FORGOTTEN NIGHTMARE



NIGHTMARE DIARY

ストーリー化される前の明晰悪夢の断片。
見たままに書き記した、我等が世界の記録。








2026/01/20 - ルシッドヴァイン城 アリスのラビットホール

昼下がり、時計は午後に差し掛かる頃。
今日のネクロランドは気温も良く天気も澄んでいる。

ルシッドヴァイン正面玄関を抜けた城壁の中。
アリスと手を繋ぎ正門を見て左へと歩く。
この先にあるのは、アリスの"ウサギの穴"だ。

アリスは小刻みなスキップを踏んでいる。
ここへ二人で向かうとなれば、やることは一つだ。

「フェルにいさまとは久々のお茶会ね!!」

「ああ、そうだな」

錆びた郵便受けが突き刺さる、
小さなドアの付いた奇妙な大木と乱雑な看板が見えて来た。
"ALiCE RAbbiT HoLE"
ここが彼女のワンダーランドだ。

うつ伏せになり、返事の帰る筈のないドアを2度ノック。
外開きにそれを開けると、彼女は滑り込むようにそこに飛び込む。
下は2mの空洞だ。手足を広げて尻餅の態勢で激しく落下する。
こうしてアリスはワンダーランドに落ちる。

「にいさま!! おいでませ!!」

アリスが下から両手を広げる。私もそこに頭から飛び込む。
彼女が私を取り落とす筈もない。軽々と両手で受け止める。

イカれたお茶会が始まる。アリスは何処からか拾ってきた、
小さな円形のテーブルにひしゃげたブリキのティーカップを用意する。
調子はずれの歌を歌いながら、素手で握った鉄のティーポット、
恐らくジョウロか何かをガスバーナーで炙り始める。
沸騰した頃合いで、壁に埋め込まれた本棚から一つ缶を取る。

アリスはお茶の種類など知らない。しかし庭にいる薔薇人形のロゼッタが
アリス以外も飲める、毒物でないお茶を彼女の為にブレンドしてくれている。
恐らくは閃光手榴弾の外郭であろう物で茶葉を濾し、熱々の紅茶を入れる。
そして背後のお菓子の山にアリスは頭を突っ込み、ごそごそと何かを探す。

「ギヒヒ!! にいさま!! 現世のチョコレートはいかが!?」

「ああ、頂こうか」

握り締めたのは恐らく90年代に製造が止まったチョコレート。
新品のようだ。ここでは時間軸など意味をなさない。

「ハエトリグモと傘は同じものだって気付いたの!!」

「ほう、理由は?」

「どっちも可愛い目があるの!! 二枚貝もそうよ!!」

・・・悪くはない味わいのお茶を飲みながら、
アリスの支離滅裂な話に相槌を打つ。
この子供向けのチョコレート、いや、正確には何だ?
古めかしいデザインの赤と白色のパッケージ。
私は幼いころこれを食べた事がある。
オブラートで包まれたチョコとキャラメルと飴の中間のような味わい。
決して美味いものではないが、幼少の記憶に焼き付いている。

「・・・昔、まだここに来る前に現世でこれを食った事がある」

「ほんと!? にいさま、これ好き?」

「ああ。数少ない幼少期の良い思い出だ」

「向こうの世界にはもうないの?」

「何十年も前に作られなくなった。またこれを味わえるとは」

「ギヒヒ、愛したお菓子とは必ずまた会えるのよ!! わたしは知ってるわ!!」

忘れられた夢が残る世界、か。
箱の中を探す。あった。とても玩具とは言い難い、
レーシングカーを模した、指先程の赤いプラスチックの塊。
申し訳程度に付いた歪んだ車輪。それを手のひらに取り眺める。

「・・・当たりだな」

「にいさま、これなに?」

「このお菓子にはこういう、ちょっとした玩具が入っていた。
 当たり外れがあって、当たりの場合は車や飛行機の玩具、
 外れの場合は独楽が入ってる」

「こま?」

「スピニングトップだ。回るもんじゃないがね」

「見てみたいわそれ!! このお菓子を見つけたら、にいさまに届けるわ!!」

「ああ、ありがとう」

小さなテーブルにレーシングカーの玩具を転がす。
80年代の成型技術で作られた原価10円にも満たぬ玩具だ。
転がした所でタイヤが回る訳もない。
それが、妙に懐かしい。

・・・アリスとそのまま他愛のない話で一時間程お茶を飲み、
そのままお菓子の山で眠るアリスと昼寝をする。
アリスは腰に巻いた鎖を解いていて、かなり膨らんだ腹を見せて転がっている。
いつもの事で気にも留めていなかったが、この一時間で何十袋のお菓子を平らげたのだろうか。
へそにあるバツ印の縫合痕。呼吸に合わせ動くそれを思わず触る。
温度の無い弾力。彼女はとうに死んでいる。生きる屍。
血色の無い愛らしい寝顔は、そんな事をも忘れさせる。
ズリ落ちたドロワーズを引き上げ、スカートを下ろしておく。

・・・夢の中で眠りに落ちる。
その後、何時間か経過しただろうか。

「にいさま!! バター時計が呼んでるわ!!」

「ああ、そろそろ出ようか」

アリスが先に飛び跳ね、その手を取って不思議の国から脱出する。
ネクロランドは、既に夕刻だ。アリスと二人、中庭を歩き回る所で目が覚める。

この世界において、過去と未来は同一線上にある。
時間の流れは何の意味も持たない。
生も死も混在している。
死と生が語り合うなど、過去を今楽しむなど、現世の理には反するのだろう。

私には、そんなものはどうでもいい。
ただこの世界を、妻を、娘を、愛している。




2026/01/19 - ルシッドヴァイン城

一週間の間外の世界が非常に多忙だった為、
深く寝る為ネクロランドへ入る事を最小限としていた。
昨日やっと面倒ごとが片付いて、ゆっくりと本物の世界で過ごすことができた。

元は牢獄だった地下には秘密の部屋がある。
隠し扉を開くと中には小さなバーカウンターがある。
ルルとプライベートに過ごしたい時はここで飲み明かす。

「ハードな一週間でしたようで」

ルルと酒を酌み交わす。酔いが回り二匹バカ騒ぎを始める。
幸いこの世界ではどれ程酔っても外の世界の肉体に影響はない。
この場所では、二人で行うどんな事も許される。
私かルルが触れた時にだけドアは現れ、そして消えるからだ。

熱く、激しく、長い夜となった事をわざわざ書くまでもない。




2026/01/13 - ネクロランド、何処かの森深く

私のストレスを察知してか、ルルが彼女なりのリラックスを提供してくれる。
森の中、私はいない。ルルの身体に私の意識が入っている。
ルルは獣の姿で、そこにいるのは白い毛皮の化物一匹だ。
一糸まとわぬ、バケモノの、肉食獣の姿。
時折こうして体を貸してくれることがある。

「こうして木々や風を感じるのです」

彼女の身体を自由に操作できる。逆立ちをしてみる。
両手を付けたまま足が背中側で接地する程柔らかい。
走れば風の如く、跳ねれば木々を飛び越し、枝に苦も無く乗る。

10月の心地よい風が吹き抜ける。
何処にも痛みはなく、考える事もない。
ただ無敵の肉食獣として森の一部になる。
これは確かに、リラックスには最高だ。




2026/01/12 - 現世、海上基地

現世の何処か、港に併設の海上基地。雨が降りしきる曇り空。
オレンジと白色の塗装が目立つプラットフォームに幾つかの司令部か通信棟のようなものがある。
そこを襲撃していた。武器はいつもの二挺、M1911A1カスタムとカリエンテ12。
自動ドアのガラス越しにカリエンテ12を撃つ。中にいる全身装甲防弾服の敵が吹き飛ぶ。
中から来る敵の一斉射撃を尻目に、ショットシェルを装填しながら歩き横の梯子を上り入口上で待つ。
自動ドアを開け放ち出てくる2人を上から2m程の距離でカリエンテ12で吹き飛ばす。
首の付け根に直撃し一人の首が吹き飛ぶ。あそこが弱点か。
リロードしながら降り、カリエンテ12を収めM1911A1を出しクリアリングする。
敵はいない。しかし先ほどドア越しに吹き飛ばした奴が倒れながら撃ってきた。
すかさず鉄机にカバーし、机の横に転がって首の付け根に2発。

・・・妙な銃を持っている。オレンジのフレームに白の塗装の、ルガーMk1からバレルを取り外し、
そこに下が尖った短い筒状の銀のスパイクを付けたような銃。見たことがない。
素材は殆どがポリマーだ。拾って確認する。弾は.22LRではなくボトルネック。まさか南部14年式ベースか?

ガンラックにTAR-21風の緑のライフルがある。
チェック、使えそうだ。横にあった黄色に黒フレームのUSPのような拳銃も確保する。
どの銃も弾がおかしい。白色の弾頭を使っている。
一つ、銃と兵士には法則がある。その兵士が着ている防具を貫通できる銃を持っている。
盾と矛の勝負は常に矛が一歩先を行く。銃において盾は必ず後手を取る。
銃が遥かに強ければ防具を身に付けなくなる。
こんなアーマーを着ているという事はこの銃の弾はそれを貫通できる可能性が高い。

敵の増援が来た気配がする。私は裏口通路のボタンを押す。開いた。中からは認証はないようだ。
そのまま桟橋を走り次のプラットフォームに急ぐ。瞬間、背後で爆発がした。
ロケットランチャーかグレネードだろう。桟橋が崩壊し、波に吹き飛ばされる。
猫のように身をよじり空中で反転し、アサルトライフルを連射する。
ブラットフォームに背中を打ちながら落下する。呼吸が詰まる。
上を見上げると敵2名。ライフルをフルオート。予想通り防弾具を貫通した。
しかしライフルは弾切れだ。敵がボートで迫っている。3階建ての警備棟、頭上にはジップライン。
あれを通れば岸に辿り着けるか。警備棟からも銃撃が来る。ライフルを捨て、
鹵獲した二挺の銃を抜く。左に奇妙なオレンジの銃、右にUSPもどき。
全力で3階建ての階段を走りながら、両手の銃で視界に入った連中を撃っていく。
1人、2人。最後の一人に撃たれそうになり柱にカバー、柱の陰から左手の銃で撃つ。
一撃で貫通した。見た目より直進性と威力に優れている。
ジップラインまで辿り着き、その固定具を腰に装着し飛び降りる。
岸にも多くの白い装甲防弾服を着た連中がいるが、こっちを見ていない。
岸にある建物の中を撃っている。気づかれずに辿り着いた。
敵は建物内に突入していく。中からは銃声よりも悲鳴が多い。

私も後ろから突っ込んで、連中を撃とうとする。だがその必要はなかった。
・・・ルルが立っていた。装甲防弾服を物ともせず、その上から突き刺し、斬り捨てていた。
15人は彼女が仕留めていた。敵の死体の服の一部でナイフを拭っている。

「ご主人様、向こうは済みましたか?」

「ああ、大体片付いた。土産も見つけて来た」

「観光地の名産品集めが趣味ですものにゃあ」

何が目的かわからなかったが、それで任務は完了のようだった。
恐らくは私が陽動で、ルルが本目的を達成していたのだろう。
奇妙な二挺の銃は鹵獲できた。追って調べるとしよう。
今日の夢で仕留めた数は6人だ。




2026/01/09 - ルシッドヴァイン城 12F

寝る為にネクロランドの自室へ行く。
時間は現世で午前4時頃。目を瞑り一呼吸。自室が現れる。
そのまま手を放すように制御を夢に移す。時計は同期している。

女性物の真っ黒なフリル付きパジャマ。今日のネクロランドは冷える。
天蓋付きの巨大な自慢のベッドで眠ろうとした時にドアのノックが聞こえる。
既にノックの癖で解る。ルルだ。私が入った事を感じ取ったらしい。

ドアを開けると、いつもの寝巻、薄桃色のベビードール姿のルル。
いつもの目つきでドア枠にもたれかかる。
その後ろに青のドレスのようなパジャマを雑に着たアリス。目をこすっている。

何も言わず、ルルは12F反対側の彼女の自室を親指で示す。
相槌をひとつ。そのまま3匹手を繋いでルルの部屋へ。

暖炉の炎。銀白の絨毯。同じサイズの白黒の天蓋付きベッド。

「今日は冷えますからにゃあ。獣らしい休み方をしましょうよ」

「賛成だ」

言葉はそれだけだった。
3匹の化物は同じベッドで固まって眠る。
ルルは私の左側で背を丸め猫のように、アリスは右側でうつ伏せで兎のように。

銀枠の窓の外には10月の星空が見える。微かな暖炉の炎の香りと、10月の風の香り。
喉を鳴らすルルの寝息と、アリスの遅い寝息が聞こえる。

この世界を愛さない理由がどこにあろうか。





2026/01/07 - ルシッドヴァイン城

午後10時、自室の電話にフナムシメイドのリギアから電話がかかってきた。

「・・・ハロー、私だ」

「領主様、リギア・エクズィディカです。夜分遅く申し訳ありません。私用で失礼致します。
 仕事に必要な私めの掃除用具の補充が必要になりまして、今晩お会いできましたらと」

「ハイラァ、リギア。いつでも門は空いてる。・・・高級な方か?」

「ええ。よく汚れの落ちる方です。私めの鞄は在庫切れでございますわ。容器も含め、あるだけ頂きたいのですが・・・」

どうやら銃の弾薬が足りず、予備のマガジンも紛失したので販売して欲しいとのこと。

彼女は2種類のサブマシンガンを使う。最近は弾の入手難からTEC-9を使っていたが、
"古い方"と呼ぶ銃は二挺のMP7で、使用弾は4.6x30mmという専用弾薬。
殺傷能力が高く、高級な銃で彼女はここぞという仕事の時のみそれを使う。
あの銃は売ったと聞いていたが、予備でもあったのだろうか?
まあ、こういった齟齬は夢の中ではよく発生する。

エレベーターを目指して廊下を歩く。左背後から白い耳が見えた。

「るるらぁお?」

「ハイラァ、ベイビー」

気配は微塵も感じない。いつもの挨拶だ。二人肩を並べエレベーターに乗る。
地下武器庫に4.6x30mmの在庫を確認しに行く。しかしあるのは50発入りが2箱の100発のみ。
軍用、それも特殊部隊用の専用弾薬だ。滅多にネクロランドに持ち込む敵はいない。
D.R.S.T.の一部の部隊と、対怪異管理局の高ランクのハンターが私用で所持している程度だ。
銃庫の弾が売り切れになるのは、寂しくも嬉しくもある。
幸いネクロランドでこの弾を好んで使うのはリギアくらいだ。

1F入口の壁電話から折り返し電話して、弾はあるが弾倉はないと伝えるとそれでも良いとの事だった。
対価はルルの提案で現世のユーロとした。基本ネクロランドにおいては紙切れなのだが、
外の世界に買い出しに出られるルルであればその意味と価値はある。

11時20分頃リギアが城に来た。ダイニングホールでライフヴァイルを飲みながらルルも交えて取引をする。
フナムシの体を器用に椅子に乗せて上品に座っている。瞳孔の無い真っ黒な眼が美しい。
リギアはルルと同じ白ワインを好んで飲むようだ。気を利かせたガロッタが生ハムとチーズを出す。
よくもまあ、ハムのように塩漬けの人肉を仕上げられるものだ。良いツマミになる。

まずこちらが弾薬の缶2つをテーブルに乗せ、それを開ける。

「新品だ。使用期限は2008年だが、撃てることを確認している。城にあるのはこれで最後だ」

「・・・完璧ですわ。ありがとうございます、領主様。お代金はこちらで」

リギアは缶を巨大な革の道具鞄にしまうと、入れ違いに分厚い封筒を出す。
ルルがそれを受け取り、オードブルのつまようじを咥えながら数え始める。
500ユーロの束にニヤついている。一体日本円換算で何百万あるのだろうか。
彼女の事だ。車の修理か改造費か、はたまた高性能爆薬でも調達するのか。

リギアが上品な言葉で事の経緯を語り出す。
4日前、海底都市の依頼で現世の「掃除代行」を承ったが、想像以上の銃撃戦となったそうだ。
敵はリギアの壁面を歩ける能力を把握しており、壁面にセンサーが張り巡らされ見つかったとの事。
その時の銃撃戦で全ての弾と予備マグを使い切り、敵の銃を拾いながらどうにか完遂したそうだ。
愛銃の対のMP7は空になり、刺さったままのマガジンしか今は手元にないらしい。

「にゃっふふふぅ、楽しい仕事を引いたようで。何発食らいました?」

「ドレスに何発か、あと左第四節足が一本です。既に再生しています。お気遣いありがとうございますわ」

「銃だけでは切り抜けられない状況でしょう、面白い"狩り"があったのでは?」

「ええ。"スプレー"だけでは掃除しきれませんでした。ほうきも必要になりましたわ」

「首ですかにゃあ?」

「いえ、背後から"オイスター"を」

「みゃあみゃあ、流石ですにゃあ、抜かりありません」

ルルとリギアは殺しという趣味を仕事にする淑女同士だ。よく気が合う。
彼女の持っているほうきはステンレス鋼の仕込み杖だ。腎臓を背後から突き刺したらしい。
リギアは全力で走っても、そのフナムシの体のお陰で一切の音が立たない。

「こちらはほんのチップの上乗せですが・・・」

と、彼女はツートンカラーのP226とラバーグリップの4インチM686を差し出した。
その時現世から持ち帰った銃で、確認するとP226には2発、M686には1発の未使用弾薬が残されていた。
取り出し確認する。9mmにも357MAGにも刻印がない。これはフェラルハンター共は使わない。
恐らく相手は対怪異管理局だ。連中は証拠を残さぬ為無刻印の弾薬を使用する。
詮索は余計だ。クライアントの守秘義務を徹底する彼女だ、何か聞いても何も答えぬだろう。

「・・・前に売った、安物の方はどうなった?」

「恥ずかしながら、2か月前に両方とも壊れてしまいまして、持ち帰る事も叶いませんでした」

「だろう。塩分の多い環境であの銃は耐食性に不安があった。
 4.6mmは入手が難しい。"雑用"向けの新しいスプレーが必要じゃないか?」

「うふふ、流石は領主様、気が利きますわね。お言葉に甘えさせて頂ければ」

「ああ、いくつか紹介しよう。代金はそのチップで十分だ」

「にゃっふふふ、お二人とも火薬で遊んできて下さい。私はここでもう少し飲んでますよ」

テーブルに足を乗せて二本目のワインを開け始めたルルを尻目に、エレベーターに向かう。
リギアは上半身を一切動かさず、下半身の節足だけを動かし歩く。
メイド服のロングスカートで隠した広い虫の背中には箱型の革鞄。身長は私より頭ひとつ低い。

地下1F左奥、武器庫兼地下射撃場。
6レーン、50mの広大な射撃場の後ろにはガンラックがあり、その奥の鉄扉の向こうが武器庫だ。
現世から持ち込まれた大量の鹵獲品の銃とパーツがある。

耳に轟く銃声は甘美なるハーモニーだ。耳鳴りすらも心地よく、入口の耳栓もコルク栓も必要ない。
リギアに鼓膜はない。前後4本の触覚の空気の振動で音を知覚している。彼女にも必要ない。

リギアのスタイルは両手にサブマシンガンを構えスピードを活かした二挺拳銃攻撃。
更に好む銃の構造はハンドガンのようにグリップ内に弾倉があるUZIスタイルだ。
まず壁のガンラックから一つオススメを紹介する。

「MAC-10、アメリカ製45口径、30連発。極めて堅牢なサブマシンガンだ。
 私のお気に入りでね。サイレンサーを使えばバランスも良くなる」

二挺用意し、装填済みのマガジンを叩き入れ、くるりと回し彼女に渡す。
的は右から10m、15m、20m。
リギアは3本指の腕でそれを受け取り、慣れた手つきでボルトを引き、撃ち始める。

バラララララララァァァッ!!!

僅か数秒で60発の弾丸を吐き出し、弾倉が空になる。
二挺別々の的を狙う腕前。全て命中している。

「・・・私めには、いささか反動が強いですわね。少し重いですわ」

「なるほど。それなら9mmが良いだろう。軽量な銃で耐食性も必要、ポリマーフレーム・・・」

となればステアーTMPか。しかしふと思い付く。リギアが他の銃種を扱っている所を見たことがない。
手近にかけてあったVz.58アサルトライフルを渡す。

「これは個人的興味でしかないが・・・ こいつを撃ってみて欲しい」

「まあ、うふふ、物好きですこと」

リギアは受け取ったVz.58をちらりと確認する。
この銃は有名なAK47に酷似しているが、まるで別物だ。
右面、左面と確認し、軽くボルトに触れる。
マガジンを抜き、残弾を確認して戻す。
すぐに理解したのか、セフティを解除しボルトキャリアを引く。
完璧な構えで狙いを定め、セミオートで次々と的を撃ちぬいていく。
続いてフルオート。最も遠い的の原型がなくなる。
30発を撃ち切り、ボルトが後退する。

「AKによく似てますが・・・ 見た事のない銃ですわね」

「スロバキア製の名銃、これもお気に入りだ」

「うふふ、私めには大きすぎますわ」

「良ければ他の銃も自由に試すといい」

リギアの完璧な銃の扱いを見た所で、望みの品を銃庫の奥から探す。
銃はタイプごとにある程度分けてある。現代銃のラック。
金網にダイヤル錠の鍵。ひどい話だが、付けているだけだ。
ナンバーは全て銃に関連する番号で、わかる者にはすぐ開けられる。

ハンドガンの銃声が聞こえる。ちらりと後ろを見ると、
リギアはガンラックにあったグロック17を見事に片手で速射している。
流れるような再装填。逆の手に持ち替えてもう17発の速射。
流石はネクロランドイチの掃除屋、銃の腕前は確かだ。
腕部も節足が変化した、3本指である事など微塵も感じさせない。
近くで見れば複眼の両目も、よく標的を捉えているようだ。

鍵が開いた。ここの番号は919。9mmx19で9mmパラベラムの銃を保管している。
隣の.45口径のラックは045、散弾銃なら012といった具合だ。

二挺のステアーTMPを手に取り、人間界産、赤い鷹の印の9mmの箱も2つ取る。
こういう時の為にカゴがここには置いてある。それにTMP用の弾倉も放り込み、
リギアの元に戻る。リギアはグロック17を通常分解し、バレルを拭いていた。
前々から察してはいたが、ネクロランドでも上位に入る銃の練度だ。

「あら、失礼を。私めがつい癖で・・・」

「見ていた。見事なリロードだ。分解も素早い」

リギアは話し終える前にグロックを組み直し、スライドを開いてラックに置き直している。

「本題だが、恐らく君にはこれが一番合うだろう。ステアーTMP。
 UZIスタイルのマガジンに、MP7と同じポリマーメインのフレーム。
 重量も1kgと少し、そして口径は9mmだ。どこでも手に入る」

カゴから出してレンジの机に並べる。新品の9mm弾の50発入り箱の包装を解いている間、
リギアは何の説明もなくとも銃を一目見ただけで操作を覚え始める。

「まあ、これは素敵ですわ・・・」

「特殊部隊向けの銃だ。安物のTEC-9とは作りが違う。あれも私は好きだがね」

2本の弾倉に30発ずつの9mmを詰め、それを机に置く。
"どうぞ"とばかりに大袈裟にソムリエの真似事をしてみせる。
リギアは軽くお辞儀をすると、一瞬でマガジンを二挺の銃に装填し、
長い指を交差させコッキングハンドルを引き、狙いを付ける。

バラララララァァッ!!

・・・一瞬で4つの的の頭部と胸部に何発もの風穴が穿たれた。
残りのマガジンにもう30発ずつ込める暇もなかった。
机に5発程しか入っていないマガジンを置く。流れるようなリロード。
彼女は特異な形状の指で人間には不可能なリロードをしていた。

ダァン!! ダンダンダァン!!

・・・今度は指切りで更に遠くの的を正確に撃ちぬいた。
よく見れば的の顔面に、笑顔を描くように弾痕が開いている。

「・・・領主様、この銃にしますわ。お代の方は」

「言った通り、十分だ。マグももう6本付けよう。新品の弾も入るだけ」

「感謝いたしますわ。これでお掃除も随分捗ります」

「それと、これは良い射撃を見せてもらったチップだ」

私は彼女に、弾薬の共通が効くグロック26も渡す。
新しいお掃除道具を手に入れたリギアは、
お礼だと譲らずに玄関ロビーホールと射撃場を原義の意味で完璧に掃除し、
そして深々と礼をして、ネクロランドの夜道へと帰っていった。

彼女の射撃の腕前をあれほど近くで見たのは初めてだった。
見事、ただその一言しか感想は無い。





2026/01/04 - 時計塔街西商業区郊外、ヴォルフガングの診療所


時計塔街西商業区を歩いている。
懐中時計を見る。時間は9時15分。
午後だろう。タバコに火を点け、そのまま路地裏を通り、小規模な墓地を抜け西を目指す。
暫く歩くとレンガ造りのネオンが見えてくる。ヴォルフガングの診療所だ。
ほんの思い付きだが、現実の体の調子が悪い事を彼、いや彼女に相談してみたくなった。

半分地下に埋没したような扉を開け中に入る。
まず鼻を突くのはジャスミンの香。中国語の歌謡曲。
ドアに付いた鈴の音を聞いて緑色のドレスにエプロン、
ツギハギの心臓マークの大きなナースキャップ、
見開かれた目、真っ赤な手足が乱雑な"店内"から現れた。

「いらっしゃいま・・・ フェル!?」

「ハイラァ、シンクレア、ハッピーニューイヤー」

「珍しいわね、それはそうと新年おめでと、今日は?」

「診察を頼みたい、全身の体調不良だ」

「ハイハイ、今摘出と縫合・・・ っちょっ今診察って言った!?」

「撃たれてはいない、内科を頼む」

「マジ!? フェルも病気になるもんなの!?」

「病気だからこんな国がある」

そうこうしていると、奥から紫煙をキセルで煙らせたヴォルフガングが来た。

「あらぁフェルちゃん!! うふふ、ハッピニューイヤーね、今日はどっちの"おイタ"?」

「ハイラァ、ヴォルフガング。今年もよろしく頼む」

「あの、今フェルが体調不良で内科の受診とか、訳の分からない事を・・・」

「あらまあ!! まあまあまあ!! やっと健康に興味が出たのかしら? うふふふ!!」

「まあ、そんなところだ。特に"向こう"の具合が悪い。寝つきが悪いんだ。
 ここ数日、こっちの世界ではよく眠れない」

「それじゃこっちへいらっしゃあぃ、ああクレアちゃん、鉗子は引っ込めちゃっていいわ
 今日は聴診器と体温計のウフフよ」

・・・暫く無駄話とも問診とも取れぬような事を、まるで高級な占い師の個室のような部屋で15分ほどした後、
ヴォルフガングはツボ押しによる治療を提案し、またひとつ隣の部屋へ通された。
星形のように複雑に通路が連結した診療所内は、未だに構造が掴めない。
赤木の細工が目立つ、竜や行燈、蝋燭が光る部屋の朱塗りの木製に革という施術台に仰向けになる。

「まずは頭痛と眼精疲労ね。ここが良く効くのよ。痛かったら、恥ずかしがらずに叫んでちょうだいね」

ヴォルフガングは両人差し指を曲げ、その関節で私の眉毛の眉間のあたり、眼窩と鼻柱の境目にある溝を指圧する。
恐ろしく痛い。意味の分からない痛みがする。思わず身をよじる。

「あらぁ!! やっぱり!! 頭の使い過ぎとストレスね、痛いときは叫んでいいのよ?」

「助手の忠告だけど、ヴォルフは叫ぶと興奮するわよ」

「知ってるさ・・・」

10分も押して放しを繰り返しただろうか、終わるころには随分良くなった。
続いて腰の治療、片足を4の字のように曲げ、膝の上方に乗せ、つま先を引っ張りながら膝に乗せた足を軽く真上から押す。
痛みはない。ただじわじわと無関係なはずの右腰にほぐれというか、揉まれたような痛みが出始める。

「東洋医学ってヤツよ。こっちの薬はそっちの体に殆ど届かないけど、これならそっちでも出来るわ。
 つま先はクッションにひっかけてもいいわね。同じ効果があるはずよ。さ、反対側ね」

両足10分ずつ、固まった膝や足首もほぐれた気がする。最後に施術台に座る。ヴォルフガングが背後に立つ。

「・・・いつも思うけど、良い髪してるわぁ。整えたらもっと良いのに」

「最近別のバケモノにもそう言われててな・・・」

「猫チャンでしょ? よく解ってるわよあの娘は」

そう言いながら、ヴォルフガングは私の両肩を掴むと、ゆっくりと後ろに引くように、
肩甲骨同士を押して近づけるように動かし、そして斜め後方に押し上げる。
これを数秒ずつ繰り返す。10回もしないうちに肩のコリが軽くなった。

「簡単でしょ? 向こうでもできるように覚えておいてね」

「ああ、助かる」

「あとこれはオマケだけどね、難しいから無理に覚えなくていいわ」

そう言うと、再び施術台にうつ伏せになるようヴォルフガングは促す。
言われるがままにすると、腰のあたりのツボを狼の握力で一押しする。
不思議な痛みが走る。凝っていた箇所が一瞬で解放されたような感触だった。
そして首の後ろ側に手を滑り込ませ、頭蓋骨寄りの場所を二本指でつまんだ。
途端に首のコリが軽くなった。やはり名医だ。診察と治療は以上だった。

「・・・お代は払えたか?」

「もっちろん! フェルちゃんから受診だなんて、それだけで十分よ」

「・・・フェル、毎度思うけどこの医者どこで採算取ってるわけ?」

「長い付き合いだが、わからんな」

「いやねぇクレア、愛よ、愛。愛があれば解決するわ」

最後に奇妙なカクテルを一杯、古式のカメラで記念撮影をされ、そして診療所を後にした。
悪夢から覚めた後、同じ方法を試した。悪夢と同じように効果があった。
私が知り得ぬ知識を悪夢の住人が持っている事に関して、説は分かれるだろう。
デジャヴュのような無意識の記憶の再生か、ネクロランドは別世界線に物理的に存在しているのか。




2026/01/03 - COMA-廃遊園地

目覚めた場所は遊園地。活気があり、チープなアトラクションが並んでいる。
青色のペイントが施された白い建物の壁、水上を回るメリーゴーランド。
そこで気付く。ここは廃遊園地で、そしてその裏の次元だ。
しかし操作ができない。流されるように土産屋に入る。
そこには見覚えのあるフリントロック銃の玩具がある。
これが欲しい、そう思った瞬間に崩壊が起きた。

裸の人体のような肉の塊がいる。それが向かってくる。
水が溢れてくる。夕刻。ファンファーレ、11月の寒風。
整合性がない。Comaだ。Comaに陥った。
夢の制御を取り戻す為集中する。救援は呼べるか?
・・・望めそうにない。重力がおかしくなる。
水が上方向に流れ始める。ループに入りかける。

土産屋の窓の一つが宇宙空間になっているのが見えた。
そこに向かい走る。足が液状化する。意識だけでいい。肉体を置いていく。
首を自切するように外し、頭蓋から脳みそを吐き出し、前へ前へ飛ばす。
窓に飛び込めた。その瞬間、夢の制御を回復した。

・・・廃遊園地、水の枯れた水上メリーゴーランドがあった。
私はいつものフェルの姿で立っていた。Comaに陥る危険まであるとは。
やはり廃遊園地は危険地帯だ。これが意図なのかどうかはわからない。
廃遊園地の錆びて崩れた外壁から外に出る。ここから時計塔街までは歩けば半日では済まない。

左のホルスターを確認する。愛銃カリエンテ12がある。
バレルを折り、中の12ゲージ実包を取り出す。
ホルスター後ろ側のポーチの一つを探る。あった。照明弾だ。
それを装填して空に放つ。赤の信号弾1発、迎えの要請だ。

・・・間もなくして、空に青の照明弾が見えた。
誰か来るのだろう。近くの倒木に腰掛け、懐からタバコに火をつけた。
そこでこの日の夢は途切れた。




2026/01/02 - ルシッドヴァイン城

新年はルシッドヴァインの自室から明晰悪夢へ入った。
窓の外の風景は相変わらず、紫と青を混ぜたような空に白金の月が浮かんでいる。
使うことはないだろうが、ベッドから向かって左のドレッサーに置いたM1911A1を手に取る。
弾倉を確認、薬室に弾は入れない。それを飾りスカートの右側へ納める。
デュラム作の壁時計で時刻を確認。19時14分。ダイニングは盛況だろう。
12F廊下に出る。靴音だけが反響する。暫く赤いカーペットを歩きエレベーターへ。
7Fでエレベーターは止まり、クロウバールが乗ってきた。

「ハッピーニューイヤーなのだわ、フェル」
「ああ、ハッピーニューイヤー」

7F、住人達が居候している階だ。新年挨拶回りか。そのまま1Fへ。
既にエントランスに多くの住人が見える。
ハーモニカの音色、となればミレッタだ。右側壁のソファで吹いている。
その横には座っても1.5mはあるチアロ。サイドテーブルには飲み物がある。
軽く挨拶を交わす。そのままダイニングへ向かう。入口にも多くの住人が集まっている。

ダイニングホールのビュッフェは思った通り大盛況だ。ざっと見て30名程だろうか。
時計塔街の店に入らずここに集まるは美食家かここに住んでいるか、
ここを気に入っているかのどれかだ。特に込み入った新年祝いはしない。

ヴァイオリンの音とピアノの音色。上には緑色の蜘蛛、奥のピアノには白い長髪。
傍らにワインボトルを糸で吊りエンデューラはヴァイオリンを演奏している。
目配せして挨拶。窓際のテーブルにレイダー姉妹を見つけた。
ハイラァと声をかける。

「フェルちゃん、ハッピーニューイヤー!!」
「今年もよろしくお願いしますね!!」

「ああ、ハッピーニューイヤー、今年もよろしくだ、二人とも」

この二人はいつも礼儀正しい。
背後から飾りスカートを引かれる。この挨拶をするのは一人だ。

「ハイラァ、シアル。ハッピーニューイヤー」

「遅いわよ黒焦げ!! まあハッピーニューイヤーって言ってあげるわ」

身長80cmに片手にワイングラス。彼女らしい。
彼女はすぐさま脇のテーブルの上によじ登り座る。
かじっているのはミートパイか?

巨大なチェインソーが見える。ヘルブレイズ、サバトも来ていたか。
座ったまま天井のシャンデリアに届きそうだ。
向いの席には3人、M16が立てかけてある。あれはロアンナだ。
となれば他の2人はベルタとザロテだろう。
ヘールズ・ホールに入り浸りだったはずだが、今年はこっちを選んだか。

「ハイラァー、領主サマ、ニューイヤーですね」

料理を運んでいるガロッタとすれ違った。

「ハイラァ、ガロッタ。ハッピーニューイヤー」

「何かディナーのご注文は?」

「・・・チキンステーキが良い ポテトを付けてくれ」

「ハイヨー♪」

途中で現世の白ワインをビュッフェテーブルから一つ頂戴する。

やっとピアノまで辿り着く。ルルが空のグラスを傍らに行儀悪くピアノを弾いている。
濃厚な薔薇と土の香りがする。隣でロゼッタが歌っている。歌えたのかロゼッタは。
軽く手を上げてロゼッタに挨拶。瞳代わりの薔薇の花弁を閉じて挨拶。

ルルの空のグラスにワインを注ぐ。ルルの青い眼が私を向く。
・・・ルルが曲を変えた。悲し気なワルツ。私の好きな曲だ。

"今日も明日は来ない"
"永遠に明けぬナイトメア"
"死に征く 世界見つめて"
"深い 闇に溺れる"

"今日も明日は来ない"
"許されざるアムネジア"
"滴る 心の上澄み"
"白き 愛に溺れる"

言葉は不要だった。

その後、他愛もない話をルルと交わしながら、チキンディナーを堪能した。
実の所、あれはチキンなどではないのだが。




2025/12/29 - ネクロランド西、廃遊園地

廃遊園地で以前からあった場所、湖畔のレストランを調べた。
以前会った魔女からの情報を基に、廃墟と化したレストランの中で夜10時を迎える。
鳴る筈のない放送が聞こえる。時空が歪み在りし日の遊園地朝10時まで飛ばされた。
そこは華やかで、パステルカラーのテラコッタが印象的なレストランだった。
髭の老齢のバトラーがカウンターにいる。レストランの奥に、二つの巨大な影が見える。
150kgはあろうかという肥満の老婦人二人が座っている。
片方は栗色の末広がりのボブで、オレンジの水玉模様の服。
もう一人は短い巻き毛の白髪で、夜空のような服。
とても煌びやかな服と多くの宝石を身に着けている。

楽し気な音楽が遠くで鳴り、窓の外から轟音が聞こえる。
湖畔のレストランの前には錆びたレールがあったが、
ジェットコースターでこのレストランまで移動できるようだ。
無人の赤い簡素なジェットコースターが到着し去っていく。

「ご注文はお決まりでしょうか」

髪を染めて日焼けし丸眼鏡をかけたアインシュタインのような風貌の
よく仕立てられたベストを着たバトラーが注文を取りに来た。

「・・・ココア、置いてるか?」

「かしこまりました」

一礼して彼が背を向けた瞬間、嫌な予感がした。セフティを外す音が聞こえた気がした。
足に力を込める。その感は当たった。振り向いた彼は懐から銀のサイレンサー付きのP226を出した。

それを向けられる直前に座っていたテーブルを両足で思い切り蹴飛ばす。
バトラーに当たり彼は転ぶ。近くにあった椅子の背もたれを掴み、
膝をつきながら向けようとした彼の腕に振りかぶる。
椅子が砕け、バトラーは倒れ込み、銃は弾き飛ばされた。
バトラーは這って店外へ逃げようとしている。
銃を拾い、店の入り口のドアの所で彼の背中を踏みつけて銃を突きつけた。

「・・・何故だ?」
短く聞いた。彼は答えた。
「私は大魔女様の使いです!! 力を試せと・・・」
その時、後ろから拍手が聞こえた。あの極めて大柄の老婆二人が微笑みながら手を叩いている。
片方が指を鳴らした。瞬間、一気に周囲の気温が上がり、自分の着た服が変わった。

・・・アロハシャツにインナーの白シャツ? 夏の装いだ。セミが鳴いている。
近くの花畑の花はチューリップだったはずだが、今はヒマワリが咲いている。

「大魔女様はその方が好む季節へ四季を飛ばせるのです」

足下のバトラーが淡々と説明した。彼にもう敵意はないと判断して足をどける。
立ち上がった彼は服を正しながら続ける。

「無礼をお許し下さい、あなたが"話の者"である確認を取らなければなりませんでした」

自身のアロハシャツの裾から自分の銃が見える。こいつは返してもいいだろう。

「・・・注文違いだ」

P226のセフティをかけ、バトラーに返す。彼はもう敵意はないと言うように近くのテーブルに受け取ったそれを置く。

そうしていると、大きな帽子を被った細身の老齢の女性が一人ジェットコースターに乗って入口に来た。
降りるなり口を開く。

「見込み通りだったじゃないの!! 彼が"ナイトメア"よ!! さあさ、こっちへどうぞ。もっといい店があるんだよ」

カラフルな宝石をこれでもかと吊るし、黒い帽子と夏に似合わぬドレス真っ黒なドレスが七色に輝いている。

「大魔女様の力を見たかいな? 凄いのさ、季節を飛ばしちまうんだからね。あたしなんかほら、これだけさ!!」

気付けばパン屋の中にいる。甘い菓子パンを頬張っている。

「これをお土産に帰って頂戴な、ほら、そろそろ時間だよ」

・・・そして気付けば夜明け、廃墟のパン屋の中にいた。

店の外に出る。廃遊園地だ。服も元通りだ。開園のアナウンスは鳴らないが、朝10時だろう。
気付けにタバコに火をつける。ふと振り返ると、袋いっぱいに詰められたまだ温かい焼きたてのパンと、
湯気の立つココアがテーブルの上にあった。かじりかけの砂糖でまぶしたクロワッサンも皿にある。
クロワッサンを食べきり、ココアを飲む。とても甘く風味が良い。暫く歩いて廃遊園地を出る。
無事に出られた所で、袋に一枚のメモが入っている事に気付いた。
メモには「May-an?」とだけ書かれていた。
これは魔女たちが使う言葉だ。
楽しい、美味しい、美しい、等の意味がある。

・・・今回新たに3人の魔女に会えたが、これは歓迎だろうか?

















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