FORGOTTEN NIGHTMARE



Forgotten Nightmare 2019/11/11
"The Sin-CLARE"


NORMAL MODE







ザクッ・・・ ザクッ・・・深夜2時。この時間にしては嫌に明るい湿気た山中。ここは悪夢の中ではない。何処かの誰かの記憶の中。とても不似合いなリュックサックを背負った黒いドレスの影が一人、これまた不釣り合いな軍用折りたたみスコップで穴を掘る。

「・・・ふう、やっと見つけた。これだな?」

真っ黒な長髪を揺らすドレスの影から発せられたのは男の声。猫のような獣の耳と尻尾。彼の名はフェリエッタ・バリストフィリア。
悪夢の語り部、The Nightmare "悪夢その者"。

「・・・ええ。間違いないわ。」

その背後からは嗄れた少女の声。人の影はない。胴体もない。あるのは・・・首だけだった。金色の頭髪もまばらで、めちゃくちゃなツギハギだけが目立つ歪な頭部。"それ"がリュックサックの中から顔を出して言葉を発していた。充血して歪んだ目玉がギョロリとフェリエッタの掘った穴を見る。






「君の・・・胴体だ。」

その少女の胴体は、穴の中から顔を出していた。手足はなく、切り株には金属製のフタのようなものがボルトで穿たれている。両肩口にはぽっかりと穴が開いて、腹が裂かれている。フェリエッタはそれを子猫でも抱くように持ち上げる。バラバラと何か白いものが落ちる。それは蛆虫の群れ。紫色に腐敗して、線状の傷だらけ。そして所々に掠れた落書きのような文字と矢印がある。

「かなり状態が悪い。本当にこれでいいのか?」

フェリエッタは背後の生首に問う。

「構わないわ。だってそれ、私のだもの。」

少女だったツギハギの生首は、少しだけ微笑んだ。




† † † † †




―遡る事、3日前。


ダァン!!! ダアァン!!!
けたたましい銃声がコンクリートに反響して鼓膜を劈く。

スキンヘッドに白の高価なスーツ、手には自動拳銃、グロック17の大男。時折振り返り片手で雑な射撃を繰り返しては、白い影から必死に逃げる。

タァン、と軽い足音。ふわりと重力を無視して舞う白い影。
瞬間。

グシャッ。グジュリ。

白い影は、その大男の両目に両方の親指を根元まで突き刺していた。

「オグゥウゥゥゥエアッギャアァァァアァァァァ!!!!!」

この世のものとは思えない絶叫を上げる大男。その目を潰した白い影は、耳まで裂けるほどに口を三日月に歪ませて笑う。

「にゃひひっ!!」

彼女はルル・ホワイトハート。
猫のような猫でない、The Carnivore "肉食獣"。
不死、無敵、サイコパス。
だらだらと血と水晶体で濡れて行く手で
男の頭を軽く押すようにして距離を取る。

「アマァ!!! クソがあぁ!!! 畜生!!! あ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ァ゛ア゛!!!」

ダァンダァン!!! ダアァン!!!

声にもならない上擦った罵倒を吐き出しながら、男はグロックを乱射する。しかし盲目となった彼の片腕射撃など当るわけもない。それを知り尽くしたルルは、ただ笑いながら棒立ちで親指の血を舐めている。彼女の背後に弾ける無数の銃弾に、身動ぎひとつせずに。





とうとう覚悟を決めた大男は、跪いて自らのこめかみに銃を当てた。しかし、そのグロックは音一つ立てずにただ力なく引き金を前後させる。銃の上部、スライドが下がりきり銃身が露出し、弾切れを知らせたのに暗闇の男は気付かない。

「クソ・・・殺せ!!! 殺せえええぇエェェェ!!!!」

最後の強がりを見せる大男を見てルルは微笑む。ルルは指の血を舐め取ると、コルセットの中から彫刻入りのコンバットナイフを取り出す。プロペラのようにナイフを器用に回転させ、風切り音を立てる。そして。

「喜んで。」

ザクッッ!!!

一瞬の事。ルルが廻しながらピタリと逆手に構えたナイフで男の首は胴体を離れ、切り株から血も吹かずにコンクリートへと転がった。あまりにも鋭い斬撃で斬られた所為だ。ルルは見慣れたその光景を気にも留めない。

ダッラララララッ!!! ズダアァン!!! ズダン!!! ズダアァン!!!

短機関銃と拳銃の銃声がコンクリートの廊下に響き渡る。音が発せられたのはほんの少し離れた通路の曲がり角の先。その先の部屋で、倒した机を盾にして男2人が必死に銃を乱射している。

「チクショウ!!! 撃て!!! あいつを撃て!!!」

とても小ぶりな真四角の短機関銃、イングラムMAC-10を頭上に掲げるように乱射するのは金髪のオールバックに赤の革コートを着た丸サングラスの初老の男。隣で巨大な自動拳銃、デザートイーグルを必死に撃ちまくる若い白スーツの黒短髪男に檄を飛ばす。射線の先は無数の弾痕が空いた木のドア。そこから黒い袖に握られた、彫刻入りのM1911A1、コルト.45口径。ガバメントが顔を出し火を噴いた。

ダァン!!! ダァン!!!

明後日に向かう男達の銃弾とは裏腹に、その2発は赤コートの男の顔の下数センチのテープルと、白スーツの若い男の左耳数センチに着弾した。思わず射撃を中断しテーブルへと隠れる男二人。ぴたりと右手を伸ばしてドアから入ってきたのは、フェリエッタだ。

ダァン!! ダンダンダァン!!! ダァン!!

ダッララララララララァ!!! ズダァン!!! ズダアァン!!!

テーブルからほんの少し出た男達の頭めがけてフェリエッタは、向かって真横にゆっくりと歩きながら片手でコルト.45を連射する。正確な射撃は男達のすぐ近くへとまとまって大穴を穿つ。必死で頭を下げ、死に物狂いの銃撃をそれに返す男達。コンクリートが弾け飛び白煙を吹き上げる。亜音速の銃弾の群れがフェリエッタのすぐ横を切り裂き続ける。しかしフェリエッタも背後に跳ねる無数の銃弾に意も返さずに歩調を保つ。あの撃ち方では、当たらない事を知っているのだ。7発目の銃弾を撃ち切った瞬間に、歩きながら流れるように弾倉を銃から抜き落とす。

まるで公園のベンチで一休みするような風体でフェリエッタは、向かい合ったソファの影によいしょ、と身を隠す。

ズダン!!! ズダアァン!!! ダッラララララッ!!!

まるで無表情なフェリエッタと真逆の憔悴の表情で男達は銃撃をソファに加え続ける。フェリエッタは飾りスカートの腰のポーチから弾倉を取り出し、コルト.45に装填する。



・・・激しい銃撃戦だ。廊下の向こうでそれを察したルルは、先程切り落とした大男の頭部に目をやる。じわりじわりと血が吹き出し始めた、両目が潰れた頭部。

それをルルはまるでサッカーボールのように廊下の曲がり角へとカーブシュートした。ボコンッ。鈍い音を立てて血を撒き散らす生首はドアへと当たり、空中で反射して男二人が隠れるテーブルの陰へと落下した。

「・・・ヒッ!!!?」
「ア? う、ウワアアァァァァ!!!」

男達は目の前に飛び込んだ、かつての仲間だったグロテスクな頭部に肝を潰され悲鳴を上げる。

「・・・サンキュー、ベイビー。」

その一瞬をフェリエッタは見逃さなかった。ソファの影から立ち上がると、両手でしっかりと一挺のコルト.45を構え、堂々と男達の真正面へと歩みを進める。ふと正気に返り、冷や汗を撒き散らして振り返り仁王立ちのフェリエッタへ銃を向ける男二人―

ダァンダンダァン!!! ダダダアァン!!!

・・・赤コートの男の胸には3つの穴。白スーツの若い男は頭半分が弾け飛んだまま立っている。フェリエッタは一瞬で左右の男へと3発ずつ鉛弾を叩き込んでいた。ドチャリ。バサリ。血を噴き出しながら二つの屍が床へと崩れ落ちる。カシャリ。銃を構えたまま、残り一発になったコルト.45にフェリエッタはまた弾倉を叩き込む。左右を見回し、敵が残っていない事を確認して銃の構えを解く。

「にゃふふっ、どうですかご主人様? 私のPKは?」

ルルがにまにまと笑いながら穴だらけのドアを背後に顔を出す。

「見事なゴールだったよ。ありがとう。お陰で私は無傷だ。」
「にゃっふふふ、どういたしまして。」

血を血で洗う殺し合いの直後。軽い冗談を飛ばしあう二匹の猫のような化物たち。

「今ので心音は最後です。私達5人だけ。」
「よし。出てきてもいいぞ、お姫様達。」

フェリエッタは廊下の先に呼びかける。すると、2つの小さな顔が恐る恐る部屋の中を覗き込んだ。それは二人のまだあどけなさの残る少女。どちらも泣き腫らした顔で、真新しい血痕が目立つぶかぶかのワイシャツを着ていた。彼女らにルルが気さくに手招きする


「ほらほら、貴女達を拷問した奴らの晴れの姿ですよ!! その目に焼き付けて下さいにゃ!! 最高ですから!!」

促されるままに二人の少女達は震えながら部屋に歩みを進める。

「・・・もう一人は?」

フェリエッタは先程射殺した赤スーツの男からイングラムをもぎ取りつつ、少女達に尋ねる。少女達の一人が来た道の廊下の方を指差した。フェリエッタは二重の飾りスカートの中間のガンベルトにイングラムを挟みつつ廊下を見る。

そこにはまるでゾンビのように、頭を垂れてふらふら立ち尽くすボロボロの少女がいた。光を失った瞳、一糸纏わぬ全身に浮かぶ傷跡と注射の痕。フェリエッタは苦虫を噛み潰したような顔をして、足元に転がるルル作の首なし死体から、血で真っ赤に染まった白いスーツのジャケットを強引に剥ぎ取ってその少女に羽織らせる。

「あら、まだそこに立ってましたか。こっちですよ、これを見たら少しは気も晴れますから。」

ルルは少女の手を引いて部屋へと入る。先程ルルがこの首なし男の銃撃を避けなかった理由。この少女の盾になっていたのだ。尤も、不死身の彼女には避ける理由もないのだが・・・



―ここは、とある街から遠く離れた旧工場の廃墟。たった今、殺された3人の男達が少女を攫ってはここで拷問し、その様子を収めたビデオを裏ルートで販売していたのだ。醜悪なサディスト達はそういった物へ金を出し惜しまない。そしてそれを知ったフェリエッタは己が憎悪のままにここへと現れた。人狩りの大義名分を得た凶悪な白きカルニヴォアを連れて。

簡素な犬用の檻に囚われていた少女3人はすぐに救出された。一人は攫われて間も無い。もう一人はまだ正気を保っている。だが、ここで立ち尽くしていた彼女だけは完全に精神を失っている。

そんな少女達を集めたルルは、足元に転がる先程自身が惨殺したスキンヘッドの両目潰れの生首を拾い上げると・・・


「こらあ!! 悪い奴!! ちゃんと皆に謝りなさいですにゃ!!!」
『ゴメンヨ!! ヒドイコトシテ、ゴメンヨ!!』


ルルは生首の切り株に右手を突っ込んで。
・・・腹話術を始めた。

「その程度で心の傷が癒えますか!!! この1等身野朗!!!」

左手で右手の生首の頬を殴る。

『イタイ!!! ゴメンヨ!!! アノヨデハンセイスルヨ!!! ユルシテ!!! ユルシテ!!!』


眼の潰れた眼窩から、涙のように水晶体と血が流れ出ている。オエエッ。攫われて間もない、最も正気の残る少女があまりに酸鼻な腹話術に胃液を吐き散らす。かろうじて正気を保つ少女は、ただ唖然としてそれを眺めている。

「・・・ふふっ。」

笑みを零したのは、完全に身も心も壊れたはずの少女だった。それを見てルルは満足げに芝居にオチを付ける。

「いいですか? もし今度生まれ変わって出てきたらもう一度ぶっ殺してやりますからね? 二度と地獄の底から出てこないように。解りました?」

『ワカッタヨ!!! モウニドトウマレテコナイヨ!!! サヨナラ!!! サヨナラ!!!』

「だそうですよ? ほら、貴女も何かどうぞ」

ルルは壊れた少女にその首を投げ渡す。受け取った少女は、それをまじまじと見つめてうわ言を呟き出す。

「・・・あなた、私のこと何て言ったっけ? 肉便器? 奴隷? ゴミ? くっふふふ・・・!!! その姿見てごらんなさいよ、あ、見えないのかしら? あっははははは!!!」

その少女は高笑いすると、その生首を床にベシャリと叩き付け、何度も踏みつけ始めた。

ルルはフェリエッタに親指を立てる。フェリエッタもそれを返す。

「さあ、行きましょう。道中でここに爆薬を仕掛けました。これがリモコンです。3度レバーを握ればここは消し飛びます。」

「よし、じゃあルルの車で城に帰って、お姫様達と晩餐会にしようか。」


―その時。


「待って!! クレアちゃんは!? クレアちゃんがいないの!!!」

生首をめちゃくちゃに踏んでいたボロボロの少女が、ふと正気に戻ってそれを叫んだ。

「クレア? お友達ですかにゃ?」

「ここで出会ったの!! 私より先に"調教"されてて・・・」

「ここにはもう私達しか生きている者はいませんよ?」

「・・・死んでてもいい、お願い、クレアちゃんを探して!!!」

「・・・だそうですよ、ご主人様。」

ルルの耳は正確だ。2キロ先のエンジン音で車種を聞き分ける。心音が5つしか聞こえないとなれば、もう生きている者はここにはいない。恐らくそのクレアは、もう死んでいるのだろう。だが死体を捜している間に、万一警察や敵の仲間が来れば3人の少女達を守り通せる保証はない。少し考えて、フェリエッタは結論を出した。

「・・・よし、ルル。皆を車に乗せて先にネクロランドへ帰るんだ。私がここに残って探し、クレアを必ず連れて帰る。」

「にゃふふっ、無茶がお好きで。ほら、起爆装置ですよ。渡しておきますにゃ」

ルルは3人の少女を導いて、廃工場の出口へと向かう。そしてフェリエッタはルルに渡された起爆装置を懐にしまうと、少女が踏んでいた生首を蹴飛ばしながら工場奥へと歩を進めた。




† † † † †




ルルと三人の少女達がどこか楽しげに廃工場を去ってから、フェリエッタは1時間ほど内部を探索していた。拷問に使われたであろう性具、少女達の衣服や所持品。男達が使っていた、丁度都合の良さそうなリュックサックに詰めてそれらを引きずって歩く。

「・・・クレアに関する情報はなかったな。」

フェリエッタは工場を出ようと、来た道を思い出そうとする。しかしよく思い出せない。こういうのは苦手だ。懐からメンソールのタバコとトレンチライターを取り出し、一服しながら散らばる薬莢を辿ろうとする。
その時。

「・・・ス・・・テ」

・・・か細い声が聞こえたような気がした。

「どこだ?」

フェリエッタは声のした方に向かう。

「・・・ス・・・ケテ」

確かに少女の声だ。しかし耳に響いているのではない。鼓膜の内側、脳裏に響く霊的な声だ。

「私は敵じゃない、どこにいるか示してくれ」

ぶわああっ。

突然、真冬の吹き曝しのような寒風が吹き込んだ。思わず肘で顔を覆う。その先に見えたのは、首の無い少女の影だった。その影は、ゆっくりと彼女の右側の壁を指差して・・・消えた。悪寒が嘘のように静まり返る。

「・・・ここか。」

ヒュカッ。フェリエッタはコルト.45を抜く。そしてその指差された壁を思い切り蹴飛ばした。バキィ。コンクリートに見えた壁はいとも容易く蹴破られ、軽い音を立てて床へと倒れ伏した。瞬間、噎せ返るような血の臭いが鼻を突く。

「クレア? 君はクレアなのか?」

静まり返った部屋には何の気配もない。フェリエッタはその虚空に問いかける。血だらけの鉄の机。上には血で錆びたチェインソー。医療用とは思えないペンチ、鞭、性具。グチャグチャの肉片が詰まった工業用シュレッダー。

フェリエッタの脳裏には恐怖などない。その嗜虐性は彼の憎悪だけを煮え滾らせる。間違いなく、彼女はここで拷問されて殺された。異常な快楽の為だけに。ちょうど、若い頃の自分を見ているようで―

「タスケテ・・・ 痛イ・・・ 苦シイ・・・」

・・・はっきりと聞こえた。この奥だ。明かりなどはない。トレンチライターに火を付ける。何か光沢のあるものにライターの火が反射して光る。近づいて、傍にあったデスクライトのスイッチを入れる。横には緩衝材入りのダンボール。宛名が書かれていて、一本のビデオテープが添えられている。

「出シテ・・・ 誰カ・・・ タスケテ・・・」

ライターの火が反射した、目の前のものが声を発した。

・・・それは、大きな"瓶詰め"だった。瓶詰め、その中に詰められていたもの。充血した目玉。ピンク色の脳漿。顎の骨。歯。ドロドロに凝固しはじめた赤茶色の血。

フェリエッタはクレアを見つけた。それは砕けた少女の頭部を詰めた、大きな瓶詰めだった。フェリエッタはそれに語りかける。

「君がクレアなのか?」

「アナタ・・・ 誰・・・」

「こういう事をする奴らを憎む者だ。ここで何があったのか教えてくれないか?」

「ビデ・・・ オ・・・」

・・・

"心臓に氷水を注ぎ込んだように"

・・・

"胃液は溶けた鉛のように熱く重く"

・・・

"喉の奥から突き出すは歪な刃のようで"

・・・

グシャッ。グシャッ。グシャッグシャッグシャッ。

・・・何が起きた。フェリエッタは突然起きた状況の変化を整理する。
グシャアッ。
右足で何か踏みつけている。真っ赤に染まった毛髪。まだ熱の残る生臭さ。赤い革のコート。これは先程射殺した男の死体だ。その死体の頭はまるで溶けたアイスクリームのようにグチャグチャに潰れて、その中に右足を突っ込んでいた。右手にはこの男から奪ったイングラム、弾がない。よくよく見れば、床には無数の弾痕が開いている。ちょうどこの死体の頭の周りに。

その時、またフェリエッタの脳裏に声が掠めた。

「・・・っと!!! 何を!!! 何をしてるのあなた!!!」

先程の幽霊そのもののような、正気を失った声とは違う。しかし声はさっきと同じ、クレアのものだ。

「クレア、だよね。私は何をしていたんだ?」

「何をしていたって・・・ した事が解ってないの!?」

「残念ながら少し飛んでいた。」

「その死体を撃ちまくってたのよ!! あのビデオを見た途端突然ここに戻ってきて!!!」

・・・思い出した。

泣き声のクレアに言われるがまま、クレアの瓶詰めの横のテープを再生した。その内容は、クレアを性的に暴行し尽し。手足をチェインソーで切断し。そして、工業用シュレッダーにその頭を突っ込んで殺害した。その全てが記録された「スナッフフィルム」だった。性的暴行は数ヶ月にも及んだようだ。

そのビデオの中でクレアを率先して拷問したのがこの赤コートの男だった。

・・・またか。フェリエッタは溜息をつく。あまりの憎悪で我を忘れ、その男の死体をめちゃくちゃに破壊し始めたのだ。

「ああすまない、これは癖でね」

「癖!? 自分で撃ち殺した人の死体をさらに撃ちまくるのが!? あなたも相当ヤバイわよ!!!こいつらよりも!!!」

「所でクレア、さっきよりも元気そうだ。良かった。」

「あんなキレ方を見たら私の不幸も吹っ飛んだわ!!!」

フェリエッタは歩いて戻りながらクレアの魂と話す。そしてクレアの頭部の瓶詰めを抱え上げた。

「胴体はどこにあるか判るかい?」

「・・・連中が私を一度連れて行った場所があるの。手足を取られて犬扱いされてね。恐らくそこよ。」

「よし、もう200発あいつに撃ちこんで来る。」

「もういいわよ!!! それより、あなた名前は?」

「フェリエッタ・バリストフィリア。フェルでいいよ」

「・・・私を見つけてくれてありがとう。フェル。私はこのままどこかの変態に売られる所だったの。私を殺す所を収めたビデオと一緒にね。」

「そいつも殺す。安心してくれ。」

「もういいわ。それより、私のお葬式をお願いね。この頭だけでいい、せめて人間らしく葬って。」

人間らしく葬れ。その言葉にフェリエッタはにやりと笑みを零す。

「・・・君は、もっと生きたかったんじゃないのかい?」

「今更そんな事聞かないで。一度なくなったものは二度と戻ってこないの、知ってるでしょ?」

「私が君のなくした物のレプリカを作る、と言ったら?」

クレアは動揺する。しかしフェリエッタの眼は本気だった。

「・・・あなた、正気? こんなグチャグチャの肉塊を見て、冗談でも私が蘇るなんて思うの?」

「君が人間である事、人として死ぬ事を捨てさえすれば。」

クレアは少し悩んで、答えた。

「・・・嘘だったら承知しないからね。フェル。」




† † † † †




誰からも忘れられた森を抜けた先。薄紫色の霧と夜闇が覆う悪夢の世界、ネクロランド。その街外れに建つ一軒のネオンだらけの建物。レンガの半地下の階段を通って、リュックサックを背負ったフェリエッタはどう見ても風俗店のその扉を開く。

「あらぁ、フェルチャアン。いらっしゃい! 今日はお怪我? 病気? それとも・・・ イイコト?」

妖艶で中性的な声の主はヴォルフガング。大胆なスリットの入った白衣とチャイナドレスのキメラな衣服。網タイツにハイヒール。紫とピンクのグラデーションの髪。そして、大きなふわふわの尻尾と狼の耳。狼"男"の彼は、悪夢一番の名医。

「ハイラァ、ヴォルフガング。急患を連れてきた。」

フェリエッタはリュックサックからクレアの頭部の入った瓶を見せる。長身を前かがみにして、ヴォルフガングはそれを凝視する。

「・・・"素材"じゃないわよねぇ。ニイハオ!! 可愛ィ子ちゃあん?」

「瓶入りのグチャグチャに話しかけるなんて、あなたも相当イカれてると見るわ・・・」

「やっぱり返事したわぁ!! うっふふふ!! 私はお医者さん兼、夜のオネエさんのヴォルフガングよ。お名前は? 患者さぁん?」

「私はクレア。身売りされて頭をシュレッダーに突っ込まれたの。」

「あらぁ!! 随分と不運なのね・・・うふ!! 私、お可哀想な女の子を見ると興奮・・・ううん、ほっとけないのよ!!」

「あなたも連中の同類かしら・・・フェル、大丈夫なのこいつ?」

瓶の中のクレアの目玉がフェリエッタを睨み付ける。

「ああ、心配ない。今まで何人も君のような者を治してきた。」

「治すって・・・ 冗談やめてよね。大体どんな怪物だってここまでグチャグチャにされたら・・・」

クレアが言い切る前にヒョイ、とヴォルフガングは瓶を持ち上げる。

「うっふふふぅ、私の腕を疑ってるみたいねぇ。・・・いいわ、体で解らせてあ、げ、る。」

「あなた私が見た中で一番胡散臭いわよ、ヴォルフガングさん」


そう言うと、ヴォルフガングはフェリエッタに投げキッスをしてクレアの瓶を持ち、手術室へと消えていく。蓄音機からは何やら中国語のムーディな歌謡曲。



―5、6曲もそれらが流れ終えただろうか。手術室を出てきたしたり顔のヴォルフガングの両手には、歪ながらも完璧にツギハギ合わされ、一つの頭としての姿を取り戻したクレアの頭部があった。




† † † † †




・・・その3日後。性的拷問の傷跡生々しいクレアの胴体を回収したフェリエッタとクレアは、またヴォルフガングの診療所に来ていた。

「フェルちゃあん、カクテルが足りないんだけど・・・」

「私のを使うといい。」

そう言うと、フェリエッタは自分の左腕を差し出す。そこからヴォルフガングは注射器2本分の血液を抜いて、それをクレアの胴体に注射していく。ムーディな歌謡曲が蓄音機から流れる、アロマの漂う淫靡な雰囲気の部屋。ヴォルフガングは鼻歌交じりに古びた巨大な冷蔵庫の扉を開ける。そこには大小様々な臓器が冷蔵保管されていた。

「・・・んー、似合うのはこれね。綺麗なピンクよ」

持ち出したのは人間の腸。そして胃。裂かれてがらんどうになったクレアの胴体に慣れた手つきで繋ぎ、詰めていく。それをテーブルの上の小さな座布団の上からクレアは眼を丸くして見ている。みるみるボロボロだった胴体が腐敗色から土気色まで戻る。

「所でどんな手足をお望み? 元に近いやつ? それとももっと可愛いやつ?」

「・・・本当名医なのねあなた。変態なのが勿体無いわ。」

「よく言われるわぁ。うふふ、でも完璧な存在なんかいないのよ。これくらい変態でちょうどバランスが取れるってワケ。」

「・・・そこ、切り取れる? そこの文字。」

クレアが示したのは首元の文字。焼印で"肉便器"と押された痕だ。

「あらぁ、私ったら。すぐに剥がすわ。新しい皮膚を貼るからちょっと色がズレるわよ、いい?」

「その焼き痕を見るよりもずっといいから、やって。あいつらよりもあなたの事を思い出すから。」

「うっふふふ!!! 嬉しい事言ってくれるわね!!」

言っている間に、指に挟んだメスでもうその文字を切り取っている。ヴォルフガングがゴミ箱にその焼き痕を捨てようとするのをフェリエッタが手で制した。

「・・・それは私が取っておく。」

「なぁに? あなたもヤツらと同じご趣味だった?」

「これに関わった連中のトップの額に、それを縫い付けてやる」

「うっふふふ、そうだったわね、フェルちゃんは復讐にご熱心。」


それを聞いて、クレアは何か決心して口を開いた。


「・・・ヴォルフガング。手足の事なんだけど。」

「決まった? 猫ちゃんのとかクマちゃんのもあるわよ」

「どんな醜くてもいいから、一番強いやつを付けて頂戴。奴らに私も復讐したいの。」

「あらら、フェルちゃんの血のせいね。この"娘"の血には凶暴性を増幅させる副作用が確認されてるわ。先に中和できる血を注射した方がいいかもしれないわねぇ。」

「私は本気よ。奴らを握りつぶしてやりたい。フェルみたいに奴らの頭を踏み潰したい。それができる手足を、頂戴。」

ヴォルフガングは少し悩んで、閃いたように手術室の奥の部屋へと消える。血を抜かれて青い顔のフェリエッタはパチパチと拍手をした。

「・・・素晴らしい決意だ。心からの敬意を示すよ。」

「あなたの血のせいらしいわよ? その責任は取ってね」

「勿論。」

カラン、とドアが音を立てた。ヴォルフガングが戻ってきた。

「・・・今うちにある最強はこれよ。サイズも合うはず。」

その両手には、真っ赤な筋肉丸出しの皮膚の無い三本爪の腕と、同じく強靭な逆関節の三本爪の脚が握られていた。

「昔フェルちゃんとルルちゃんが狩り取った、"向こう"の生物兵器の手足よ。腕力は1トン近く、脚力はダッシュで60キロは出る。自己再生に防弾。車で轢いても骨も折れないわ。・・・どう?」

クレアはツギハギだらけの歪な顔に、満面の笑みを浮かべた。







† † † † †




その翌日。

フェリエッタやルル達の根城、キャッスル・ルシッドヴァイン。"Lucid-vine"、ルシッドドリームのツタを意味している。

162号室。そこには付けたての手足を揃えたクレアがいた。濃い緑の真新しいドレスに真紅のコルセット。その後ろにはルル。クレアのコルセットの紐を縛る。

「・・・どうです? キツくありません?」

「大丈夫よ、ありがと、ルルさん。」

「にゃふふっ、エンディ特注のドレスですにゃ。蜘蛛娘の糸で織り上げた一品もの。品質は向こうでも最高級、おまけに難燃防刃に耐弾。丈夫さはそこらのケブラーベストを超えます。戦場でも通用するドレスコードです。」

「軽いのにとんでもない代物ね・・・」

「そしてこのコルセットは私からです。至近距離での突き、斬りはもちろん。中距離からの流れ弾を受け流して防ぎますよ。私のコレと同じです。良くできてますでしょう? 私の自信作ですにゃ。」

「ちょっと、ここの夕食会って戦場なの!?」

「にゃっふふふ、ある意味では」

ドレスの着付けを済ませ、クレアはつい鏡の前でくるりと舞う。ドレスのスカートの裾がふわりと円を描く。

・・・まさか、死後にこんな幸福があろうとは。クレアは今までの経緯を思い返す。

理由は思い出せないが、両親に二束三文で奴隷商に売られた。そこでは毎日のように汚れた男や女達に玩具として扱われた。2ヶ月ほど経ったある日、手足をチェインソーで切断された。その傷口にはボルトで鎖で吊るすフックを穿たれた。痛みと被虐の日々。どれだけ死を願ったか解らない。そして、そんな"サンドバッグ"扱いが3ヶ月程過ぎたある日に。笑顔を強制されながら、クレアは自ら工業用シュレッダーに頭を突っ込んだ。

「・・・おや、眼に炎が見えますよ? さてはクレアさん、何か思い返してましたにゃ?」

突然のルルの図星の言葉にクレアは我に帰る。

「ど、どうして解ったの」

「その眉間に力を入れて歯を噛み締める顔、ご主人様がキレる前の顔にそっくりですから。ご主人様の血の副作用ですかにゃあ? にゃっふふふ!!!」

やはりこの猫のような化物、只者ではない。何もかもを見透かされて、先までも読まれている。少し警戒するクレアの肩をルルが軽く叩いて言う。

「まあまあ。その憎悪は後日のイベントまで暖めておいて下さいにゃ。今晩は祝賀会です、あなたのですよ。クレアさん。」

クレアは再び、鏡の自分を見やる。綺麗なドレスにコルセット、それを着るのは歪にツギハギされた醜い顔。化物そのものな手足。

見た目の可愛らしさを道具にされた過去からは決別できる。しかし、その姿は紛れも無くバケモノだった。




† † † † †




古ぼけた灰と埃の色合いの、巨大なダイニングホールに大勢の屍者と化物達の声が賑やかに響き渡る。どこか物悲しげに流れ出すワルツ。そのヴァイオリンを弾く奏者は地に足を着けない。シャンデリアの脇、蜘蛛の巣に張り付く蜘蛛娘エンデューラ。クレアのドレスを仕立てた凄腕の仕立て屋にして、時々ヴァイオリン奏者。今日はこの晩餐会に自らやって来た。

その眼下。異様なまでに長いダイニングテーブル。その先端のひときわ豪勢な椅子に座るのは、今日の主役のクレアだ。

脇でフェリエッタが祝辞を唱え始める。

「親愛なる命なき者達よ、人でなき者達よ。今日という日を称えよう。新たなる者の選択を称えよう。ようこそ我等が悪夢へと。生きた時間に失った幸福と希望を、我等が紡ぐ事をここに誓おう。ようこそクレア。新たなる姫君よ。」

盛大な拍手が巻き起こる。幼い屍者の娘が薔薇の花束をクレアへ渡す。クレアは言葉に詰まる。あまりの待遇に現実感がない。

「あ・・・えっと・・・ありがと、みんな。その・・・これ・・・現実よね?」

「現実かどうかは私にも解らない。ただ一つ言えるのは、現実は幾多の見る世界の一つに過ぎないという事さ。君が死したと見る者もいるだろう。しかし同時に、ここでこれだけの者が君の再誕を祝福している。」

「そう・・・ 信じて、いいのよね」

「ああ。」

死んだ時間は優雅に、ゆるやかに流れていく。

「では、新たなる生と死に、乾杯。」

死者と、化物達の晩餐会。少し速いジャズピアノの音。巨大なグランドピアノでそれを弾くのはルルだ。負けじとエンデューラのヴァイオリンが旋律を乗せる。

豪勢なるビュッフェ。ありったけのご馳走。
「ムカデと毒キノコの蒸し焼き」
「悪人のオリジナルレッド煮込み」
「熟成乾電池」
よくよく見れば、とんでもないメニューも混ざっている。

くるくるとワルツに乗ってドレスをはためかせる屍者と化物。

・・・今までの"悪夢"の全てが嘘のようだ。クレアは此処に来て、初めて幸せを感じる。それに混じる一抹の不安。

これが夢ならば、いつか覚めてしまうのではと。もしも目覚めたら、どこまでが甘い悪夢なのだろうかと。死に際の走馬灯なのか。まだ監禁されているのか。それともこの不幸極まる人生自体が全て夢なのだろうか。

「あの・・・初めまして、クレアちゃん」

ふと、自分と同じかそれよりも若い少女の声がした。そこにいたのは、肌が緑色に腐敗した猫の耳を持つ屍娘と、同じく猫の耳に尻尾、全身が紫色の死斑の屍娘。

「あ・・・初めまして。あなたは?」

「あっ、ごめんなさい、エミルです。隣は私の姉のミミル。」
「ミミルです。初めましてだから挨拶にと思って・・・」

「ふふ・・・ こんな顔でも良ければよろしくね。」

無意識に潰れた自身の顔の話が口から零れた。そういえば、髪もまばらで右眼の瞼もなく、どことなく爬虫類のような風貌となったクレアの姿に誰一人少しも怯えてはいなかった。

「いえいえ、こちらこそ。腐乱死体で良ければお力になります。」
「よろしくね! クレアちゃん! 欲しいものがあったら言ってね! 私達、この悪夢で10年もガラクタ集めをしてるのよ! 何でも拾ってきてあげるからね!」

「10年・・・!?」

クレアは驚愕と、微かな安堵を感じる。10年もここに居る先客。それも自身よりもだいぶ、弱そうな姉妹。自身もそれと同じだけここに居られるのだろうか。悲観の闇に僅かに希望の光が見えた。




† † † † †




・・・宴は中盤に差し掛かる。豪勢なディナーを化物達が各々楽しんでいる。ワルツを演奏していたルルとエンデューラはワインに酔ったのか、二人蜘蛛の糸でぶら下がりながら空中で訳の解らない戯れをしている。

クレアも食事を楽しんでいた。サラダに、スープに。その隣ではフェリエッタが愛銃を布で磨きながら屍者達と下らない話をしている。

「ハイヨー♪ 客人様にご注文のデス・デイケーキですよー♪」

その時、屍者達をかき分けて、小さなウサギ耳の屍者が巨大なケーキを持ってきた。切りそろえたボブカットに紫色の髪、顔と全身に左右対称のツギハギ。右手は肘から先がない骨で、そこにフライ返しをテープか何かで巻き付けている。フェリエッタが小さく手を上げて示す。

「サンキュー、ガロッタ。ケーキは彼女、クレアの祝いだ。そこに置いてくれ」

「アイサー♪」

ガロッタと呼ばれたウサギ耳の屍者はクレアの目の前にその巨大なケーキを置く。美味しそうなトマトソースの香りとは裏腹に、それは見るにもおぞましいものだった。

はみ出した見覚えのある人間の腕。突き刺されたナイフとフォーク。そして天辺で睨み付けるのは・・・

「・・・これ、アイツよね」

・・・生前クレアを拷問していた、スキンヘッドの大男の頭だった。その脇には頭半分が欠損した顎だけの頭が二つ。クレアが呆気にとられていると、そこにルルが白ワインの瓶片手にふらふらとやってきた。

「んにゃっひゃひゃひゃ!! どうです? クレアさん!! あの後ご主人様があんまり遅いから、起爆がてらに拾ってきたんですにゃ!! これはこの国の祝いの料理なんですよ、自分を苦しめた人間を狩り殺した時の祝い!! そして死という新たなる生へにょにゃぁあぁ
い!! にゃっひゃひゃひゃひゃ!!」

・・・随分酔っているのか、瓶をぐるぐる廻しながら呂律は回っていない。そしてルルはケーキから腕を一本引き抜いて、まるでフライドチキンでも齧るように食べ始めた。横でフェリエッタが意にも返さずナイフとフォークを取る。

「これは美味しいぞ。トマトで煮込んである。火は十分に通してあるから人間でも食べられる。無理にとは言わないがね、これは見た目が重要なのさ。こいつらは死んだ。それを祝う料理。憎悪や黒い想いを見て忘れ、それを食べて力にする。さあ、どうだい?」

フェリエッタは悪人の頭の頬の肉を丁寧に取り分けると、小皿に乗せてクレアに振舞った。その見た目は十分に食べられそうではある。意を決して、クレアはそれを一口。

「・・・悔しいけど、すごく美味しいわ」

「屍者になると人が美味く感じるようになる。私はそうではないが食べるけどね。頬肉は特に美味い。人間でもそう感じる。」

フェリエッタは悪人の頭の肉を当たり前のように切り分けて食べている。その時、屍者達をかき分けて、黄色と茶色の髪の少女がテーブルに飛びついてきた。

「デス・デイケーキぃぃ!!! ギッヒヒヒ!!! にいさま!!! 私にも頂戴!!!」

銀色に光るギザギザのノコギリ歯。顔の左半分は青眼の金髪少女。その右半分に縫い付けられたのは、死んだ茶色の巨大なウサギの頭部。

「ああアリス。きっと2人じゃ多いから丁度いい。いいかな、クレア。この子は娘代わりのアリスだ。アリス、彼女はクレアだ。」

「あ・・・も、勿論。こんにちは、アリスちゃん」

「ギヒヒィ!! ありがと、クレアねえさま!!」

言うと、アリスはいきなり顎だけの頭部二つを抱えて骨ごとバリバリと齧り始めた。まるで林檎でもまる齧りするようだ。恐らく恐ろしい光景なのだが、生前の性的拷問で精神が掠れたクレアにはその光景も普通に受け入れられた。美味しそうに頭を齧るアリスを
見てフェリエッタがクレアに言う。

「・・・アリスは元々生物兵器だった。それも失敗作で廃棄されたんだ。最初は言葉もまともに話せなかったが、我々といるうちにこんなに心を開くようになった。どんな境遇も御伽噺になる。それがこの悪夢なんだ。」

「・・・私も、そうなれるかしら。」

「勿論。この悪夢に悲劇はないよ。考え方にもよるけどね。」

クレアはツギハギの頬に、頬肉を頬張る。こうなった原因を、喰って消化している。不思議と憎悪は晴れていく気がした。同時に、何かを失っていく自分への恐怖も感じた。




† † † † †




「ヒイッ!!」

その人間の少女は、小さく悲鳴を上げた。

「く・・・クレアちゃん、よね?」

クレアは人間を喰いながら声のした方を見る。そこには、あの廃工場で共に囚われ、拷問されていた少女達3人がいた。何れも傷は治療され、美しいドレスを着て貴族のような身なりだ。痣や蝋燭、体液と泥まみれの姿しか互いに知らない。クレアもその優美な姿に驚きを隠せない。

「みんな・・・無事だったのね!!! 良かった。そんなに綺麗だったんだ・・・」

「うん・・・ と、ところでクレアちゃん、大丈夫?」

廃工場でクレアの身を案じていた、クレアの次に手足を取られ、殺されるはずだった少女が言う。

「大丈夫・・・ なわけないかもね。一応死んでるもの。心臓は全然動いてないそうよ。それにこの縫い傷。左目が閉じないのよ。瞼がないんだって。」



「その手足は・・・?」

「これ? ふふ、私が選んだのよ。あいつらみたいな奴らからみんなを守りたくてね。カエルかトカゲみたいだけど、強いらしいわ。」

「痛くないの?」

「え? あ、そういえば・・・ どこも痛くないわ。フェル、何故かわかる?」

話を振られたフェリエッタは、いつのまにか半分眠っている。眠そうに眼を開けて大きく伸びてあくびをする。その姿は猫そのものだ。

「んんん・・・ それは屍者として蘇った副作用の一つ。一度死ぬと、痛覚や神経が一番先にダメになる。ヴォルフガングならそれも治せるはずなんだが、あえて治さない。処置の痛みを考えてね。」

・・・クレアは少々黙り込む。3人の少女達は明らかにクレアの容姿に怯えていた。そして、もう痛みすら感じない身体であること。

いよいよ化物になってしまった。クレアは痛感する。その沈黙を割って入るように、ガロッタの声がした。

「あー人間様人間様ー♪ やっと見つけましたー♪ 生者グレードのチキンステーキとシーザーサラダ、ハンバーグステーキですよー♪」

ガロッタは立っていた3人の少女の前の空のテーブルの席に料理を置いて行く。ウインクして妙な挨拶をして去っていく。フェリエッタは少女達に着席を促す。

「その料理は"人間様"向けのものだ。向こうの基準を一応クリアしてある。食べても死なないよ。復讐のように、熱いうちに食べるのをお勧めしたいね。」

高級料理店のような3皿。食欲を削がれる料理ばかり見ていた少女達には願っても無いごちそうだった。誘惑に負けて、クレアの隣の席に少女達は座る。それを見てクレアは。

「・・・フェル、私もあっちがいい。」

「あっち?」

「料理よ!!! 人間よりもハンバーグ食べたいの!!!」

「ああ解った。おーい、ガロッタ!!! 注文追加!!!」

ガロッタはウサギの両耳をピンと立て、くるりと踵を返して戻ってくる。

「あいあいー、ご注文はー?」

「ハンバーグステーキもう一つ、それと、クレア、他に何か?」

「・・・メロンソーダ!! 人間のやつね!!」

「アイサー♪」

注文をとるガロッタのウサギの耳を見たアリスが、デス・デイケーキを殆ど平らげてガロッタに手を振る。ガロッタもそれに骨剥き出しのほうの手を振り返す。

「ガロッタねえさま!!! チョコパフェ!!! 花瓶サイズ!!! おねがい!!!」

「アイアイサー♪ アリスちゃーん♪」

この二人、とても仲が良さそうだ。

少し待って、熱々のハンバーグステーキとメロンソーダをガロッタが持ってきた。

3人の少女達と、他愛も無い話をしながら会食を楽しむ。お揃いの料理は、生前味わった事のない味だった。

あの少女達も、自分と同じようにここで救われた。助かったんだ。掠れた心が熱くなって来た。自分は随分醜くなったけど、やっと幸せにありつけたのかもしれない。

数分後、巨大な花瓶いっぱいのチョコレートパフェを屍娘2人がかりでかついで来てアリスへ持ってきた。大きさ1.5メートル、重さ20キログラム。

それをアリスは2分で飲み干した。




† † † † †




―宴の後。時刻は10時を回った頃。クレアは幸せな気分で自室、162号室にいた。窓の外ではコウモリの群れと、有翼の化物達が舞っている。

なんと心地よい世界だろうか。身体を取り戻し、心まで取り戻そうとしている。クレアはこの感謝を伝えたくなった。

「・・・正面入り口から見て左端、最上階よね。」

フェルの部屋。今ならきっとまだ起きているだろう。

廊下を出て歩を進める。化物の脚に靴は必要ない。柔らかな絨毯の感触が伝わってくる。

「ハイラァ、クレア!!」

「こんばんは・・・」

廊下をふらふらと歩く屍娘と挨拶をかわす。螺旋階段をひたすら上り、12階。その左側の通路を行く。ドアを開け放った部屋がある。ガラクタの山が見える。中では先程の晩餐会で会った姉妹の屍娘、エミルとミミルがその山で眠りこけている。

"FELIETTA BALLISTPHILIA"

この部屋だろう。ノックをしようとする前にドアが開いた。

「あら、やっぱりクレアさんですかにゃ。どうされました?」

出てきたのはルルだった。先程の酔い方が嘘のように冷静な表情。どうやら足音で見抜かれていたようだ。

「ああ、ごめんなさいルルさん。ちょっとフェルさんに感謝を伝えたくて・・・」

「にゃふふっ、モテますねぇご主人様は。どうぞ。中に居ますから。」

ルルに招かれてクレアは部屋に入る。赤い絨毯、黒い壁紙、真鋳のシャンデリア。フェリエッタは、何やら地図を机に広げて考えていた。横にはどこかのビルのフロア案内パンフレット。火薬の匂い。ドレッサーの前には銃が3挺。壁にも銃が何挺かかけられている


「こんばんは、フェル。」

「ハイラァ、クレア。・・・不眠症かい?」

「いいえ別に。ただ、感謝を言いに来たの。」

「ありがとう。でも礼を言わなければならないのは私の方だ。」

「どういう事?」

「私は正義や善悪に興味はない。単純に、純粋な者の命を穢すモノが許せない私の復讐だ。でも君は"助かってくれた"。私はまだ生き足りないと思う者しか蘇らす事ができない。だから、君のその決意に感謝させてほしい。」

「・・・ありがと、フェリエッタ。」

微笑む二人に眉間にしわを寄せたルルが割って入る。

「所でご主人様、その馬鹿げた計画の気は変わりました?」

「いや、このプランで行きたい。時間がないはずだ。これ以外ではうまくいかない。」

「真正面から行ってブッ放すのがプランだと? 脳タリンにも程がないですか?」

何やら計画を話し合っていたらしい。クレアは乗らずにはいられなかった。

「ねえ、その話、私に手伝える事はある?」

「・・・丁度いい、クレア、今我々は君のビデオを売ろうとした連中の本拠地に乗り込もうとしている。昨日、ルルが場所を突き止めた。君のいた世界、とある郊外のビルだ。最上階に黒幕がいる。」

「・・・殺すの?」

「ああ。一人残らずだ。ルルの車で突入し、私とアリスが抵抗者を始末する。その隙にルルが黒幕を追いかけ、狩る。」

「何人くらい奴らがいるの?」

「恐らく抵抗者は30から50、100の可能性もある。」

「3対100!? 自殺行為じゃないの!?」

「何度も未遂してるさ。いつもの事。」

肩をすくめながら、ルルは呆れた顔でビルの図面をトントン指差す。

「ご主人様ぁ、クレアの言うとおり自殺行為なんですよ。まず私が単独でここの通気口から侵入しますから、ご主人様は適当な場所で待機してくださいにゃ。警報システムと火災報知機を誤作動させ、避難しようと出てきた所をご主人様が皆殺し。それで良いじゃないですか。もし私が見つかったら合図をしますから。あの歩行型暴発核弾頭娘は必要ないですって。頭を使って殺しをしましょうよ・・・」

「・・・こいつらに眼にモノ見せたいんだ。迫り来る死の恐怖で溺死させてやりたい。真正面は譲りたくない。」

「にゃあぁ、ご主人様は本当バカですにゃあ。仕方ありません。それで行きましょう。車の修理代はツケですよ、ツケ。」

「ありがとう。・・・そういう話だ。クレア、乗るかい?」

恩返しのチャンスでもある。そして、自分を貶めた連中への復讐のチャンス。クレアに迷いなどなかった。

「私は戦った事なんかないわ。ド素人よ。人なんかなともに殴った事もないの。それでも良いのなら、ご一緒するわ」

「Deal.(取引成立。)」

「所で、出発はいつ? 出来れば私も準備や練習を・・・」

その時、物凄い勢いで廊下を走る音が聞こえたかと思うと、フェリエッタの部屋のドアが外れる寸前の音を立て開いた。

「にいさまーっ!!! 頼まれたもの、持ってきたわよーっ!!」

そこにいたのはアリス。両手で抱えた巨大なバッグには、大量の銃器と弾薬、そして榴弾発射機や高性能爆薬が詰められていた。フェリエッタが親指を立てる。

「ナイス、アリス。サンキュー。これで準備ができた。決行は5分後だ。今からルルの車に乗っていく。」

フェリエッタはくるりと廻ってドレスの裾をはためかせると、ダンスの前のように、わざとらしくお辞儀をしてクレア手を差し出した。

「・・・Shall We?」





† † † † †




「・・・穢れた刃は〜♪ 私の心よ〜♪ 憔悴は♪ ジャズワルツに乗せ味〜わって〜♪」

深夜12時。200キロ近いスピードで子猫のような小型車が山間の道路を激走する。青に白のストライプ二本。改造されたミニ・クーパー。年代モノのカセットプレイヤー。流れるジャズワルツを外れた調子で歌うのは、片手でハンドルを握るルル。

「アリス、Take your Beats!!」

「ギヒッ!! らぁ〜だだったったっらぁだったっ♪ だだっらったったったっらぁだったぁ♪」

「ナイススキャット!!」

「ギッヒヒヒ!!」

隣の助手席ではアリスが脚をぶらぶらさせながら、ルルと共にカセットから流れるジャズワルツを歌っている。狭い後部座席には、フェリエッタとクレア。カチャカチャと音を立てて銃を準備している。

「・・・いいかいクレア、この子はデザート・イーグルだ。7連発、.50口径。普通はレディに渡す銃じゃないが、君の素敵な腕にはぴったり似合うはずだ。恐らくトリガー・ガードが小さいから大きめに作り直してきた。」

そう言って、フェリエッタはクレアに銃を渡す。フェリエッタがクレアを拷問した三人から奪った銃の一つだった。三角形の銃口。黒光りするスライド。巨大な拳銃は引き金を囲む部分のみ銀色で、大きく作り直され一面に彫刻が彫り込まれている。よく見れ
ば、"CLARE"と名前が彫られている。嗜虐者の銃は、淑女の銃に姿を変えていた。


「・・・ええと、どうやって撃つの?」

「まずここが安全装置だ。最初にこれを上げておく。次に、銃の後ろを引ききって離す。これで銃身に弾が入る。あとは引き金を引くだけ。簡単だよ。」

「解ったわ・・・」

「ドレスのコルセット、背中の方にしまっておくといい。君の手足は防弾だ。コトが始まったら、まずは腕で顔を覆って適当な物陰に隠れるんだ。それからその子を出して、ゆっくり狙って撃つといい。狙うときは少し下、腰の辺りを狙うといい。次は弾の補充を教えよう・・・」

真剣な面持ちで銃の指南を受けるクレアとは真逆に楽しそうなルルとアリス。

「ねえさまねえさま!! 今日は歩くビスケット、食べていいの?」

「にゃふふ、デザートタイムですから。ビルにいる者全員がおやつですよ。」

「ギッヒヒヒヒャアア!!! たのしみね!!!」

一通り銃の操作を教わり、予備の弾倉2つをフェリエッタから受け取るクレア。緊張していて車に酔ってきた。

「ルルさん、今から人殺しに行くんでしょ? よくそんなに楽しそうでいられるわね・・・」

「にゃ? 車酔いですか? 鉄砲なんかまじまじと見つめるからですよ。あなたの手足なら、銃なんか必要ありませんって。真っ直ぐに獲物に走りよって、思い切りその腕を振り下ろすんですにゃ。一発ですよ一発。躊躇と力加減を捨てる事です。大丈夫、躊躇するのは最初の一匹だけですから。後は楽しくなりますよ!! にゃひひ!!」

「クレアねえさま!! わたしと一緒にやりましょうね!!! ギヒヒヒヒ!!!」

・・・景色が明るくなってきた。立ち入り禁止の看板とフェンスが前方に見える。ルルがシフトを入れ、さらにアクセルを踏み込む。

「さあ!! 来ましたよ!! ショータイムですにゃ!!」

ガシャアァアァン!!!

そのままの勢いで、ルルの改造ミニはフェンスをなぎ倒した。ビルまでの距離はかなりある。鳴り響く警報、サーチライトが点灯する。目の前の左右の監視塔に、アサルトライフルを持った影が2つ。

「・・・随分早いですね、撃って来ますよご主人様!! さあ、どう出ます?」

フェリエッタは手回し式の後部座席の窓を開ける。足元のバッグからイングラムMAC10を取り出し、窓から身を乗り出して窓枠に肘を乗せワイヤー式の肩当て、ストックを伸ばして両手で銃を構える。毎分一千発の弾丸を吐き出す、短機関銃だ。

「・・・揺らすなよ!!!」

ダラララララッ!!! ダララララッ!!!

フェリエッタは指きり射撃を2回。銃弾達は左右の影をめちゃくちゃに撃ちぬいた。力なく監視塔から落下する人影2つ。

いよいよ戦いの火蓋が切って落とされた。けたたましく鳴る警報。右から左から、銃を持ったスーツの男達が飛び出してくる。

ダララララッ!!! ダララッ!!

フェリエッタは的確な射撃を男達に激走する車から当てていく。一人、また一人。無数の.45口径弾に穿たれて鉢の巣に変わり果てる。

ドゥラダダダダッ!!! ダァンダァンダァン!!!

敵の銃撃が始まった。車の進路を塞ぐように一列に立ちはだかる。ヒュカアァッ。ルルは運転しながら片手でコルセットから銀の小型の.32口径拳銃、コルトM1903を抜く。手回し式の窓を開け、銃だけを出し射撃した。

ダァン!! ダァンダァン!!!

"TEMPESTA .32"と刻印されたその銃が火を噴く。

ヂュイン!! ダカカッ!!!

敵の銃撃が車へヒットした。しかし銃弾はフロントガラスに小さなヒビを残すのみ。この車は完全防弾だ。

ダダダダダダッ!!! ダァンダァン!!!

激しい敵の一斉射撃。敵の防衛線に車は真っ直ぐに突っ込んでいく。

ダカカカッ!!! ギィィン!!! バリッ!!!

次々と弾丸が車に命中し火花を吹き上げる。しかし車の勢いは全く衰えない。

「ご主人様!! 揺れますよ!!」

フェルが銃の引き金から指を離し、車内に頭を滑り込ませる。ルルは120キロ程のスピードで男達の壁に車を突っ込ませた。フロントライトに照らされた、二人の男の絶叫がこだまする。

ドダァァン!!! ドンッ!!! グシャアアッ!!!

一人は腰が逆方向に捻じ曲がり天高く撥ね上げられ、もう一人は車の下に巻き込まれてグチャグチャに轢き殺された。ルルはフロントガラスの返り血をワイパーで拭う。

「やっほーーー!!! ギッヒャヒャヒャヒャアァァァ!!!」

ルルの隣のアリスはジェットコースターでも楽しむようなはしゃぎ方。クレアはただ頭を両手で守って伏せる事しかできなかった。すかさずフェリエッタは窓から顔を出し、逃げた男達の背中にさらに銃弾を浴びせる。

ビルの正面玄関まではあと少しだ。フェリエッタは座りなおすと、空になったイングラムの弾倉を抜き捨てて、先程よりも長い弾倉を叩き込んでボルトを引く。ルルはビルの正面ホールの中に、多数のスーツの男をがいるのを見つけた。

「ご主人様、中に山ほどいます!!!」

「舞踏会の最中かな!!!」

「にゃははっ!!! それでは"踊り"ますか!!!」

「いいか、1、2でターンだ!!!」

「ラァァイ!!!」

車は勢いを殺さず、ビル正面の階段を駆け上る。そして勢いで大きくジャンプした。

瞬間。

バッシャアァァァアァーーーーンンッ!!!

正面玄関のガラス扉を粉々にぶち破り、子猫のようなミニ・クーパーは広大なホールへ飛び込む。

キラキラと飛び散ったガラスが光と闇に反射する。

「1・・・」

フェリエッタがカウントする。イングラムのワイヤーストックを折りたたむ。祈るように、銃を抱えて目をつぶる。

「2!!! 今だ!!!」

ドダアァアァン!!!
車は大きな衝撃を受けながら着地した。瞬間、ルルはハンドルを思い切り切って、車を高速でスピンさせる。その遠心力を使ってフェリエッタが窓から身を乗り出し、片手でイングラムを突き出した。

ダァラララララララララララララララララララァァァ!!!!

ぐるぐると高速回転する車から毎分1000発のスピードで銃弾を゚360に撒き散らす!!! ホールにいたスーツ姿の男達が次々に血を吹き散らし斃れる。

バアァン!!! グシャア!!!

逃げようとした男3人をスピンする車が轢き、磨り潰す。

キイイイィィィィーッッ!!!

硝煙と粉塵で真っ白になったホールには、カラカラと薬莢の落ちる音だけが反響する。スピンが止まると同時に、イングラムも弾切れを起こす。そのホールに立っている者は誰一人いなかった。かろうじて生きている者も、最早戦える状態ではない。

フェリエッタは弾切れのイングラムをバッグに戻し、代わりに巨大な銃身が2本横に並んだ巨大な古風な拳銃のような銃を取り出した。ソードオフ・ダブルバレルショットガン。短く切り詰めた水平二連式の凶悪な散弾銃。装弾数はたった2発だが、威力は化物すら吹き飛ばす。
"CALIENTE 12"。
フェリエッタのメインウェポンだ。


「よし、淑女諸君、狩りの時間だ。くれぐれも安全に、楽しく。」

「にゃっはぁーィ♪」

ルルはドアを開け、スタンとホールに降り立つ。髪をふわりとかき上げ、銀の拳銃の弾倉を交換。くるくると廻してコルセットに収める。

「ギヒヒヒィーッ!! 乙女いくわよーっ!!!」

アリスもドアを開け放ち、飛び出し軽い地響きを起こして着地する。

フェリエッタは右手にソードオフショットガンを携え、上品に降車してドアを閉める。左手で腰の拳銃、コルト.45をくるりと抜き、片手でスライドをずらして薬室の弾丸をチェックする。

「さあクレア、一緒に行こう。」

「・・・っぐ!!! うううぅぅ・・・」

一方クレアはもう限界だった。ドアを突き飛ばすように開け、地面に両手をつく。

「っぶ、オエエエエエッ!!!」




† † † † †




「・・・こちら制圧班!!! 現在エレベーターで1階ホールへ下降中!!」

「了解した。敵の数は4名。全員即刻無力化しろ」

エレベーターに7人の完全武装の男達が乗り合わせ、銃をドアに構えている。全員が防弾ベストにヘルメットを被り、M4アサルトライフルを構えている。

5階、4階、3階、2階・・・

「チーム、突撃用い・・・」

ドッバアァァァン!!! ドバアアァァン!!!

・・・突然の出来事だった。前にいた隊員4人が脚から血を吹き上げ倒れ込んだ。

「あっ!? ギャッ!!! ギャアァァァァァアァァ!!!」

最前列にいた者は右足首が吹き飛んでいる。血で真っ赤に染まるエレベーター内。1階。ドアが開く。残りの3人は無我夢中でアサルトライフルを乱射した。

ズダダダダダダダダダダダダタァァッ!!!

・・・全員が弾切れを起こした瞬間。エレベーターの右脇からソードオフ・ショットガンが突き出して火を噴いた。

ドバアァン!! ドッバアアァァァン!!!

至近距離にいた隊員の首がヘルメットを残し粉々に吹き飛び、もう一人は防弾ベストに至近距離で全弾を受け、背後の壁に叩き付けられた。

「畜生!!!」

すかさず拳銃を抜き、エレベーターの死角に飛び込む最後の隊員。そこには・・・

「チェックメイト。」

ダァン!!!

・・・右手にソードオフ、左手にコルト.45を構えた、隊員よりも頭2つも小さなドレスを着た姿があった。

「ゴポオォォッ・・・!!!」

最後の隊員は、首のど真ん中に拳銃弾の直撃を受けて即死した。フェリエッタはエレベーターの前でその凶悪な散弾銃、カリエンテ12を構えて待ち構え、ドア越しに発砲したのだ。ドアを貫通した銃弾は隊員たちの脚を貫いた。

まだ息のある隊員達が必死に銃を構え、抵抗しようとする。

ダァン!! ダァンダァン!!! ダァン!!! ズダアァン!!!

5発の銃声。フェリエッタは苦しみもがく隊員達5人の首に1発ずつコルト.45を撃ちこんだ。

全員が死んだのを確認すると、フェリエッタはタバコに火を付けてエレベーターに乗り込み、スイッチを押した。




† † † † †




ザッ、ザッ、ザッ。
6階の廊下を同じく完全武装の隊員達が駆け足で駆け抜ける。

「こちら本部!!! エレベーターのチームが応答しない!!! 敵はそちらに向かった模様!!! エレベーターを止めて攻撃しろ!!!」

「了解。」

8人の隊員を率いる先頭のリーダーが無線連絡を受ける。リーダーは振り向いて部下に指示を出す。

「アルファチームがやられた!!! 敵はエレベーターで上へ向かっている!!! エレベーターを止めて撃・・・」

ザクッッ。

話し終わる前に、突然リーダーがビクビクと痙攣した。そして、首がずるりと滑り、床に落下した。あまりの出来事に銃も構えず放心する隊員達。リーダーの身体は棒が倒れるように床に転がる。その影に立っていたのは・・・

「にゃっふふふ、残念ですが、貴方達の死因は全員ナイフによる即死です。」

指でナイフの血を拭うルルだった。頭二つも背丈の違う隊員達を見上げて見下す。あまりにも近い距離。一番前にいた隊員が銃を向けようとする。しかし銃口をルルに掴まれ、そのまま背負い投げされる。ルルは膝を付く様にしてしゃがみ、その隊員の防弾ベストの上からナイフを心臓に突き刺した。

ダダダダッ!!!

二人目の隊員が発砲した。ルルはくるりとナイフの突き刺さる死体の上を転がり、そのまま死体に抱きついて盾にする。
ビスビスビスビスッ!!!
だらだらと血を垂れ流す隊員の死体に弾痕が開く。そしてそのままルルはその死体を持ち上げ、放り投げた。
ベシャアッ!!!
死体に組み付かれるようにして2人目の隊員は銃を乱射しながら床に倒れる。

3人目の隊員は、至近距離で効果の高い拳銃を抜いた。グロック17。18連発の9mm口径だ。

ダンッ!!! ダンダンダンッ!!!

2m程の距離からルルの顔をめがけた銃撃。しかしその弾丸は、全て背後の壁に当った。ルルは銃の射線を見切り、必要最小限の動きで全て回避していたのだ。

ザシュッ!! ザクッ!! ブシャアアァッ!!!

眼にも留まらぬ速度でわき腹、首筋と突き刺す。3人目の首筋から鮮血が吹き上がる。

距離を取っていた4人目と5人目が、隣り合ってアサルトライフルをルルへ乱射する。

ダッダダダダダダダァッ!!!

ルルはくるりと身を翻すと、コルセットの背中側から2本の投げナイフを引き抜き、両手で同時に投擲した。

ザシュッ!!! ザクッ!!!

二本の投げナイフは4人目と5人目の喉笛と右眼に命中。糸を切った操り人形のように二人は膝を着き死んでいく。そこにルルが走りより、まだ倒れ切る前の二人からナイフを強引に引き抜いて今度は腕を交差させ前後に投擲した。

ズシャッ!!! ズシャアアッ!!!

死体の下でもがいていた2人目の隊員の眉間と、アサルトライフルを構えていた6人目の隊員の顔の中央にナイフが突き刺さる。

残る最後の一人は、意を決して銃を捨てナイフを抜いた。ルルは関心したように眉を上げる。隊員達は訓練を積んだ特殊部隊員だ。ファイティングポースを取り、ナイフを構える。それを見てルルは両足を揃えると、軽くおじぎをする。右手のナイフをプロペラのように廻し、左手で手招き。

「Shall we Dance? Pussycat!!!」
(踊りましょう、子猫ちゃん!!!)





† † † † †





ペタペタペタペタ・・・
殺風景な螺旋階段を二組の裸足の足音が駆け上がる。

「クレアねえさま、こっちよ!! にいさまが言ってたの、一番上を目指せって!!!」

アリスがクレアの手を引いて、クレアもそれに続く。その時、上から逆に駆け下りる大勢の足音が聞こえた。

「アリスちゃん!! 来たわ!! どうするの!?」

アリスが立ち止まって、階段の手すりから上を覗く。そこには20人もの完全武装の隊員達が見えた。

「ギヒヒ!! チョコレートクッキーよ!!!」
「は!? 何言ってるの!! 戦わないと・・・」

瞬間、アリスは手摺によじ登ると、螺旋階段の中心の吹き抜けを斜めに飛んだ。その高さ、およそ3階分。気配に気付いた隊員達が戦闘態勢を取る。

「チーム!!! 敵だ!! 撃て!!!」

バキイィィッ!!!

アリスはそのまま、撃とうとした隊員の頭に着地した。グシャアアッ!!! 80キロの体重と重力で、隊員の頭がトマトのように砕け散る。

ズダダダダダッ!!! ダダダッ!!!

至近距離でアリスに向け、3人の隊員がアサルトライフルを全自動、フルオートで連射する。

ガキキキキィィィン!!!

全弾命中。しかし、鋭い5.56mmのライフル弾は全て弾かれた。アリスの皮膚は並の防弾ベストよりも強靭かつ柔軟。そしてその骨格は、特殊なバクテリアによって全て生体金属、バイオチタニウム合金に置き換わっている。アリスはノコギリ歯を見せ付けて笑う。

「ギッヒヒヒヒッ!!! ギヒヒッ!!! 食べ放題ねっ!!! ギッヒヒヒヒャアァァァァァーーーッッッ!!!」

グシャアアアッ!!! アリスが隊員のライフルを掴み、その腕ごと引きちぎった。鮮血が吹き上がる。ボグチャアアッ!!! 隣の隊員にアリスが後ろ蹴りを入れた。隊員の脚は千切れ飛び、また鮮血が吹き上がる。ドグシャアアッ!!! 今度はアリスの頭突きが前方の隊員の防弾ヘルメットに直撃した。ヘルメットは紙のようにひしゃげ、隊員は脳漿と血を撒き散らしてふらふらと斃れる。

「ギヒヒッ!!! ギッヒヒヒィ!!! ギッヒャヒャーーーッ!!!」

銃声。銃声。銃声。その度に金属で跳ね返る音がする。クレアは必死に恐怖心を押さえ込みながら、アリスの所まで階段を駆け上がる。

「ギィィヤアァァァァーーーーーーーッ!!!」

すぐ隣、階段の吹き抜けを一人の隊員が落下していった。ペタペタとクレアは化物の脚で冷たい階段を駆け上がる。やっとの事で追いついた、その踊り場では。

バリッ。ベリベリベリッ。グチャッグチャッグチャッ。

辺り一面が血の海だった。もげた四肢や内臓が散乱している。その中央では、アリスがまだ息のある隊員を踊り食いしていた。

「クレアねえさま!!! おいしいわよ!!! 一緒に食べましょう?」
「う・・・ い、いいわよ私は・・・ せめて火を・・・」
「いいの? 本当にいいの? ギッヒヒヒ!!! ギヒヒヒヒ!!!」

クレアは思う。先程車で吐いていて良かったと。でなければここで盛大に吐いていただろうから。





† † † † †





・・・ビルの10階。エレベーターのランプが点る。ドアが開き、一瞬の沈黙。

ジャキッ!! ジャキッ!!

・・・黒に金の彫刻と、銀に黒の彫刻の銃。2挺の銃がエレベーターの死角と死角から交差した。

「・・・ルル、さすが。早かったね。何故私だと解った?」
「にゃっふふふ、ご主人様なら間違いなく歩きませんから」

銃の主はフェリエッタとルル。互いに警戒し、相手も見ずにエレベーターの死角と死角から腕を突き出し銃を向けた。互いに構えを解き、ルルが後ろに手招きをする。

「アリスさん、クレアさん、やっぱりご主人様でした。」

「にいさま!! 大勢食べたわよ!!」

「フェル・・・ 当然無事よね。」

「ああ。大した連中じゃない。銃を持った腰抜けだ。」

「この先はどうやら大ホールです。間違いなく何か罠がありますにゃ。どうします? ご主人様。」

ルルが首で示した先には、重厚な両開きの大きな扉。巨大な会議室か何かだろう。フェリエッタは即答する。

「ここまで真っ直ぐ来たんだ。我々なら真正面から行ける。」

「そう言うと思いましたよ。いいですよ。毒を喰らわば皿まで、ご主人様に乗ったら地獄まで。にゃっふふふふ・・・」

キイイィ。両開きのドアを開け、4人は肩を並べてそこに入る。

チャキッ。ジャカカカカッ。

・・・案の定、ホールの中は罠だった。劇場の二階席のような中二階と一階、60人近くの隊員達が一斉に4人に銃を向ける。中央には意味深なカーテンに隠された舞台。

「・・・ほらご主人様、飛んで火に入りましたよ」

「いつもの事。合図を忘れるな。アリスも覚えてるね。」

「ギヒヒッ!! バッチリよ!!」

どう考えてもドン詰まりの状況。クレアは一人逃げ出したくなったが、あまりの3人の余裕に気圧されて共に歩みを進める。

パチ。パチ。パチ・・・

ゆっくりとした嘲笑の拍手が二階席から聞こえてきた。そこにいたのは白スーツに金髪のハンサムな若い男。

「まあまあまあ、よくもまあやってくれたねぇ。ご苦労さん、どこに金で雇われたんだい?」

整った顔をニヤニヤと歪ませて首を傾げる男。この若い男がこの組織のボスなのだろう。フェリエッタが一歩前に出て答える。

「単なる趣味だよ。おたくのような人間が気に入らないんだ。」

「ほう! 正義の味方チームと来たか! そりゃお笑いだ。何の利益にもならないのに!」

「人生なんて不利益なものさ。・・・警告する。抵抗を止めて投降しろ。お前一人の命でここにいる連中は逃がしてやる。」

4対60での言葉。ボスは思わず吹き出した。

「・・・はっはははは!! ジョークのつもりか?立場がわからないのか? 単に頭が悪いのか?こっちの台詞って奴だよそれは! はっははは!!!」

「そのARの群れで一斉射撃をかまして、我々を殺せると信じているのならバカはそっちだ。ここまで来たのがその証拠だろう?」

「殺す? その必要はないね。君達が嘆願して降参するんだよ。・・・ショータイム。」

ガララッ。部屋の中央の舞台のカーテンが上がる。そこには大の字に処刑台に縛られた全裸の少女と、2mはあろうかという筋骨隆々の大男がいた。傍らのテーブルには、チェインソーが置かれている。顔の整ったボスは、自らの股間に手をやりながら言う。

「今から僕が合図をするたびに、その男がこの"便器"の手足を一本ずつ切り落とす。たかだか用を足す道具に手足なんかいらないからねぇ? そうだろう? ふふふふふ!! ・・・さあ、何も言わず銃を捨てて投降しろ。少しでも動けば合図を出すぞ、正義の味方さん?


処刑台の上の少女は涙を流しながら震えている。

「た・・・助けて・・・っ・・・」

クレアは今すぐ助けに走り出そうと身構えるが、迷いが生まれて体が動かない。

ルルはじっと若いボスの顔を腕を組んで凝視している。半笑いを浮かべ、何かを考えながら。

アリスは大男を睨み付け、ノコギリ歯を剥き出しに。その顔はどこか狂気じみて楽しそうだ。

そしてフェリエッタは・・・

「・・・解った。」

トン、トン。二回かかとを踏み鳴らした。チラリ。ルルとアリスがその音を聞いてフェリエッタを注視する。何かある。クレアは確信した。これがその合図なのだろう。しかし、何を意味するのかは解らない。

「言うとおり投降する。・・・みんな、武器を捨てろ。」

そう言って、腰のガンベルトに銃を収め、そのベルトを外して足元に置いた。ルルもコルセットから銃を出して足元に放る。

金髪のボスはご満悦だ。

「・・・っははははは!! それでいいよそれで!! よし、手を頭の後ろに回せ!! お前ら、そいつらを引っつかんで思い知らせろ!! その白髪の女は美人だ、顔を殴るなよ!! 後ろの顔の潰れたガキ二人はどうでもいいがな!! そこの女装家、お前はマニアに売れそうだ!! 商品価値を損なうなよ!! っはははあ!!」

・・・4人の銃を持った男達が近寄ってきた。フェリエッタはゆっくりと頭の後ろに手を回して、小さな声でルルに呟く。

「・・・10、11、1、2。」

同じく頭の後ろに手を回したルルは答える。

「・・・ツーペア。ジョーカー。」

そして隊員達が4人を掴もうとしたその瞬間。

ヒュカカァッ!! ダァンダァンダァンダァン!!!!

突然4人の隊員の眉間に風穴が開いた。斃れた隊員達の間から見えたフェリエッタの両手には、超小型の2連発式拳銃、2挺のデリンジャーが握られていた。首の後ろ、長い髪で隠れた襟の中に銃を隠していたのだ。

一瞬の出来事。同時にルルは頭の後ろの両手を眼にも留まらぬ速度で振り下げる。ルルは首輪の後ろに仕込んでいた、スペード型の小さな投げナイフ2本を30mは離れた金髪のボス、そして少女を処刑しようと待っていた大男に向かってそれぞれ投擲した!

ザシュッ!!! ズシャアァッ!!!

「ぶ!? ぶわ!! オアアァァァッ!!」

素っ頓狂に上擦った悲鳴を上げたのは顔の整ったボス。スペード型のナイフはボスの右頬に食い込み、上下の歯に突き刺さって止まっていた。

「あ!! アギャッ!! ギッヤァァァァァァァ!!!」

低い声で狂ったように叫ぶのは処刑人の大男。左目にスペード型のナイフが突き刺さっていた。顔を片手で覆い、パニックを起こしてぐるぐる回る。

ボスの部下達は、あまりにも突然の出来事に棒立ちするのみ。側近の一人が、顔を切り裂かれたボスに向かって声を張り上げる。

「社長!! ご命令!! ご命令!! ご命令をーーーッ!!!」

「むがあぁぁっ!! むがっ!! がああぁぁぁぁっ!!!」

顔の整っていたボスは、上下の歯に食い込んだナイフのせいで何も喋る事ができない。この組織はこの男の命令に絶対服従。それが仇となり、全員が右往左往するばかり。

・・・

"二回踵を鳴らす"。それはフェリエッタが親しい仲間に伝えている合図だった。"今から言った事とは逆の事をするぞ"の合図である。数は時計の時刻に見立てた敵の配置、撃つ順番の暗号。ルルの言ったツーペア、ジョーカーは"重要人物2人を狙う"の暗号だったのだ。

パニックの隙にフェリエッタは床に転がり、そのまま先程置いたガンベルトを腰に巻き直す。ルルは少し走り、床に落ちた銀の銃、テンペスタ.32を爪先で拾い上げ握る。歯2本と右頬を犠牲にして、金髪のボスはナイフを引き抜いて叫んだ。

「ふへっ!!! ふへええぇぇーーーっ!!!」

ズダダラダダダダダダダダダダダダアァァ!!!

60挺のアサルトライフルが一斉に火を吹く!
その前に立ちはだかるのはアリス!

ガギギギギイィィンバキンバチッガキイィィン!!!

アリスの全身にライフル弾が跳ねる!
その足元で転がったままフェリエッタは両手でソードオフとコルト.45を乱射する!

ドバアァァァン! ダンダンダンダンダァァン!!

ルルはくるくると舞い踊るように銃弾の中を掻い潜る!
そして舞いながら正確に片手で銃を撃ちまくる!

ダァン! ダンダンダンダァン!!

ヂュイン!! ビスッ!! ビスッ!!

クレアにも何発か銃弾が降り注いでくる。それを両手で防ぎながら、真っ直ぐに縛られた少女へと走る。

バキイイイッ!!!

そのままの勢いで処刑台をタックルし破壊すると、全裸の少女に覆いかぶさるように盾になる。

「動かないで!! 大丈夫だから!!!」

凄まじい爆音であらゆる場所から銃火が交差する! 立ち上がり、銃弾を防ぐアリスの陰に身を隠しながらコルト.45に弾倉を装填するフェリエッタ。そのまま二階席へと壁を駆け上り、ナイフを抜いて次々と隊員達を切り裂いていくルル。

50人、40人、30人。見る見る隊員達は血飛沫を上げ斃れて行く。

「逃げろ!! 撤退だ!! 逃げろおおぉーっっ!!!」

副隊長と思わしき隊員が部隊に撤退を命じた。銃火が止み、フェリエッタはアリスの陰から転がり出る。ルルはまだ敗走する隊員達を次々と斬り付けている。その時、突っ伏したクレアの頭上でけたたましいエンジン音がした。

ヴウゥイイイイイーーーンンッ!!!

クレアが見上げると、そこには片目にナイフが突き刺さったままの大男がチェインソーを振り上げていた。

「お゛らあぁ!! まとめて死にやがれえぇぇぇ!!!」

咄嗟に少女をかばい、眼を瞑るクレア。

バリバリバリバリッ!!! ガギギギイイィィーンッ!!!

・・・またチェインソーで斬られたか。痛みは感じない。何も感覚はない。恐る恐る眼を開くと・・・

「ギシャアアッ!! クレアねえさまに何するの!! このお買い得人型クッキーめ!!」

・・・アリスが、チェインソーを右手前腕で受け止めていた。皮膚は裂け、骨に回転するチェインソーが食い込んでいく。
しかし。

バリバリバリバリ・・・バキイイィッ!!!

チェインソーの刃先がひしゃげ、チェーンをバラバラと撒き散らして壊れた。アリスのバイオチタンの骨格にチェインソーが耐えられなかったのだ。

「うお!? バカな!?」

アリスは狼狽える大男からチェインソーを掴み取る。
そして。

「お返しするわ!!!」

グシャアアァァアアッ!!!

アリスは刃の壊れたチェインソーを力任せに大男の胴体へと突っ込んだ。

「アギャアア!! ア!? ああ!? ギャアアァァアアァ!!!!」

何が起こったのか把握できず、エンジンがかかったままのチェインソーを胸から突き出したまま、大男はふらふらとかろうじてその場で立ち尽くしている。それを見たフェリエッタは、コルト.45を構え。

「アリス、離れろ!!!」

アリスが後ろへと飛びのいた瞬間に。

ダァン!!!

チェインソーのガソリンタンクを撃った。そして。

ドカァァァン!!!

大男の胸に刺さったチェインソーが爆発を起こした。全身にガソリンをかぶり、それが燃えて大男はみるみる火達磨と化す。

「アッギャアアァアアァァーーーーーッ!!! ウワアアアアアア!!! ギャアアァァアァァァー!!!」

この世のものとは思えない絶叫。立ったまましばらくバタバタと暴れた後、大男は真っ黒く炭化して、糸が切れたように悶え死んだ。アリスはそれを眺めながら、チェインソーで斬られた場所をペロペロと舐めている。赤茶色の血は僅かしか出ていない。

「・・・ギッヒヒヒヒィ!!! 焼きすぎね!!! でもわたし好きよ!!! 焦げたクッキーも!!!」

二階席では、ルルが最後の隊員2人にトドメを刺した。回転足払いから倒れた相手への一突き、その逆の手で構えた銃をもう一人の首筋へ2発。頬の潰れたボスは、側近をルルへと突き飛ばして逃げる。

「ヒイイィ!! 命だけは!!! いの・・・」

ダァン!!!

命乞いをする丸腰の側近の男を、ルルは見もせずに射殺する。その隙に、ボスは通路を走って最上階へと逃げていく。

「ご主人様ー!! あのサル男はこの先ですにゃー!!!」

ルルが叫ぶ。フェリエッタがそれに答える。

「よくやったルル!!! ・・・さてと。クレア。」

クレアは怯えきった少女の拘束具を引き千切り、怪我がないか確認している。フェリエッタはくるくるとコルト.45を回転させ言う。

「・・・もう大した敵は残っていないようだ。あいつに積る話でもあるんじゃないかな? 二人きりで話したい事が。」

「・・・ええ。決着をつけてくるわ。この子をお願いね。フェル。」

クレアは自分の名前の入ったデザートイーグルを抜く。銃の後部を引き、初弾を装填すると、ボスの逃げた方向へと走り出した。




† † † † †




クレアは走る。敵の姿は見当たらない。最上階、ひときわ大きな個室の扉。"PRESIDENT"、社長室と書かれている。ここだ。クレアはその扉を蹴破った。

ズダアァン!!! ビスッ!!!

「ぐっ!?」

・・・入室した瞬間、クレアの左肩に衝撃が走る。右頬に大きな絆創膏を貼った金髪のボスが、銀の大きなリボルバー。回転式拳銃、S&W M629を構えていた。だが痛みはない。クレアも銃を向ける。

「・・・マグナムで撃っても効かないとは、君相当に人間終了しちゃったようだねぇ。人として死なずに化物に魂を売っちゃったか。哀れだねぇ、どう見てもカメレオンだよ君の姿。」

金髪のボスは肩で息をしながら嘲笑する。クレアはそれを睨み付けながら笑った。

「ふふっ、"性具"だの"便器"だのよりは随分マシよ。あなた達の手下には随分お世話になったわ。そのお返しをしに来たの。」

「僕は"自分の立場がわからない相手"が大嫌いでね。・・・便器が一丁前に僕と話ができるとでも思うのかね?」

「あら、最初に便器に話しかけた頭のおかしいサルはどっちだったかしら?」

「お前の胸元にもあるだろう? "肉便器"の焼印が。あれは僕が書いた字なんだよ。達筆だろう? お前はそれなんだよ・・・弁えて黙って口を開けていろ!!」

「・・・剥がしたわ、あんなもの。ほら見なさいよ。あなたの顔そっくりな字が探せる?」

クレアは襟を引っ張って、それがあった場所を見せた。

「このっ・・・黙れエエェェェェーッ!!!」

ズダアァン!!! ズダン!!! ズダァァン!!!

激昂したボスはマグナムリボルバーを連射する。

ズダァン!!! ダアァン!! ダァンダァァン!!!

それにクレアも射撃を返す。

ビスッビスッ!! 2発のマグナムがクレアの左手と右足に当る。だがびくともしない。至近距離、隠れるものなどない。ノーカバーでの5mの撃ち合い。互いに素人同士の撃ち合いが続く。そして―

ズダアァン!!! ビシャアッ!!!

「っぐああぁぁぁあぁっ!!!」

遂にクレアの放った1発が、ボスの左膝を撃ちぬいた。それは.50口径の巨大な銃弾、世界最大クラスの拳銃弾だった。薔薇のように膝が開き、骨が露出し、逆方向に曲がる。痛みのあまりボスは銃を取り落とした。クレアの銃は弾切れだ。再装填も考えるが、初めての人殺しを前に頭が回らず思い出せない。クレアは自分の銃を脇に放り、ボスへ近づく。

「便器に跪く気分はどう?」

「っっこのアマアアァ!!!」

「あら、便器を女扱いするの? あなたには一貫性がないわね。めちゃくちゃ。そんな調子で、人殺しのビデオを売りさばいてこんなビルを建てたんでしょう。撃ち殺してあげたいんだけど、生憎今初めて撃ったから弾の入れ方が解らない。・・・今までした事を悔いなさい。」

クレアは腕を振り上げ、振り下ろす。

ズシャアアッ!!!

「ッギャアアアッ!!」

ボスの整っていた顔に3本爪の痕がつく。

反対の手でもう一撃。

ズシャアアッ!!!

「っぶえあぁああぁッ!!!」

片目が飛び出して垂れ下がり、頭皮が千切れ飛んで頭蓋が露出した。おびただしい量の出血。その返り血を浴びてクレアは躊躇する。二歩下がり、血で汚れた己の異形の腕を凝視する。

顔をめちゃくちゃに潰されたボスは・・・笑い出した。

「・・・っくはっはっはっはっ!!! 最高の・・・ 最期だよ!!! 死は・・・ 死は美しい!!! 悲惨な程・・・ 映えるんだ!!! お前のビデオも見た・・・!!! 最高に綺麗だと感じた・・・!!! 僕もそうやって・・・死ねる!!! 最高だよっはっはっはっはっはっ!!!」

「っく!!! それじゃあ幸せに死になさいっっ!!!」

クレアは震える手でトドメを刺そうとする。

「待て。」

・・・背後から声がした。そこにはフェリエッタが立っていた。クレアはその言葉に驚きを隠せない。

「・・・今なんて言ったの?」

「待てと言った。殺すのを待てと。」

「ここまでやらせておいて生かせとでも言うの!!?」

「ああ。」

「・・・冗談じゃない!! この為に私は化物になったのよ!! あなたにそそのかされるままにね!!! ここで止めろと言うのならあなたも殺すわ!!!」

振り返ってフェリエッタに爪を向けるクレア。瞬間、フェリエッタは両手を軽く上げた。

「いや、そっちじゃない。正義とか呵責じゃない。誤解を招いてしまったかな、失礼、謝るよ。」

・・・クレアは困惑の顔を浮かべて構えを解く。フェリエッタは両手をぴらぴらさせて言う。

「こいつは"殺されるのを喜ぶタイプ"のサイコだ。私の逆で、死は幸福、華々しいものだと考えている。伝説的な死を望むタイプだ。そうだろう? つまり君が今トドメを刺せば、大満足であの世に行ってしまう。こいつを殺すよりもさらに苦しめる方法があるんだよ。こいつにとっての最大の恐怖と苦痛を齎す方法が。」

「・・・だから生かせって言うの?」

「タダでは生かさない。・・・ルル!!!」

「にゃいにゃーい♪」

ふざけきった調子でルルが入ってきた。その手には怪しげな鞄と、一冊の本。

「興味深いものを見つけました。"四肢切断性奴隷の作り方マニュアル"」

ルルは鞄をボスの近くに放り投げ、その本をぴらぴらと足を組んでめくり始める。

「・・・にゃっふふふ、実に専門的。"切断する際はショック死を避けるため局所麻酔を使う" "失血死を防ぐため、四肢の付け根をゴムチューブできつく縛る" "処置後に抗生物質を投与する"」

ルルは顔の潰れたボスをギロリと睨み、そしてにやりと猫の顔で笑った。残る片目でボスは事の事情を察する。

「・・・ま、待て!!! やめろ!!! それだけは頼む!!! 殺せ!!! 殺してくれ!!!」

「んにゃー? ご主人様、その鞄の中身は?」

フェリエッタが鞄を開く。中身は注射器、ゴムチューブ、外科用メス。まさに必要な道具のセットだった。この本部から下っ端の実行係、クレアを惨殺したような連中にこれらを送って仕事をさせていたのだろう。

「これは奇遇。そこに書いてある道具が大体揃ってる。」

「にっひひひ、俄然興味が沸いて来ましたよ。"キュリオシティ・キルド・ザ・キャット"(好奇心は猫をも殺す)ともよく言いますが、興味に逆らえないのが我々のドレスコードですからね。」

「では、その好奇心を明らかにするとしようか。・・・所で、これが何か覚えているかな?」

フェリエッタは懐から小さなビニール袋を取り出し、中のものを手にとって広げる。・・・それは、クレアに押された焼印だった。治療のときに皮膚ごと剥がした、まさにそれ。"肉便器"の烙印だった。クレアは眼を丸くする。

「それ・・・まさか!!!」

「そう。言っただろう? "これに関わった連中のトップの額にそれを縫い付けてやる"・・・とね。私は嘘を吐かない。」

フェリエッタ、ルル、そしてクレアがボスを睨み付ける。顔と膝からおびただしい血を流すボスは、遂に精神が折れた。

「うわあぁぁあぁぁぁああ!!! やめろ!!! やめてくれえぇぇぇぇ!!! それだけは!!! そんな無様な姿には!!! お願いだ!!! お願いします!!! どうか殺して下さあぁぁぁぁぁい!!!」

それを見た三人は一拍置いて、大笑いした。腹を抱えてクレアは言う。

「あっはははは!! やっと解った? 私達がどういう気分だったか? そして、私達の願いがどうなったか? 全部お返しできるわね!!! あっははははははぁぁ!!!」

「みゃっはははは!!!これは最高のコメディですにゃあ!!!さあさあ、オチを付けますよ!!! クレアさん、これでそっちを縛ってくださいにゃ!!! ご主人様も早く!!! こいつが失血死する前に!!!っひゃひゃっみゃっははははは!!!」

「・・・っははは!! 解った解った、手伝おう!! 裁縫は任せてほしい!! こいつの額にこれを縫い付けるからさ!! ルル、カメラはあるか? こいつのビデオも撮ってやろう!!!」

「そう言うと思いました!!! みひひ!!! ほら、三脚とカメラですよ!!! はいチーズ!!!にゃっひゃひゃひゃひゃひゃあ!!!」

大爆笑しながら、ボスの解体の準備を始める三人。回るカメラは、その後の阿鼻叫喚の解体ショーのその全てを見つめていた。





† † † † †




"・・・次のニュースです。昨夜未明、マフィア組織と繋がりのある映像制作会社が何者かにより襲撃され、少なくとも89人が死亡しました。"

"・・・現地から中継です。"

"・・・襲撃があったのは午前1時頃、銃で武装した4人組が車でビルの正面入り口へ突っ込み、銃を乱射しはじめたとの事です"

"・・・この襲撃で、建物を警備していた警備員と勤めていた会社員、少なくとも89名が銃撃を受け死亡、40人程が意識不明の重体、死傷者はさらに増える見込みです"

"・・・マフィア組織との繋がりが疑われる、25歳の経営者の男性は手足を失い、顔面をひどく損傷する大怪我を負い入院しています"

"・・・容態は安定していますが、右眼を失明、手足4本を肩、腿から切断され、顔は原型を留めない程に切り裂かれていたとの事終生に渡る介護を必要とする状態らしいです"

"・・・額には文字の彫られた別人の皮膚が縫合されており、現場にはその一部始終を撮影したビデオが残されていたとの情報もあります"

"・・・全員が動物の着ぐるみを着ていたらしく、事件の猟奇性から、強い恨みを持った何者か4人の計画的な犯行と見られ、警察関係者による犯人の捜索が行われています"

"なお、この映像制作会社を調査した結果、人身売買、殺人幇助、拉致、監禁、非合法の風俗店経営の罪が疑われており、経営者の男性の指示ではないかと捜査が進められています"



"・・・続いて、ホットなスポーツの話題です!!"





† † † † †




私は、復讐を果たした。

私は、"Sin"、「罪」を受け入れた。

もう今までの私とは違う。

私を売った不実な両親に付けられた、
その名前の頭に罪を冠そう。

私の名前は"Sin-Clare"。

シンクレア。

決めた。今からそう名乗ると。




† † † † †




数日後。

悪夢の国の外。とある閑静な住宅街。真夜中、一人の少女の影が往く。一軒の高級な住宅の戸を叩く。

扉が開いた。出迎えたのは夫婦。その姿を見て、言葉も失う。

「ハイラァ、パパ。ママ。"初めまして"、暫くぶりね。」

闇夜の住宅街に、男女の悲鳴がこだました。


END














※ この小説は、作者の明晰夢を元に再現したフィクションです。








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