FORGOTTEN NIGHTMARE

Forgotten Nightmare 2019/10/31
"The Ten-Three-One"
〜万聖節、前夜の悪夢〜
NORMAL MODE
"ゴアァァァァン、ゴアァァァァン・・・"
低く唸る、獣の威嚇のような鐘の音が薄紫色の乾いた夕闇に響き渡る。
ここは悪夢の国、ネクロランド。この世とあの世の狭間、煉獄、冥界とも呼ばれる場所だ。
石の色と土の色に彩られた果てしなく続く墓場。
その錆びて歪んだゲートを押し開ける、血色の良い少女が一人。
「・・・ハロー? おかしいわね、ハロウィンだってのに誰もいないわけ? 」
彼女の名はメアリ。
人間でありながら、死を渇望した為に生きながらこの死者の国と繋がれるようになった者。
彼女は今、眠っている。Lucid-dream、明晰夢の形で魂だけが生と死の狭間の国にある。
ゲートを通って200歩程、すぐ左の霊廟をノックする。
ここにはこの世界の門番である白のシャトラと黒のキャスリという、ゾンビの少女達がいる。
名前の通りのドレスを着て、何十年も勝負のつかないチェスを毎日している。
現世に所持品を持ち帰れないメアリはここにネクロランドでの所持品を預けているのだが。
「・・・留守? 珍しいわね」
普段半開きのはずの霊廟の扉は鍵もなく閉じられていて、人間の力では押し開けられない。
この世界で手に入れたお気に入りの革鞄も、それに収めた銃も今日は手にできそうにない。
あの鞄にはこの悪夢の世界での通貨と偽る賞味期限切れのお菓子、トリートも詰まっているのに。
素寒貧の一文無しだ。霊廟を諦め、時計塔街への長い道を歩き始める。
「・・・全く、そんなはずないでしょ? どいつもこいつも年がら年中ハロウィンハロウィンって五月蝿いのに。
私だってガラでもなくこんな妙ちきりんな格好をして眠ったっていうのに」
メアリは今、仮装をしている。
ギザギザと乱雑に縁を裂いた短い茶色のワンピース、そこから見せ付ける大きなかぼちゃパンツ。
茶色い獣耳のついたカチューシャに、鼻の頭を黒く塗ったメイク。大きな茶の尻尾。
「・・・Rawrrrrrr!!! ガオーッ!!! さあ何処だ人間っ!!! ワーウルフが喰ってしまうわよ!!!」
そう。メアリが選んだ姿はオオカミ娘。
近所の量販店で投売りされていたのを買ってきて、適当にふざけた写真を撮った後、
ついそれを着たまま眠りについた。まさかその姿のままここに来てしまうとは。
「・・・ったく!!! これじゃ一人だけ馬鹿みたいじゃないのよ!!!」
その時。
「お姉ちゃん、あそこに誰かいるわ」
「あら? 耳と尻尾があるわね、似たようなお仲間?」
マスカットのような緑色の肌の子猫娘エミルと、グレープ色の紫色の肌の子猫娘ミミル。
壊れた自動人形のようにぎこちなく歩く二人のそれは仮装ではない。
緑色に腐敗した肌と、紫色の死斑の肌。それは紛れも無い腐乱死体のそれだ。
しっかり者の妹エミルが、狼の後姿に指を指す。それに不用意に近づく天然姉のミミル。
メアリは振り返る。そして。
「・・・GAAAAWW!!」
「ひあぁぁぁ!?」 「うぁぁえっ!?」
驚いて飛びのいたのは、幼い歩く腐乱死体達の方だった。
「ハロー、エミルにミミル。折角ハロウィンだって言うんだからこーんな格好してきたのよ?」
「あ・・・あれ? メアリちゃんですか?」
「ハロウィンの仮装ね!! よく出来てる!! お仲間かと思ったわよ!!!」
互いに軽く会釈をして、メアリは本題に入る。
「所で、他のお仲間達はどこ? あの城? それとも街? あれだけハロウィンを待ってたんなら、
どこかでパーティの一つくらいしてるでしょ?」
それを聞いて、エミルとミミルは顔を見合す。
「あの、メアリちゃんはネクロランドのハロウィン、もしかして初めてですか・・・?」
「ん? まあ、そうね」
「ここのハロウィンは、他とはちょっとだけ違うのよ。私達も向かってたの。一緒にどう?」
「勿論。折角こんなものを買っちゃったんだから。着潰さないと損でしょ? 退屈だしね。」
「じゃあメアリさんも参加ですね!! こっちです、あの森の奥に集合場所があります。」
オオカミ仮装のメアリと、本物のゾンビ猫のエミルとミミル。
3人は濃い緑が覆う深い森へ消えていく・・・
† † † † †
深緑の針葉樹の獣道を15分ほど、ゾンビ姉妹のゆらゆら歩きに合わせて歩いた所。
その光景にメアリは眼を疑った。
「・・・ちょっと、こんなにいた!?」
普段、屍者も化物もまばらなネクロランド。見かける10倍は軽く集まっていた。
木々のない、森の中の平原。そこを埋め尽くすように魔物達の列ができていた。
「はい。この国の人々、ほぼ全員ですよ!!」
「なんたって"Ten Three One"だからね!!!」
「てんすりー・・・ 何?」
「10月31日の英語読みですよ。みんなこの夜に賭けてるんです!!!」
メアリは列を見やる。
普段着の屍者少女達。派手なドレスの兎耳の怪物。身の丈3mの魔女帽子。
各々、仮装せずとも最初から十分に化物だ。全員が手持ちの鞄や麻袋、
いかにもハロウィンらしいカボチャの形のお菓子入れ等を持っている。
「あらぁ、そのペパーミントとローズマリーはエミルにミミルちゃーん。それと、そっちのミシン油の香りは・・・?」
ふと、背後から甘い声がした。
振り返ると、ド派手な紫と金のチャイナドレスにナース帽。
網タイツでかなりの露出をした紫髪の長身の狼がいた。
「ヴ・・・ ヴォルフガングよね!?」
「んっふふふ・・・ やっぱりメアリちゃんだったわ。こんなセクシーな狼"男"が他にいて?」
ヴォルフガング。ネクロランドで最も腕のいい医師。
どんな傷でも、病気でも、生きていなくとも、心の病すらも元通り以上に治療する神懸り的な名医。
2m近い長身。誰もが釘付けになる完璧なボディラインと美貌だが、甘い声は男性。
とてつもなくセクシーな狼"男"。
「・・・まあまあまあ、わざわざ狼ちゃんになってくれるなんて!!!
私と御揃いの可愛い女の子なんてたまらないじゃないのよ!!
こっち来て!!! 写真撮りましょ!!! エミちゃん撮って!!!」
ヴォルフガングは年代ものの2眼のカメラをどこからか出して、エミルに渡す。
そしてしゃがみ込んで狼仮装のメアリの横でセクシーなポーズを決める。
肩に手を回し、大胆に蹲踞し、対の手は爪を立て、長い牙と舌を見せ上目遣いに・・・
思わず眼のやり場に困って、棒立ちで顔を伏せるメアリ。
カシャリとシャッターが2度切られ、ヴォルフガングはメアリの顔を覗き込む。
「あらぁ!!! 私がセクシーすぎて眼のやり場に困っちゃった? これは最高ねぇ!!
うっふふふ!!! 半年分の診療代タダにしとくわ!!! ありがとねぇ、メアリちゃん!!!」
「・・・この変態医者!!」
ヴォルフガングはカメラをエミルから受け取って、投げキッスをしてまた列に消える。
彼は基本的に無料でネクロランドの住人の診療をしている。
その理由は"可愛い子の顔を見れればそれが対価"だからだとか。
どうやらメアリは何気なく、彼に莫大な対価を支払ってしまったようだ。
その時、突然不穏で悪趣味なファンファーレが鳴り響いた。
列の喧騒がぴたりと止む。皆、一方をじっと見つめている。
「何? パーティの始まり?」
「そうとも言えますね・・・」
「あ!! 来たわよエミル!!」
皆の見る方向をメアリも見る。何処かの演劇場から無理矢理もぎ取ってきたようなステージ。
その上に現れたのは、真っ白なドレスを着た長い白銀髪の少女。
普段の黒のドレスとは対照的な、花嫁のようなベール付きのゴシックドレスだ。
「アーアー、マイクテースッ。Hi There!!! Dead's and Still-livers!!! 2019年の"Ten-Three-One"へ!!!」
一斉に歓声が上がる。
真っ白な猫のような耳と尾に、深海よりも深き青の瞳。
壇上にいる司会は、ルル・ホワイトハートだ。
メアリが一番最初にこの国で会った相手にして、一瞬で手玉に取られた相手。
最強の肉食獣、美しきカルニヴォアの淑女。
間違いなくこの悪夢で最も油断ならない相手だ。
メアリが何をしても全て見透かされている。
「・・・ルルよね? アレ」
「そうです。ルルちゃんですよ。毎年"Ten-Three-One"のリーダーはフェルちゃんとルルちゃんなんです」
「今日は一段と豪華に決めてきたわね!!!」
拍手喝采を受けて両手を広げて満足げなルル。
そしてくるりと回り一礼。
「さあさあさあ、今宵屍者に生者達が待ち焦がれた万聖節の前夜祭ですにゃ!!!
この夜に備えてバッチリ寝たモノー? 興奮して寝不足なモノー?」
ルルが煽るとその都度歓声が湧き上がる。
「にゃっふふふふ!!! それではまずこの悪夢の国の支配者、
"ザ・ナイトメア"、フェリエッタ・バリストフィリアのご挨拶ですにゃー!!!
・・・大丈夫ですよ皆様、退屈はさせません、絶対拍子抜けしますから!!!」
先ほどとはまるで規模の違う、小さめの歓声。
それに呼ばれて、今度は真っ黒なドレスを着た赤目の黒猫の魔物が壇に現れた。
フェリエッタ・バリストフィリア。
この悪夢とこの世界の支配者。彼の見る夢がこの世界を創っているという。
フェリエッタはルルから気だるげにマイクを渡される。
「えー・・・ お集まりの紳士淑女諸君。」
一拍置いて。
「・・・まあ、くれぐれもご安全に、楽しくだ。いつも通り適当に楽しんでくれ。以上。」
そしてルルにマイクを返し、壇を下りる。
途端の大歓声。拍手。
ナイトメア、ナイトメアとコールが湧き上がる。
訳が解らないが、どうやら魔物達の心はこれで鷲掴みにしたらしい。
「・・・何しに出てきたのアイツ!?」
長ったらしい演説を覚悟していたメアリはあまりの拍子抜けに狼狽える。
横のエミルとミミルは拍手に混ざっている。
「さすがフェルちゃん!! カッコイイ!!」
「私達をまとめるだけあるわね、ホント!!!」
思わず振り返ってメアリは叫ぶ。
「あれのどこがいいのよ!!」
「え? メアリさんには響きませんでした?」
「響くわけないわ!! あんなの投げやりの極地じゃないのさ!!」
「それがいいのよメアリちゃん。私達、大体みんなお堅い人間に抑圧されてきたからね。
"支配者"っていうだけでみんな元々気に入らないのよ。
でもフェルちゃんはあんな感じで友達みたいだから、みんな信用してるのよ。」
ミミルの解説に、腑に落ちない所もあるが一応、メアリは納得した。
ここで狼のように一人狼狽えても、仕方あるまい・・・と。
この世界へ迷い込んだ時から感じていたが、元々理に適わない意味のわからぬ世界だ。
大体、何故本物の化物達がハロウィンをする必要があるのか。
ハロウィンは極論、退屈な日常に抑圧された人間達だからこその事ではないのだろうか?
・・・そんな思考を巡らせていると、ステージ横の木々がざわめき始めた。
強い風が森の濃い青の闇から吹き込んで、いや、その逆だ。
森の中に空気が吸われていくように風が吹いている。
壇上でマイクをくるくると回し、ルルが高らかに叫ぶ。
「さあ!! 今宵も忌まわしい現世とこの悪夢が繋がりましたよ!!
皆様目的地は決めましたかにゃあ? たった一日の休戦条約の日、
"Ten-Three-One"の開幕ですにゃーーーーッ!!!」
バァン!! ステージ両脇から青白い閃光と紫にオレンジの紙吹雪が盛大に舞い散る。
あれはこのネクロランドで使われている銃の火薬のはずだ。
過剰火力の演出に呆気に取られていると、集まったバケモノ達の列が進み始めた。
盛大な、どこかふざけた演奏が鳴り響く。
壇上の端にはヴァイオリンを弾く蜘蛛娘エンデューラと、
ハーモニカを吹き鳴らす兎娘ミレッタがいた。
ステージの左右の森の中へと、皆歩を進めていく。
それに流されるようにメアリも狼姿のまま列に巻き込まれて歩き始める。
訳も解らずに腐乱姉妹に叫ぶ。
「何!? この、何!! こいつら何処に行くって言うの!?」
「ええと、メアリさんはどこに行きたいか決めてます?」
「いや何も分からないわ!! ここに来てから何一つ何も分からないっての!!」
「えっとね、今フェルちゃんの意思でこの世界と他の世界が繋がってるのよ。
今日はハロウィンだから、私たちが外に出ても怖がられないのね。
現世の人たちも同じような格好をしてるから、バレないのよ」
「待って現世!? つまり夢の外って事!?」
「そうですよ。今日だけは現世との休戦協定があるんです。
毎年10月31日の日没から11月1日の日の出まで、
人間の世界のあらゆるハンターは、私たちに先制攻撃できません。
但し私たちが先に人間に危害を加えたら、
反撃できるように大勢が仮装の列に混ざって見張っています。
お互いに攻撃しない事を条件に、今日だけは現世を出歩けるんです」
メアリはますます混乱した。
今自分は寝ている状態だ。肉体は現世の鍵をかけた自室にある。
そのベッドの上で馬鹿の恰好をして眠りこけている。
その状態で魂が更に別の現世に向かったら、どうなってしまう?
「ちょーっと、ちょーーっと待って!! 現世に行くって実体化するって事!?
今私は夢の中にいる身なのよ!! 私が2人現世にいる状態になるわ!!
それって絶対ヤバいでしょ!!」
「えーっと・・・ エミル、この場合どうなるの?」
「ええと・・・ 確かフェルちゃんが言うには、
特に寝ている自分に何かしない限り問題ないそうです。
現世とはいえ、少し別の世界の現世だとかで、
何かあっても最悪死ぬだけだと・・・」
最悪死ぬ。
「大問題よそれ!! それだけを避けたいのよ私は!!
ちょっと誰か!! 通して!! 人間のか弱い少女の危機よ!!」
ステージの脇を通りかかる。楽団は気が狂ったように派手なハロウィンのマーチを奏でている。
ルルはまるでロックンローラーのようにピアノの椅子を片足で踏みつけ、片手でピアノを弾いている。
こんな爆音では何も聞こえたものではない。列に無情にも森へ森へと流されていく。
つま先立ちで列の先を見やる。
そこには・・・ 水面の波紋のような、全てを吸い込む闇のような、
時空の乱れが出来ていた。化物達はその中に列を成して消えていく。
そのブラックホールの前では各々が一瞬立ち止まり、静かに俯いてから消える者、
両手を組んで祈り消える者、そのまま走って突っ切っていく者、皆何かしている。
・・・列の目の前の、真鍮製のヘルメットを被った頭2つ小さな姿。
背中には銀の金属製のロケットのような機械を背負っている。
その横に立つのは、同じような背丈のタイトで真っ赤なドレスを着た姿だ。
真っ赤なボブカットに、古風な丸サングラス。
可愛らしい背丈の二人のうち、少女の方が振り向いた。
「エゼック!! エゼック!! メアリよ!!」
その声にヘルメットの方も振り向き、それを脱ぐ。
「マジかよ!! メアリじゃん!! 狙いは何処にすんだ!?」
エゼキエルとヘムロック。ネクロランドで一番の発明家にして悪ガキの二人。
迷い込んだ時に付きっ切りでこの世界を案内してくれた良き仲間だ。
「それがこの乱痴気に巻き込まれて流されてるのよ!!
狙いって何? わかるように説明しなさいって!!」
「メアリ、まさか何も分からないでそんなトンチキな仮装で来たっての!?」
「くっ・・・ へっへっへ!! 傑作だなこりゃ!! カメラ持ってくりゃ良かった!!」
「わかったから時間が無いの!! とっとと説明しなさい!!」
「わーったわっーた、落ち着けって!!」
態度は悪いが腐乱姉妹よりは聡明な連中だ。
「オレらは今から適当な現世に行って、
ハロウィンのガキに紛れてトリートをかっさらうんだ。
みんなマジだぜ、この国唯一の外貨収入だからよ!!」
「そうよ、アタシらはこれから1990年代のアメリカに行くの!!
ハロウィンが当然、地方の小さな町、で当時の流行りの映画スタイルってワケ」
「わかるかコレ、オレの好きな映画」
「えーっと、イケメンがジェットパックで空飛ぶ奴よね?
ヘミーの方は・・・ 何かしら、スパイ映画?
ブームの最中のステレオタイプっていうか・・・」
「さっすが!! よく知ってんじゃん!! お守りのガムもあるぜ!!」
「当たりよ!! 60年代の女スパイってイメージだから!!」
喜ぶ二人からメアリは一番重要な事を聞き出す。
「それよりどうやって行先を決めるのよ!?
年代設定のボタンも転送装置もないわ!!
88マイルでもなさそうだし・・・」
「デロリアンは必要ねえぜ、ネクロランドは行先を考えるだけでそこに着くからな」
「そう、あの"ゲート"の前で行きたい現世を念じるのよ、
そうすれば勝手にそのまま、気付いたらそっちに出てるわ。
で、帰りはもっと簡単。適当に人気のない所に行くのよ。
それで"ここに戻る"と考えれば、この会場に帰れるわよ」
どうにか有力な情報を掴めた。この明晰夢へ入るのと方法は同じらしい。
「んじゃ、日の出前にな!! 人間に手は出すなよ!!」
「バァァーイ♪ 狼ちゃん♪」
エゼックとヘムロックは手を繋いで闇の中に消えていく。
遂に自分たちの番が来てしまった。眼前に広がる霧か穴か。
ブラックホールのような濃い闇が周囲の時空ごと吸い込んでいる。
エミルとミミルは迷いなく、その前に立ち短く祈るように目を瞑る。
「メアリさん、決めました?」
「決まるわけないでしょうが!!」
「じゃあ一緒に行っちゃおっか!! メアリちゃんはこう念じて、
"エミルとミミルの行く先へ"って」
乗りかかったメチャクチャだ。進む以外の道は無さそうだ。
ミミルが差し伸べた冷たい手を掴む。そして念じる。
「エミルとミミルの行く先へ・・・」
闇の中に一歩踏み出した。
五感が消え、空気の流れすら止まる。
あるのは冷たく優しい死人の手の感触だけ。
そして一気に秋の風が吹き込んできた。
瞑った眼を静かに開く。
眼を開けた先は、どこかのヨーロッパの片田舎の街を見下ろす林の中だった。
† † † † †
コン、コン、コン・・・
ノックを3回、少し離れてドアの前に立つ。
ドアが開く。タイミングを合わせる。
「Trick-or-Treat!!」
合言葉を放つ。ドアの向こうの婦人は微笑みながら、
「Happy Halloween!!」を返す。
そして三人が広げた鞄や麻袋に、一掴みのお菓子を放る。
・・・
森を抜けてから2時間も経っただろうか。
こんな具合で、メアリとエミル、ミミルの三人は広い片田舎の町を回り歩いていた。
もうお菓子は袋に入りきらない程に集まっている。
極めて平和なこの街には、まばらな仮装した子供の影が時折見えるだけ。
人間であるメアリは勿論の事、本物であるエミルとミミルを疑う者すら誰一人いなかった。
「・・・何とかなるもんなのね、ハロウィンに本物が混ざってても」
「ええ、みんな今日だけは疑いませんから・・・」
「特にここは平和だし、ハンターの監視も少ないからね!!」
「所で、ハンターなんかいた? 休戦条約とか聞いたからもっとこう、
ガッツリ銃でも持って構えてるもんだと思ったんだけど」
「あそこの角の死神仮装の人、わかります?」
エミルが目線で示した先には、死神のローブを着てランタンを持った大人が立っていた。
こちらをじっと見つめ、微動だにしない。負けじと彼の動向を見る。
すると不意に動いたローブの隙間から、サブマシンガンの肩当てが覗いた。
「・・・見えたわ、銃持ってるわね」
「そうです。あれがハンターです。私たちが何もしない限り、向こうも何もしません」
「あんま見つめないようにね!! 目を付けられるとヤバいから!!」
確かにこちらも丸腰だ。エミルとミミルも戦う性分ではない。
そういえば今日はゲートから武器を持ってこれなかったが・・・
「今日はこっちが武装しちゃいけないとか、やっぱある?」
「いえ、ないです。フェルちゃんとか、あとシアルちゃんも普通に銃とかハンマー持ってますよ」
「私たちの来るここが平和だから、銃とかいらないのよ、ハンターも"古い"し」
「古い?」
「あ、言ってなかったわね・・・ ここは1963年なのよ」
「まだこちらの現世には私たちの存在は殆ど知られてないです」
「あのハンターも、明らかにここの地方出身じゃない政府のお役人さんよね」
「詳しい事はまだ聞かされていない、って感じでしょうね」
言われて、メアリはお菓子のパッケージを確認する。
明らかに現代では売られていない古風な包み紙の飴。
紙包みのキャラメルの箱、ブリキ缶入りの清涼菓子。
缶には"SINCE 1950"の文字。街並みもいかにも古い。
今まで何か違和感は感じていたが、そういう事だった。
「・・・この世界に思い入れとかあるの?」
姉妹は少し考えて。
「お姉ちゃん、そろそろアロナお婆ちゃんの家行く?」
「そうね、毎年の事だし、挨拶して行きましょ!!」
そう言って、暫く街を歩いた外れの豪華な一軒家。
ノックを3回、ドアが開く。
「Trick-or-Treat!!」
出迎えたのは、白髪に眼鏡の老婦人だった。
チェックのエプロンを身に着けて、片手にミトン。
「おやまあエミにミミ!! 今年も待っとったよ!!
・・・あれま、お友達かい?」
「はい!! メアリちゃんです!!」
「一年ぶりねおばあ様!! メアリ、アロナさんよ!!」
「ど、ども・・・」
「さあさ遠慮はいらんよ、上がっておくれ!!
丁度クッキーとパンケーキが焼きあがった所だからねぇ!!」
三人はそのまま屋敷に招かれる。
一般的な西洋家屋の中には、手作り感満載のハロウィンの飾りつけ、
テーブルには皿一杯のチョコチップクッキーが盛られていた。
「ほら掛けておくれ、ハロウィンの子猫さんらよ!!
好きなだけ食べてっておくれ」
老婦人に促されるままに椅子に腰掛ける。
三人は感謝を示し、椅子に座りクッキーとパンケーキを頬張る。
「やっぱりアロナさんのクッキーが一番です!!」
「うん!! 本当ね!! 何処のパンケーキより美味しいわ!!」
「そうかいそうかい、ほれ、オオカミちゃんも遠慮せんで」
「あ・・・い、頂きます・・・」
"他世界の過去の現世の食品を、明晰夢に入っている状態で食べたら一体どうなる?"
そんな事を考えている間に、流れに押されてしまった。
メアリはクッキーを手に取り一口。濃いバターと甘いチョコレート。
確かにとんでもない絶品だ。プロである。メアリが出身の現世では食べたことが無い。
「・・・美味ッ!?」
「ほっほっほ!!良かった!! 毎年この日の為に焼いて待っとるからの、
お友達にも喜んでもらえて何よりよ、飲み物は何がいいかね?」
「いつもの紅茶飲みたい!!」
「あいよ、待っとれ、淹れてくる」
待つ間、メアリはこの怒涛のような3時間の確認をする。
「・・・流されるまま来たけども、こうよね?
ネクロランドは今夜貰ったお菓子が通貨の代わりになってるから、
みんな本気で"生きてる方"の世界に出てハロウィンをやる。
で、行き先は各々が時代ごと決めて日の出前に帰ってくる。
今日だけは人間と化物に休戦協定がある。
ここまでは合ってる?」
「合ってます。完璧ですよ!!」
「私、実を言えばあんまよくわかってないのよねー」
「お姉ちゃん!?」
メアリはため息を一つ吐き、続ける。
「・・・一つ気になるのよ。ネクロランドは時間が止まってるって。
でもこっちの時間は過去とはいえ流れてるでしょ?
大丈夫なの? 屍者が現世に出てきて、腐敗が進まない?」
「ええ、その為のパンプキン・パッチのクリームですよ!!」
「そうそう、死者にやさしく腐らないってね!!」
「あの地下墓地街の店の化粧品だっけ? あれそんな効果があるの!?」
「です!! 私たちみたいな屍者でも、現世に一週間いても大丈夫です」
「死臭もあれで上手くごまかせるし、欠かせないわよねネクロランダーには」
「だから死人かどうか私の脈まで見てたのね、あの店主・・・」
「ふふふっ、屍者用のクリームは生者には合わないらしいです」
「めちゃくちゃ肌荒れしちゃうって聞いたわ、防腐剤とかなんとかで」
そうこうしていると、アロナが戻ってきた。
「待たせたね、アールグレイだよ」
手には4つのカップに入れられた紅茶が乗るトレイ。
それをテーブルに置き、皆で乾杯してから飲み始める。
暫く談笑した後、ぽつりとアロナが語り始めた。
「・・・昔から言い伝えがあってね、万聖節の前夜祭には、
あの世から死者が帰ってくるんだとね」
紅茶を皆のカップに注ぎながら、老女は語り続ける。
「最近は誰も彼も迷信だと言って信じちゃあいないよ。
でもね、私はずっと、ずっと信じてるのさ。
この世で遊び足りなかった、子供の魂が今夜だけ帰ってくるんだと。
その為に私は、このクッキーを焼いて、毎年待ってるのさ。
このハロウィンの夜にね・・・」
エミルとミミルはその言葉に微笑む。
どうやら、このアロナという老婦人は全て知っているようだった。
毎年訪れる二人が、この世の者ではないことを。
その核心を突いたムードを取り消すように。
「さて、今年もプレゼントがあるんだよ。
町の蚤の市で買い集めたガラクタだけどねぇ。
少し早いクリスマスだと思って、持って帰っておくれ!」
そう言ってアロナが取り出したのは、大きな革のリュックサック2つだった。
エミルとミミルにそれを手渡す。
「今年もこんなに!! ありがとうございます!!」
「いつもありがとね、アロナお婆ちゃん!!」
「急なお友達のオオカミちゃんには、これしか用意できなんだわ。
こいつでどうか悪戯を許しておくれ!!」
アロナはメアリに小さな革の肩掛け鞄を渡す。
「あ、ありがとうございます・・・!!」
受け取り、中を見るとそこには多種多様な物が入っていた。
マッチ、オルゴール、折り畳みナイフ、石鹸、缶詰、鉛筆、ノート・・・
どれも日用品、しかしネクロランドでは貴重な現世の品だ。
メアリは理解した。こうしてネクロランドには外の世界の品物が集まるのだと。
ふと、古時計が23時を告げる。
「さて、そろそろ行くといいさ、来年もまたここにおいで。
私はお迎えが来るまでは、ずっとこの日を信じとるからね」
「はい!! また遊びに来ます!!」
「元気でね、アロナお婆ちゃん!!」
「オオカミちゃんもまたおいで、次は大きな鞄を用意しとるよ!!」
「ま、またよろしくお願いします・・・!!」
開け放たれた玄関先、老婦人が手を振り三人を見送る。
「ハッピーハロウィーン、迷うんじゃないよ!!
向こうまで、ジャッカランタンを辿ってお行き!!
また来年も待っとるからねぇ!!」
三人も手を振り返す。ほんのりと紅茶の香りとクッキーの香りがまだ残っている。
それを秋の風、木の葉の香りが徐々に吹き消していく。
美しい月夜が照らした森への道を、無数のジャック・オー・ランタンが照らしていた。
あの世の者として冥界へ帰る帰路、メアリは二人がここが好きな理由を肌で感じていた。
† † † † †
時刻は23:30分。どうにか辿り着いたネクロランドのゲートは、お祭り騒ぎの形相だった。
溢れんばかりの様々な時代のお菓子を袋一杯に抱えた住人達が談笑している。
来るときはなかったはずのテーブルと椅子が所々に置かれ、
その上に山積みのお菓子を盛って、皆浮かれ騒いでいる。
三人もその一つに腰掛け、戦利品のお菓子をテーブルに乗せて一息ついていた。
「・・・よくわかったわ、あの婆ちゃん、めちゃくちゃ良い人だったわね」
「です!! 口には出しませんけど、知ってるんですよ私たちの事」
「やっぱわかってるわよねアロナお婆ちゃん!! そんな気はしてたわ!!」
「そうよね・・・ 絶対そうだと思ったわ・・・
で、お土産の中身がネクロランドの日用品になるって訳ね」
「その通りですにゃ、リィル・ウルフィ?」
背後から、囁くような甘い、しかし背筋を凍らすような声がした。
あんな声でにゃあにゃあ囁くネコのバケモノはあいつ以外いない。
メアリはそう確信して。
「ルルーッ!! こんな無茶苦茶に巻き込むなら一言なんか言いなさい最初に!!」
叫びながら振り返った。つい狼のポーズで。
「にゃあにゃあにゃあ、元気なバケモノ娘がまた増えましたにゃあ!!
それとも最初からバケモノでしたっけ?」
「あの列に巻き込まれながら1963年に行ってクッキーご馳走になったわよ!!
それがどうなるかとか全然考える暇もなかったわ!!」
「良かったですにゃあ。エミルにミミルさん、アロナ御婆様はお元気でした?」
「はい!! 来年もまた行きます!!」
「今年は多めに色々貰ったわ!!」
「私の話を飛ばすなァ!! この殺人花嫁!! 何かあるでしょ!?
生身の生きた身でこいつらと混ざってあんな事して・・・」
「にゃあー? ご主人様、なんかありましたっけ?」
ルルに呼ばれてバケモノの集まりの中から出てきたのは、この悪夢の主だった。
片手には紫色の棒付きキャンディを持っている。
「ハイラァ、メアリ。エミルとミミルとの10月31日はどうだった?」
「フェル!! どうもこうも・・・ まあ楽しかったけど・・・」
「それならそれでいい。それ以上は何もない。観測の限りでは」
「観測の限りってどういう含みよそれ!?」
「他にも生者はいるが、特にあのゲートを通って何かあったという報告はない。
別の現世の食品を口にしても、そこから何か持ち帰っても問題はない。
あったとしても会場に医者が待機している」
フェリエッタが親指で示した方向を見ると、テーブルの上に寝そべったヴォルフガングがワインを瓶から飲みながら
片足を上げてひときわ扇情的なポーズを取って、それを蜘蛛娘のエンデューラがカメラで撮りまくっている。
「あんなのに任せられる気がしないわ!!!」
「問題ない、彼はワイン6本を飲んで開胸手術を成功させた事もある」
「どうせゾンビ娘のでしょ!?」
「いや、私のだ。あの時は7.62mmを悪い所に食らってな」
「にゃっふふふ、手術台はディナーテーブルでしたっけ?」
「ああ、しかもステーキディナーの最中にな」
メアリは頭を抱える。時々この世界のイカれ具合についていけなくなる。
それを見て、ルルがにやりと不敵に笑う。何かろくでもない事を思いついた時の顔だ。
「ご主人様、折角のTen Three Oneですにゃ。メアリさんにもっと楽しい思い出を見せてあげては?」
「いいねぇ、メアリ。無理にとは言わない。我々の他の"聖なる夜"も見てみないか?」
白のベールを揺らしてルルが挑発的に微笑んでいる。黒のドレスのフェルはいつもの無表情だ。
何か喧嘩を売られているようで、メアリは勢いのまま。
「わかったわ!! 行ってやるわよこの気狂い新郎新婦!!」
その言葉を聞いて、白と黒のバケモノ二人は結婚式のようにわざとらしく手を結び、
そしてメアリを招くように手を差し伸べた。
『Shall We?』
† † † † †
ルルとフェルに手を引かれ、ゲートを通りやってきたのは
先ほどよりもより古い時代の、ヨーロッパの村の風景。
のどかな農村のある山道、川のせせらぎ、所々に立つ民家には煙突がある。
道にはジャック・オー・ランタンが光り、ハロウィンの形相だ。
「・・・ここは?」
「シャルドリア、1954年、正史にはない場所だ。1949年に終結した大戦の復興の最中だ」
「大戦の復興際って・・・ ハロウィンに現を抜かす余裕なんか無いでしょ?」
「どうでしょうにゃあ? ほら来ましたよ、英雄様が」
後ろから、何やら行進曲が聞こえてくる。大勢の歓声と共に。
その先頭にいたのは。
「ギイッヒャーツ!! みんな幸せね!! ハロウィンよ!! ギイッヒヒヒィ!!」
王冠を被り、杖を持ち、両手に握り締めたお菓子を頬張るアリスだった。
荷車の上、お菓子の山の上に埋まるように座っている。
その後ろには大勢の仮装した村人が、その荷車を引き連なる。
先導する子供たちはアリスと同じ色のドレスを身にまとい、
ウサギの耳を付け、アリスの仮装をしている。ランタンで夜道を照らしながら。
・・・訳が分からない。あの世界一イカれたウサギ娘が?
パレードが目の前を通過する。アリスがこちらに気付いた。
「あ!! にいさま!! ねえさまとメアリねえさま!!
来てくれたのね!! ギヒッ!! 嬉しいわ!!」
それを聞いた途端、パレードは停止して列にいた全員がアリスがするようにお辞儀をする。
フェルとルルもお辞儀を返す。真似してメアリも適当なお辞儀をする。
パレードの村人たちが次々に口を開く。
「おお!! 勇敢なるアリスの故郷の領主様夫妻だ!! よくぞいらして頂けました!!」
「今年も我らの救いの英雄を、この地に呼び戻して頂き感謝の限りですわ!!」
「アリス万歳!! アリス万歳!!」
そうして、否応なしにパレードの先陣に巻き込まれる。
お菓子の山になった台車の荷台に乗せられて、そのまま運ばれていく。
小さなジャックオーランタンを模したランタンを持たされる。
後ろに連れた楽団は、一層激しく行進曲を月夜にかき鳴らす。
手をぴらぴらさせ、外れた音程を口ずさむアリス。
何一つ理解できないメアリは、思わず荷車を引くカボチャを被った男に問う。
「ねえ!! 初めてなの!! ここで何があったのか教えてくれない!?」
「おお、シャルドリアは初めてなのかい、じゃあ教えてやろう!!
1948年、この村はあの忌々しい黒コートを着た軍の手に落ちていたんだ、
あんの悪辣な赤毛の女、ハートのない赤ハートの軍隊にな!!
その時、あの女に殺された幼い女の子が一人、地獄の底から蘇った!!
それであの女共々、黒コートをたった一人で次々と八つ裂きにしたんだ!!
そう、八つ裂きだ!! そのまま言葉の通りにだ!! それを見た俺たちも立ち上がった!!
あの子の後、あの青いドレスと赤いリボンに続いて猟銃を持って走ったんだ!!
その女の子こそが、お前さんの隣に座る我らがアリス様だ!!」
「待ってアリス、そんな事やってたの!?」
「ギヒヒィ!! すごいでしょ!!」
「あの後アリス様は死んでるってんで、こっちには長くいられなくなっちまった。
人もさんざん殺してるんで、天国もいけねぇし地獄には行かせたくねぇ、
そんな時、行くところを下さったのが、我らがネクロランドの領主様って訳よ!!
この村じゃ、今日が年に一度英雄がこの世に戻ってくる祭りなんだ!!
銃弾も軍隊も、戦車も爆撃機も恐れない、勇敢なるアリス様の凱旋祭だ!!」
「このお菓子の山は!?」
「我らがアリス様は大食いだからなぁ、村人みんなでお菓子を集めて贈るんだ!!
向こうでアリス様が腹を空かさないように、またこっちに来てくれるようにってな!!
なあ、アリス様よぉ!! 今年のお菓子はこれで足りっかい!?」
「ギッヒヒッ!! 十分よ!! おほめにつかわすわ!! ギッヒヒィ!!
また来年もくるわね!! いつでもあそびにきてもいいからね!!」
「俺もお迎えが来たらそっちに行きてえもんだなぁ、なぁロード・フェリエッタ様、
俺もそっちに行かしてくれっかねぇ?」
「勿論。その時が来たら、天使や悪魔より先に遣いを寄越そう」
「ありがてぇ!! ありがてぇぜ!! アリス万歳!! ネクロランド万歳だ!!」
・・・狂気のパレードはその後2時間かけて、祝祭を上げてから荷車ごとゲートを潜ってネクロランドへ戻った。
続々とゲートから住人が戻ってくる。ネクロランドの森もとうとう明るくなり始める。
フェリエッタとルルが壇上に上がり、何やら閉会式でもしているようだ。
その後何人か、暫くネクロランドに混ざって飲み明かしていたようだ。現世の住人が。
特にカボチャ頭の彼は、ヴォルフガングと飲みながら熱い抱擁を交わしていた。
夜が明け、ゲートが閉まる前に無事に全員返されたようで、何よりだ。
・・・乱痴気騒ぎで飲んだグレープスパークルが効いたか、メアリはそのまま
ハロウィン祭りの森の椅子にもたれて眠りに落ちていった。
夢の中で眠る、それは現世での目覚めを意味していた。
† † † † †
・・・凄まじい疲労感と共に、目が覚める。
ひんやりとした空気、汗で滲んだ安物の生地。
ぼやけた光景、壁掛け時計の針は午前7時。
ここは悪夢ではない。メアリの自室だ。
夢から覚めた。あの乱痴気騒ぎから帰ってこれたようだ。
着たまま寝てしまった、汗ばんだオオカミの衣装を脱ぎ捨て、まともな服に着替える。
なんと凄まじい、ハロウィンの悪夢だったか。まだ現実と夢の区別がハッキリしない。
部屋を出て、夢で飲んだように暖かい紅茶を一杯飲んで目を覚まそう。
そう思い、部屋の鍵を開けようとしたその時。
「鍵、かけたはずよね・・・?」
部屋の鍵が開いていた。確かに昨日一人ハロウィン撮影会をやる前に部屋の鍵はかけたはずだ。
ふと、視界の隅に見慣れない物体が目に入った。それは・・・
「・・・嘘でしょ」
1963年製造のキャンディ、古い作りのオルゴール、
そして小さなジャックオーランタンのランタンが置かれていた。
小脇には羊皮紙に走り書きでメモがあった。
"Happy Halloween from Necroland"
その字は何処かで見た、あの真っ白い、青い眼をした猫の化物の字に酷似していた。
END
※ この小説は、
作者の明晰夢を元に再現した
フィクションです。




