が混じる薄紫の霧の森をかき分けていく。
「なあ、悪魔共が教祖様、副司祭様、司祭補佐様まで手にかけたという話だが・・・」
「補佐見習様はご無事だろうか・・・ 我々に先立ち、村で防衛されておられるそうだが」
「この森まで悪魔が来たとなれば、生きてはおられないだろうな・・・」
「裏を返せば、我々が悪魔を一匹でも仕留めれば、昇華の資格を得るということだ」
「おい、不敬だぞ!! だがこの聖戦で、命を投げ出す価値はそれにこそある」
成り上がりの欲を剥き出しに、茶のローブ達が針葉樹とシダを掻き分けて森の奥へと進む。
その時、木々の間からフワリと何かの影が見えた。ランタンを持つ男が手で制す。
また影が覗く。おぼつかぬ足取り、息を切らしスカートを揺らす屍娘のようだった。
「おい、あれは・・・」
「ああ、生贄の娘だ・・・」
ローブの男達は小声で指差す。逃げ出した生贄の娘も、今や"断罪"の対象だ。
"禍の地の三悪魔"と呼ばれる赤目の悪魔、白の悪魔、悪魔の娘に比べ、
生贄の娘は彼らが一度は捕獲し、二人を斬首できた程には弱い。
耳を澄ませる。虫の鳴声や、木々が風に擦れる音に交じり、か細い少女の声が聞こえる。
「・・・っく、ひっく・・・ フェル、ルル、何処にいるの・・・ 痛い・・・」
赤目の悪魔と白の悪魔の名を呼んだ。獲物は傷ついている。足は遅い。
邪悪な笑いを浮かべ、ローブの男たちはあの影が生贄の娘と確信した。
ランタンを吹き消して木陰に置き、両手で短機関銃を握り締め忍び寄る。
その後ろをトレンチガンを手にした男が警戒しつつ追う。
「ぐすっ・・・ 怖いよ・・・ フェル・・・ 早く・・・ 来て・・・」
祭壇上で虚勢を張っていたあの娘も、今や怯えた子鼠のようだ。
短機関銃の男が足元の土を掬う。凝固した血液。この世界の不浄なる者達の血だ。
ガサリ、ガサリ。一歩ずつ確実に、生贄の娘が隠れた木陰へと二人が忍び寄る。
その時、息を呑むような呼吸が聞こえ、犬のように早く荒い息遣いが始まる。
どうやら、獲物はこちらに気づいても既に逃げる力すら無いようだった。
ローブの男達はお互い顔を合わせ、下卑た狂気の笑みを浮かべた。
そして、息遣いがする木陰の後ろ側へ同時に飛び出した!!
血で薄汚れたボロ切れのようなスカートが見えた瞬間。
「断罪ィィィッ!!! 断罪だぁぁぁぁぁーッッッ!!!」
「死ねェェェェェェーーーーーーッ!!!」
ズダダダダダダダダダァッッ!!
ズダァン!! ジャコッ、ズダァァン!!
凝固した血が飛び散り、肉が飛び散り、ボロ切れに穴が穿たれる。
銃火の閃光に、欲と狂気に満ちたローブの下の白い顔が何度も浮かび上がる。
ダラララララララァァァッ!!!
ズダァン!! ジャコッ、ズダァン!! ジャコッ!!
・・・キィィン、カラン。
ぐわんぐわんと森に反響する銃声に最後の譜を打つように、薬莢の音が響く。
土煙と木屑、硝煙と闇霧で視界が遮られる。
ビチャリ。生贄の娘の原型を留めない首が滴るように地に落ち潰れた。
震える手で弾切れの銃を握りしめる短機関銃の男は、それを見て勝利を確信する。
「や・・・やった、やったぞ!! 兄弟よ!! 悪魔を仕留めたぞ!!」
・・・だが、返るはずの返事は虚空に飛び去る。
背後を見るが、そこにトレンチガンを構えた仲間はいない。
ただ苔の生えた地面に、12ゲージの薬莢だけが転がっている。
喜びと疑念が入交じり、この手柄を報告しに行ったのだろうかと考えた、その時。
ぐすっ、ひっく、ぐすっ。
殺したはずの肉塊が、再びすすり泣いた。
ローブの男は一瞬で肝を潰され、背後の死体に向き直る。
反射的にトリガーを引く。カシャリ。ボルトを引き直す。カシャリ。
弾がない事を思い出し、ローブのポケットから予備の弾倉を探る。
ひっく・・・ ぐすっ・・・ うっ、うっ・・・
すすり泣きの声は、どんどん大きく、更に声色が変わっていく。
男の顔から生気が引き、冷や汗を垂れ流し、男は濡れた手で弾倉を取り出す。
ガチッ、ガチッ、銃に弾倉が入らない。憔悴するあまり弾倉の向きを間違える。
ひぐっ、ぐすっ、ひっ、ひひっ、にゃひひひっ、にゃひひひひっ・・・!!!
強気な少女の泣き声は、纏わりつくような甘い掠れ声に変わり、
更にそれが笑い声に変わっていく・・・!!
「あ、ああ・・・ ばっ・・・バケモノッ!! 化物が!! ァァァァッ!!!!」
カチャリッ、カシャッ!!
遂に弾倉を装填し、ボルトを引き戻し、射撃準備を完了したその時。
不意に風が吹き込み、視界を覆っていた土煙と硝煙が晴れた。
そこにあったのは、生贄の少女の死体ではなく。
手足を短く切断され、ローブをスカートの丈で切り取られた仲間の茶のローブ、
狂信者の惨殺死体だった。その骸は、細いワイヤーで木の上から吊り下げられ、
まるで立っているかのように揺れ動いていた。
「・・・っ!?」
男は息を呑み、凍り付く。確信した勝利が崩れ去る。
グラリと何かが視界の隅に動く。弾けるようにそちらに銃口を振り向ける。
目深に被ったローブと無骨な散弾銃のシルエットが浮かぶ。
行動を共にしていた仲間だろう。だが何か違和感がある。
「兄弟、見たか・・・!? この狡猾な悪魔は・・・」
そこまで言いかけた時、彼は違和感の正体を把握した。
ローブの"兄弟"はショットガンを手にしていない。
差し込んだ月明りが照らしたそれは、
ショットガンが顔面を貫通し、その両端を両手で握っていた。
おぞましく抉られた頭からは乱れた歯列とだらりと垂れた舌。
その状態で、立っていた。いや、見ればその両手と首には光るものが巻き付いている。
今まで銃撃していた仲間の残骸と同じように、ワイヤーで木から吊るされている。
まるで操り人形のように。上に何かいる、と男が思った瞬間。
ピチャリ。ピチャリ。
ローブの男が握りしめる銃に、何かの液体が滴り落ちた。
恐怖に身を縛られた男は、震えながら頭上を見た。そこには。
グラリ。
涎を垂らしリボンのような長い舌を覗かせる、
全てを食い殺さんと並ぶ獣の牙を備えた、真っ赤な口腔。
帳のように垂れた真っ白な長髪の中におぞましく輝く、
目が眩む程に光る青色の二つの瞳。
その双眸に浮かぶ月食した月のように底無しの円の瞳孔が、
見るも恐ろしい杭のような縦長に収縮し、耳まで口を裂いて笑う。
「にゃっひひひひ・・・!! 最高に美味しいですにゃあ・・・!!」
ッッッッッッゥァァァァァァァァァッッッッ!!!
男は声にならない叫び声を上げ、銃の引き金を引こうとした。
しかし弾は出ない。カシャリと無情にもボルトが空撃ちする。
男は思わず銃を見る。先ほど装填したはずの弾倉がない!!
すぐ頭上の化物、白の悪魔に視線を向ける・・・
いない。
ただ木々が揺れ動くのみ。幻覚を疑うような光景に脱力し、
荒い息を男が吐いた。ふと目前の先の木の根元には、
抜かれた銃の弾倉が置かれていた。銃に装填する為それに手を伸ばす・・・
その瞬間。
ぬるっ、バリッ。ザクリ。
・・・男の背骨から胸にかけ、生温い感触がゆっくりと、しかし確実に走った。
恐る恐る、自身の胴体を見る。そこには、巨大な彫刻入りの白刃が突き出していた。
「あ・・・ ああ・・・ ああああ・・・ っ・・・!!!」
銃を取り落とし、膝を着き倒れそうになる男の両手を、
狂信者達が白の悪魔と呼ぶ、その真っ白な影はダンスを踊るように握る。
ぐらり、ゆらり、ふわり。
両手を引いては押し、片手で回し、それを潜り抜け。
くるくると弄び、そして悪魔は甘い声で歌い始める。
"月に消える光は 栄華と虚栄の残響"
足から力が抜け、血を吐き痙攣する胸にナイフが刺さったままの男を
白きカルニヴォア、ルルはまるで人形とワルツを踊るように苦しめる。
ゆらり、ゆらりと左右に手を組んで揺すり、くるりと回る。
"子兎獲れぬ獣達は 遠吠えに朽ち逝く"
「アガッ、あっ・・・ ゴボボッ・・・・」
この今に死んでいく男を操り、器用にワルツを躍らせ、
三拍子のペースで、まるで子守歌を歌うかのように優し気に歌うルル。
瞳孔が開き、紫に変色していくその顔をルルは踊りながら覗き込み、
男の口から溢れる鮮血を一口啜り、長い舌で舐め取る。
"救い謳うアルカナ 数字の無いカード"
「ァ・・・ がっ・・・ ゲボッ・・・」
ゆらゆらと左右に男を揺らし、くるりとルルがターンする。
そして男の背後にふわりと回り、突き刺さるナイフの柄を撫でる、瞬間。
ズシャアアッ!!
"ねえ 思い出させて 私が何かを"
ルルは歌い終わり、ゆっくりとスカートをつまみ上げ、丁寧なお辞儀をする。
森の隙間から月が輝き、ルルと男のシルエットが照らし出される。
ルルの右手に握られたナイフの刃が月光に反射し、一滴の雫が滴る。
そして男の首は、お辞儀を返すように頭を垂れた後、
一拍置いてボトリともげ落ち、噴き出した鮮血に月明りが煌いた。
更に差し込んだ月明りに無数の人影が、まるでオーナメントのように照らし出される。
ある者は祈りをささげる姿勢で、しかし首と足が無く。
またある者は獲物に斧を突き立てようとする体制で、無数の鉈が胴体に突き刺さり。
その者から逃げる者は、自らの両足を両手に抱えていた。
煌めくワイヤー吊られたそれらは、
オルゴールに仕掛けられた人形のように、夜風に吹かれくるくると舞い踊る。
その全ての人影達は、ルルが同じように弄び、首や手足をもぎ狩り殺した、
他9人の狂信者達の、恐怖に凍り付いた顔のまま木に吊るされた惨殺死体だった。
月を覆い隠すように、獣の耳と尾を持つドレスの影が両手を広げる。
ワイヤーと同じ色合いで煌めく白銀の長髪がふわりと靡き、
自ら作り上げた「作品」を眺める、白き肉食獣の姿。
幻想的なまでに酸鼻で、凄惨極まるアート。
ひと時の沈黙を聞き入るように風の音を流し、ルルはぽつりと呟いた。
「Tear me... Gently, Fear me... Tenderly.」
(そっと私に泣いて、そして私を優しく恐れて)
この恐怖と静寂こそが、彼女のご馳走だった。
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※この小説は現在未完結で、執筆途中です。
更新がありましたらトップにて告知致します。
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